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28 スタジオに行けば


 乗ってきた自転車を旧劇場管理所だったプレハブの中に停め、コンビニで1リットルの麦茶を買ってから地下スタジオの黒塗りの扉を開けると、そこには変なおじいちゃんがいた。


「ヨー! 万遍ボーイ! ノッてるかい!?」


 ちりちりのアフロヘアにサングラスで下品なアロハに真っ赤なハーフパンツ。出で立ちからは分かりづらいけれど、何となく見覚えのあるその輪郭は。


「あ、えっと……世織さん……ですか?」


 そうだ。オーディションの時に相手をしてもらった、あの温厚そうな喫茶店のご隠居だ。たしか彼は月水金の十五時から二時間の番組をやっているはずで。


「オウ、イエス! おいらはファンキー世織! よろしくな、ブラザー!」


 あの日見た控えめで優しそうな商店会長の笑顔の代わりに、親し気なやんちゃ坊主の笑みを浮かべたファンキージジイが腰をくねらせて来たかと思うと、さらっと恭平の肩に腕を回してきた。香水だろうか、突然絡み付いて来た鼻をつく甘いココナッツの匂いに少年がただひたすらに面食らっていると。


「おう、キョーへー。相変わらず早えな」


 と言って、スタジオの中でも外でも何の仕事をしているのか分かりづらいワイルド面こと波多野アスカお兄さんが助けに来てくれた。


「なはは。世織さんな、今日から月曜は『ファンキー』で行くことに決めたらしい」


「オーイェー! ファンキーマンデー! ゲロッパ! キャラマシーン!」


 兄貴の楽しそうな笑顔を指差し叫ぶ世織さんに、恭平は瞬きをして。


「キャラマシーン? ああ、キャラを決めていくと」


「セイス! ムイビエン!」


「それはわからないですけど」


 本当によくわからないけれど、ファンキーってこういう事なのだろうか?


「だはは! すっげーおもしれえぜ、ファンキー世織。恭平も今度聞いてみろよ」


「つい先週! お前ら聞いて・ヒント貰った・マジ感謝!」


「あ、はい。そうですか」


 なんとなく七五調になってきたお爺ちゃんラップに苦笑しながら、ふと思い出す。雑ヶ谷放送局のアーカイブページを。


「あれ? そういえば世織さんの番組ってアーカイブないんですか?」


 どちらかというとアスカに向けた質問のはずが、答えてくれたのは隣のファンキーお爺さん。


「オウイェ、俺、老人♪ 同じ話、マイクの前で繰り返す♪ 録音とか、マジ勘弁♪」


 微妙に字余りなグルーブで繰り出される自由律ラップと、すし職人みたいな決めポーズはちょっと面白いけれど、リアクションに困った恭平は愛想笑い。


 しかしアスカは『あはは!』と大きな声で笑いながら。


「そうそう、なんしたっけ、世織さん、今日の奴。『若えやつは大体』っての」


「おういぇ♪ オレ会長、雑ヶ谷生まれ雑ヶ谷育ち、若え奴は大体オレ無視♪ イェー!」


「イエー!」


 楽しそうにハイタッチをする老人と美丈夫を見て、恭平も笑った。

 あ、笑っていいんだ、これ。と安心して。


 と。


「ああ、恭平君、もう来てたんだ」


 とブースの上から声を掛けて来たのは、眼鏡のディレクター。なにやらいつも以上に胡散臭く意地悪に見える笑顔で眼鏡の真ん中を押し上げた彼は言う。


「今日さ、良い報せと悪い報せがあるんだけど、どっちから聞きたい?」


 すっかりファンキーに毒されたハリウッド的質問に、笑いながら。


「じゃ、良い報せで。悪い報せは尾張さんにお願いします」


「はは、成程ね。じゃあ、ユリカちゃんが来たら良い報せをするとしよう。で、君には悪いお報せなんだけど」


 微笑みを崩さぬまま言う村田慎之助に、恭平は苦笑。


「何でしょうか?」

「今日、藤井プロデューサーが来て下さるらしい。勿論、君達を監視しにね」


 間髪入れずに告げられた言葉を聞いて、成程それはそれは、と納得する。


「オー! ○ッキン美人のねえちゃんか! 俺も挨拶して行きたいネー!」


 イエーイと踊り出したファンキー爺さんは置いて置き。


「了解です。尾張さんのテンションが下がらない様に努力します」


 笑いながら頷いた恭平に、ディレクターも苦笑して。


「気を付けた方が良いかもね。あの人は、割と真剣に君達を降ろそうとしてるみたいだから」


「……え」


 少し驚いて、それから曖昧な笑みで頭を掻いた。

 そうなるのならそれでいいと、そう言う話になっていたけれど。本当にあるんだな、と。


「はい。気を付けます」


 特に意識したわけでは無い言葉が、喉を通りそうになったとき。

 地上へ続く黒塗りの木製扉がガラリと開いて。


「私の悪口はそこまでだっ! この滑りチア太郎!」


 両手にビニール袋を装備したミニスカートの女子高生が、『とうっ!』叫びながら授業で習いたての前回り受け身で転がり込んできた。



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