第1章
「アホやなー、あいつ」
ヒロト君との話はいつの間にか終わっていて、走り去る小さな背中を見つめながら、三上さんは呟いた。
二人の会話を聞き流していた私は、彼が一体何のことを言っているのか分からなかった。
「あいつ、俺がほんまにずっとここにおったと思ってたんやて」
「純粋なんですね、ヒロト君」
「まぁ、コドモやしな。マセたガキや。好きとか嫌いとか、あんな歳で考えんでエエのに」
「でも、やっぱり気になるんじゃないですか。それとも、ヒロト君に好きな子がいるとか」
「あー、なるほどね。それは有り得るかもしれんな」
そう言って、三上さんは何度も小さく頷いていた。
こんなことを真剣に考えているのかと思うと私は彼が愛しくてたまらなかった。
何て可愛い人、と思った。
人には、限界というものがあるだろうか。
私は、あるのだろうと思う。
だとすれば、この気持ちにも、そのうち限界がやって来るのだろうか。
いつか、堪えきれなくなってしまう、その日が。
「柚紀」
「え?…どうしたんですか、急に」
「いや、エエ名前やなぁと思って」
「ありがとうございます。でも、三上さんの名前も、いいじゃないですか」
「え、俺の名前?三上融、やで。こんなんの、どこがエエねん」
そう言いながら、三上さんは笑った。
彼はそう言っているけれど、私は三上さんの名前が、すごく好きだった。
融、という字も好きだった。
それは、もしかしたら、「三上さんが好きだから」だったのかもしれないのだけれど。




