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35 コーナーの説明をしよう

『♯6 オー! ラジオ!』


 波の様に重なる蝉の声がどこかの感覚器官を破壊する夏の昼。ここ雑ヶ谷高校では、明日成績表を貰っちまえば後はいよいよ夏休みだぜぃという、その日。


 かれこれ四年目の付き合いとなった愛車をダンスに誘おうとした長江恭平は、駐輪場の向こうでひょこひょこしている可愛い生き物の頭に目を止めた。


 安っぽい屋根の下にびっしり並んだ自転車とまばらな持ち主の隙間から、百六十センチにやや欠ける位の身長を精一杯に伸ばしてきょろきょろと辺りを見回す艶々黒髪ストレートの素朴な天使。


 恭平の記憶と観察が正しければ、坂の中腹辺りで生まれ育った彼女は、自転車に乗れないはずだった。


 ……ということは、この長江恭平をお探しかな?

 と頭の隅で思いつつ、尾張さんおともだちは徒歩通学だしなあと考えながらスタンドを外して両手を繋いだパートナーと家に向かって歩き出すと。


「……長江君、長江君っ」


 と、ひそひそチックに掠れさせた呼び声が背中から。


 振り向けば、腰をかがめた女の子が『しゃがめしゃがめ』とばかりに手の平を上下にぴょこぴょこ振りながらにじり寄って来た。


「……俺?」


 無言で頷く色白少女に言われるがまま、塹壕に身をひそめる兵士の様に駐輪場脇の一角にしゃがみ込む。その正面で同じようにしゃがみ、大きな丸瞳で恭平を覗き込んだ御園志桜梨は、片手をそっと水ようかんを思わせるぷるぷる唇の横に立てて。


「あのね。実は私、メールを書こうと思うんだけど」


 と、世界の秘密を打ち明けるみたいに切り出した。


「? メール?」


 一瞬、きょとんと。それから『ああ』と頷いて。


「ウチラの番組に?」


 御園さんはふんふん、と大真面目に頷きながら。


「そうそう。でね、ほら、昨日、長江君が言ってた、コーナー? なんだけど。あれって結局どうしたらいいの?」


 しゃがんだ膝に雑高女子の間で一番人気の色味の鞄を乗せ、頭の上には小さな『?』を三つほど浮かべて小首を傾げ。


「良く分かんなかったんだけど、駄洒落をたくさん書けばいいの?」


 右に左に揺れる頭のはてなを『可愛いのう』と見ていた恭平は、少し困って鼻を掻いた。


「ああ、そっか。ごめん、やっぱりわかりづらかったかな……」


「うん。あっ、でも違うの。違くて、別に長江君の説明が下手とか、そうじゃなくて。えっとね、多分私がラジオとか良く分かんないせいだから、ねっ」


 若干慌てた素振りでフォローをくれる御園さん。その天使の様な優しさが心苦しい恭平は、苦笑いで昨日の説明を繰り返す様に。


「えっと……まず御園さんは雑ヶ谷に縁のある人だから、雑ヶ谷のおすすめスポットの紹介文を書いてくれればいいんだ。お店でも、場所でも、なんでもいいから、雑ヶ谷以外で番組を聞いてる人に勧める感じで、短めに」


「ふむふむ」


 丸めた拳を口に当てた御園さんは、真っ直ぐに恭平の目を見たままこくこくと頷いた。その目はまだ何かを考えている様に見えたので、恭平は。


「ここまで、オーケー?」


「オーケーオーケー。ラジャーラジャー」


 言いながら、真剣な目で頷く御園さん。


「……で、この中にこっそりと駄洒落を入れて欲しいんだ」


「そこっ!!」

「えっ!?」


 突然ビシリと指をさされて、恭平は思わず背後を振り返る。


「そこっ! そこだよ長江君! この私が分からないのは」


 指を立て眉根を寄せたお嬢さんは、知的な英国探偵の様に一瞬目を閉じ、次の瞬間きりっと恭平を睨み付け。


「何故、駄洒落を入れるのかね?」

「……何故?」


 なぜって、ええと。それは。


「えっと、何て言うか、そこがポイントって言うか……」


 ていうか、そこからか。そこから分からないのか? 一般的女子は。

 むむむ、と挑みかかるように見つめる御園さんに面食らいつつ、恭平は何とか理解して頂こうと。


「その、リスナーが書いた駄洒落メールを読みながら、俺達が捜査官みたいな感じになって、駄洒落だとか駄洒落じゃないとかって見破っていくのね。……ええと、で、その駄洒落をバレずに最後まで文章を読まれたらリスナーの勝ち。途中で見破られたら、そこで終了って言う……」


 分かるかな? と顔を窺って見ると、御園さんは『む~』と難しい顔で地面を見つめ。


「う~ん……でもでも、考えたんだけど、それってすぐばれちゃわない? 私、駄洒落ってベタなのしか知らないし」


 真剣に考え込む女子を前に、恭平は少し落ち込んだ。


 尾張さんもスタッフ陣もすぐに理解してくれたので手ごたえを感じていたけれど、リスナーに伝わってないんじゃ意味が無い。


 聴く側が面白がり方を理解してないんじゃ、コーナーとして不成立。やってるほうだけ楽しくてギャーギャー騒いで終りの下品でうるさい番組だ。


 それこそいつかディレクターが言ったみたいに、『部室で喋ってる感じ』で終わってしまう。


 情報番組である以上、分かる奴だけ聞いてくれればいいやと開き直れるわけでも無いし、そもそもそういう感じを脱却しようと、『誰でもメールを書けるコーナー』を立ち上げたわけで。


「えっとね、御園さん」


 駄目だ。やっぱり急に思い付きでやろうだなんて、甘かった。口で説明するだけじゃ無く、ちゃんと例文を用意して置かなくちゃいけなかった。打ち合わせの時には、そうするつもりだったのに。独断で突っ走っちゃって、何のための打ち合わせだよ、とか。自虐の海の底で薄ら笑いを浮かべながら。


「ベタでも、無理があっても、全然いいんだ。結果、リスナーが負ける事は無いし、何だかんだでメールはちゃんと読むし。えっと、そういう普通の紹介文を、俺達が難癖つけたり強引に駄洒落に結びつけたり、見え見えの奴をスルーしたりっていうのを、楽しんでもらえれば」


 楽しんでもらいながら、雑ヶ谷の情報を聞いてもらえれば。


 夕べのハイテンションな説明とは打って変わって、トーンも低く一切ボケも茶々も無い細部にわたる説明をする少年をまじまじと見つめていた御園さんは、少し困ったように首を竦めて。


「……あ、えっと……うん、あはは、ありがと、キョーヘー君。何か、私、センス無くてごめんなさい。でも頑張って駄洒落書いてみるね」


 さっきまで楽し気だった御園さんをそう言う顔にさせてしまった事に、また恭平は苦笑した。そして、よし、と気合を入れ直して立ち上がり、爽やか極まりない笑顔を浮かべながら。


「うん。待ってる。メールが来たら、多分、すげえ嬉しいと思う」


 すると、照れくさそうに『えへへ』と笑った御園さんも立ち上がり。


「うん。頑張ってみる。ぃよーし、駄洒落駄洒落……えっと、『テトリス大好きアリストテレス』、みたいな奴でいいの?」


 笑った。思わず。


「ベストだよ、御園さん」


 その微妙な感じが、実に最高だ。


 しかし、その感じもあまり良く分からないらしく、御園さんはいつものフォントで『はてな』を出しながら。


「ふぅ~ん……あ、待って! そしたら私、ペンネームとか考えないと! うわ~、ペンネームだって、なんか恥ずかしいね、でも本名だとユリ太郎にばれちゃ――」


 そこでふいに時を止めた彼女は、んん? と何かを思い出した顔になり。


「あああっ!! そう言えば長江君、前にラジオで私の事『尻・軽子』って言ったよねっ!?」


 小鬼の顔がクワッと己を捉えた瞬間、長江恭平はシュタリと愛車に飛び乗って。


「あ、俺、打ち合わせだった! じゃ、御園さんまた明日!」


「待て~! 私は尻軽じゃないぞ~!」


「尾張さん! 尾張さんが言ったんだって!」


「どっちも一緒じゃぁ~! おらぁ~」


 誰かの影響が垣間見えるものの、それでもやっぱり可愛い叫び声を上げて鞄を振り回す女子から、無事脱出を遂げたのだった。


 ――そんな不安と、期待と、小さな希望と失望と。


 変わりばんこに打ち寄せる『イケる』と『駄目かも』を太陽に炙られている内に、夏休みと最終回はやって来た。



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