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31 許せない奴は、格好良くぶっ飛ばそう

 

「それではみなさん! この時間のお相手は、長江恭平と――」

「尾張ユリカでしたっ! また来週っ!」


 二十時丁度。いつもの様に放送が閉じられると、向かい合った少年少女はそれぞれが目の前の水を口にして一息つく。

 いつもならここであっさりと席を立つ相方が、軽く顎をしゃくれさせたまま戦闘体勢を維持しているのを少し不思議に思い、同時に『ああ、プロデューサーが何か言って来るのを待っているのか』と気が付いた。


 そして多分それは小窓の向こうのスタッフブースも同じであるようで、スタジオと言う名の小劇場には古臭い換気扇が回るカラカラと言う音だけが響いている。


 一秒か二秒、小窓の中でじっと腕組みしたまま空気を圧していたプロデューサーは、しかし万遍チームが無言で敷いたレッドカーペットを歩いてくれることは無く。


「……お疲れ様」


 とだけ溜息交じりに口にすると、低いヒールの踵を叩き付ける様にしてスタッフブースと観客席を隔てる掛け階段を伝い降りていく。その姿を背中越しに見ていた恭平は、正面で細い目を僅かに丸くしたユリカの顔と見比べて。


「今日は怒らないんですか、藤井さん?」


 と振り向きながら声を掛けた。


 ジロリ、と言う効果音が聞こえそうなくらいに藤井Pの視線が動く。どうやら彼女が懸命に押さえていた怒りの缶詰の蓋を、長江恭平のヘラついた顔が開けてしまったらしい。


「……どうせあなた達には何を言っても無駄でしょう? 反省したふりをして、結局また同じように他人の悪口や下品な話を繰り返すだけよ。そりゃそうよね。だって、貴方達にはそれしか出来ないんだから」


 強い目で恭平を射抜いた彼女は、続けて。


「でもね、間接的とはいえ公の機関が一度雇った人間をクビにするって言うのは大変なのよ。わかる? とっても面倒くさいの。貴方達にその手間を掛けるのはこれ以上ない無駄ってくらいにね。それよりは現場判断で一々放送を止める方が楽なの、そのために今日は来ただけよ。どうせあと二回で終わりなんだから、この間みたいに思慮も無く余計な事を言うよりは、今日みたいに意味の解らない事をギャーギャー喚いていてくれた方がマシなんじゃない?」


 そんな彼女の言葉と顔で、長江恭平は理解した。彼女の言わんとする事と、その心情を。


 そりゃそうだ。こんなしょうもない素人WEBラジオのプロデューサーだなんて、望んでなろうと思う人はいない。きっとやる気の無い部活の顧問と同じなのだ。上が持ってきた決定事項を誰かが請け負わなくてはいけなくなって、そのお鉢が藤井さんに回ってきたというだけなのだろうと。だから彼女には『一緒に番組を作っている』とかそういうつもりは全くなくて、この下らない『町興しラジオ企画』が終わるまで、サンドイッチで板挟みになった己が無事に済めばいいと思っている。


 良く分かる。理解する。道端でたむろする怖い感じの兄さん達や馬鹿っぽい中学生や変なおじさんの横をひやひやしながら通り過ぎる自分と一緒なのだと。クラスの女子をそれなりに好きになっても、スカした理屈で有耶無耶にしてしまう自分とも。


 どうせ黙っていれば、時間が来れば、終わるんだから。


「そうですか。そうですね」


 頭を掻く。じゃあいいかと思って。うるさい事を言ってこないのなら、このまま。あと二回を楽しくやれれば。特に最終回はやりたい放題に出来るかもしれないと。それならば、互いの思い通りだ。だからこのまま。ぶつかる事の無い距離のままで。


 仕方が無い。やってみたかった企画とか、ここで楽しみにしていた事だとか。そういうのは、またいつか。きっと、どこかで。


「じゃあね」


 ふんと鼻を鳴らして搬入口へと踵を返したプロデューサーの背中を見ながら、そんな事を考えて。


「……そうですね」

「ちっ」


 再び頷いた恭平の背後で、舌打ちと同時にガタッと椅子を尻で蹴った音がした。


「!?」


 あ、ヤバい。


 きっと誰もがそんな目で、肩を怒らせて走り出した彼女を見た。反対プロデューサー側を向いていた分、一瞬出遅れた恭平も、慌てて怒れる相方を止めようと背後の階段を駆け下りる。


「お、尾張さんっ!」


 やめてくれ。せっかくメールも使える様になって、あと二回。あと二回楽しめるんだから。ここで揉めて今日が最終回でしたで打ち切りは、さすがに困る。

 ピラミッドをどかどかと下ってくる小さなおかっぱ頭を見て顔をしかめたプロデューサーが、さっさと出口の扉に手を掛けた。


 瞬間。


「尾張さん!」


 階段を降りるや否や目を三角にした尾張ユリカが『ぐぬぬぬぅっ』と口の中で唸りながら、制服の肩をつかもうとした恭平の指先を猛ダッシュですり抜けた。


 ああドロップキックだ。あの目は絶対ドロップキックをかますつもりだ。さすがは尾張ユリカ、人間関係に波風を立てなければ生きていけない生粋の人間波乗りサーファー・オブ・コミュニティ。事なかれ主義とは無縁の女。


 終わりだ。

 直感的にそう思った恭平が


「逃げろ、おばさん!」

「おばっ!?」


 とプロデューサーに叫ぶと同時。


 それを打ち消すくらいの大きな声と共に、プロデューサーの背に飛びかからんばかりの勢いで、愛すべき相方は。


「ラジオ、続けさせてくださいっ!」


 おかっぱ頭を振り乱し、膝に頭が付きそうなくらいに深く頭を下げていた。



 ――――二つ、瞬き。



 一言で言えば『意外』だった。

 彼女がそんな事を言い出すのも、それをあの人に言うのも、他人に頭を下げるのも、そこまで番組に思いがあったという事も、お願いすればどうにかなると思っている事も。

 だから、沈黙。尾張ユリカと言う人間を知っていればいる程、瞬間的に突かれた虚は深かったと思う。


「……あのね」


 なので、一番最初に口を開いたのは勿論プロデューサーであり。

 その答えも当然。


「無理に決まっているでしょう。あなたね、自分達の番組を聞いた事無いの? ワーワーふざけているだけで肝心の雑ヶ谷情報も茶化してばっかりじゃない。注意しても変える気はないみたいだし、それでよく続けさせてくれなんて言えるわね? 笑ってる内容も下品な話や人の悪口ばかりだし……ほんと、あなた何かの病気なんじゃない?」


 相手が下手に出たと見るや藤井さんの上から目線に拍車がかかり、それを下からじろりと睨み上げたユリカの双眸は鋭くなって。


「……ああ、そう言えば、あなたあれよね? 御家族とは上手く行ってるの? そう言うストレスで他人に攻撃的になってるんじゃない? 雑ヶ谷には住民の心のケアをしてくれる機関もきちんとあるから、一度相談してみた方が良いんじゃないかしら?」


 一瞬、女史と女子の視線が交差した直後、尾張ユリカはぎりっと奥歯を噛みしめた。


 よし行け、尾張さん。これはいっていい。必殺呪いのヘッドバッド(くらうと友達が減る)で目にもの見せてやれ。何なら代わりに――。


 心で拳を握った恭平の前、小さく震えた尾張ユリカは握りしめた小拳を真横に振り払い。


「何でも結構! ただ、これだけは言っておく! この番組が始まって以来、授業の間もご飯を食べている時も、私はずっとこの万遍なんとかの事を考えていた! どんな風に宣伝しよう、どう言ったら面白くなるだろう、どうやって糞プロデューサーに認めさせようって。下らない冗談やふざけたことも馬鹿げたことも出鱈目も出任せも言ったけど、一度足りとも嘘は言ってない! それくらい、全力で、ずっとちゃんとやってきたんだ!」


 ああ、とおもった。すぐに、何となくわかってしまった。

  彼女を動かしているのは、怒りとか、悔しさとか、劣等感とか、悲しみとか、驕りとか、自己愛とか、欲望とか、そういうののどれでもあって、どれか一つでは無い感情。


『長江恭平の辞書』では、まだ名前がついていない感情のベクトルだった。


 ラジオならそれを言葉の底にひっかけて四方八方にぶちまける彼女が、胸の底で首をもたげるそいつをぐっと横隔膜で押さえる様にして。


 何ともダサい事に、声を震わせ、目尻にかすかな涙を溜めながら。


「人の悪口? 私が病気? 私達が何を笑っているのか分かりもしないで……そうやって私を燃えないゴミと燃えるゴミに分別するならそれでいい。言っておく。私はあなたが大っっっ嫌いだ。でも、それ以上に、この番組が、この時間が、この場所が好きだから。だからっ。他にどうすればいいか、私は知らないからっ!! だから、お願いします! この番組を、もっと続けさせてくださいっ!」


 頭突きをする様に猛烈に頭を下げた相方を見て、長江恭平は、凄いなと思った。


 自分の好きな物のためとはいえ、嫌いな相手に頭を下げるとは。


 良くやるなあ、と。本当に、そんなに、好きだったんだと驚いて、感心して、やっぱり少し笑ってしまう。


 なんだよ、いつでも辞めてやるって格好良く言ってたのに。

 無様だなあ、と。馬鹿だなあ、と。意味無いじゃん、と。他にやり方あるだろう、と。


 笑って、そして。


「……あのね――?」


 と言いかけたプロデューサーの前にずいっと歩み出て。


「俺も、お願いしますっ! 無理でも、駄目でも、お願いしますっ!」


 目を丸くした相方の隣に並んで勢いよく下げた頭の上、よく見ると美人なお姉様の口から吐息が漏れる。


「…………ええと、だから――」

「お願いしますっ!」


 流れる様に土下座を決める長江恭平。


「この通りっ!」


 相方もそれに倣ってちんまりと三角形の土下座を作る。


「あなた達ね……」

「お願いしますっ!」

「ずっと、やらせて下さいっ!」

「毎日でもいいですっ!」

「いや私は週一でいいですっ!」

「給料とかっ!」

「給料とかっ!」

「――やっぱ、お願いします!」


 こうなるともう『お願い』の押し売りで、される方はたまったもんじゃない。何しろ相手は話し合う気もコミュニケーションする気も無い馬鹿共なのだ。自分達のふざけたトークを変える気もない癖に、ただ一方的にこのスタジオでこのメンバーでこの番組を続けたいんだという気持ちをぶつけているだけ。それで何かが変わるだなんて、本気で思ってはいないけど。本気で続けたいと思っているから。それ位しか出来ないから。言わずにはいられないから。まるで子供が駄々をこねるみたいに。


 例え誰も聞いていなくても、誰かに聞いて欲しい自分達があるのだから。駄目だと言われてハイそうですかと頷けず、かと言って他に何も出来ない無知で無力な馬鹿なりに、馬鹿げた想いを、ど馬鹿な方法で。


「あはは。まあまあ二人とも。ほら、藤井さんも困ってるし、ね」


 地上へと続く階段前、板張りの床に額を擦りつけていた土下座デモ隊はディレクターの優しい声に促されて身を起こした。真面目を三秒とキープ出来ずに微妙な顔になってしまう恭平の横、じぃっと睨み付けるおかっぱの視線から溜息と共に顔を逸らしたプロデューサーは。


「……どっちにしろ、今月であなた達の契約は終り。それでこのシリーズは終了なの。これはもう、最初から決まっている事なのよ」


 小さな声で低く告げると、ヒールを鳴らして階段を上がっていった。



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