PH-098 ギルドの病室にて
砦の時空間ゲートに出ると、更に次のゲートが俺達を待っていた。
牽引車を取り除くと、後席にレブナン博士とレミ姉さんがリノア達に張り付くようにして乗り込んで来たぞ。
「エリー、急いで頂戴。すでに座標は入力済よ!」
「了解!」
再び軽車両が動き出した。
今度俺達がゲートを出た場所は、随分と行き来したギルドのゲート区画だ。到着と同時に救急隊員が俺をストレッチャーに乗せて運び出した。エリー達はレミ姉さんに連れられてったけど、周りのギルド員達が好奇の目でリノア達を眺めてたな。気を悪くしなければ良いんだけど……。
ゴロゴロと低い音を立ててストレッチャーが通路を進んで行く。2度程エレベーターに乗って到着した場所は手術室だった。
手術台に乗せられたところで、数人が手早く手術の準備を始めたぞ。上部の照明灯が明るくなり、ちょっと眩しく感じる。
服がハサミで剥ぎ取られ、下着1つになったところで布が被せられた。腹から金属棒が出てる場所は開いてるんだろうな。ちょっとスースーするぞ。
目に布を当ててくれたので眩しさは無くなったが、右腕に痛みを感じた。点滴用の針が打たれたんだろう。
「X線とスキャナー画像を用意して! 血液型はO型よ。まだ届かないの!」
レブナン博士が声を荒げて指示しているのが聞こえて来た。それ程重症なのか?
また右腕に痛みが走る。更に点滴用の針が打たれたみたいだ。
左腹は痺れているように痛みが無いんだが、それ以外の痛感はあるんだなと感心していると、口と鼻がマスクで塞がれた。いよいよ始めるって事になるのかな。
「バンター君。ゆっくり数を数えて頂戴。私に合わせて言うのよ。……ひとーつ。……ふたーつ……」
三つを言うことが出来なかった。強い睡魔が襲って来たぞ。麻酔薬を使ったみたいだな……。
深い闇にいる俺を、誰かが呼んでいるようだ。
しょうがないな。またエリーを虐める奴が出て来たのか? あれほど、前回手酷く殴って病院送りにしたんだが、そんな事を知らない新人でもやってきたんだろう。
言う事を聞いてくれれば問題ないが、この施設でエリーを虐める奴は俺が許さない。例えシスター達が言い聞かせても、分からない奴らには、分かるように体に刻むしかあるまい。
エリー! どこだ? どこにいる?
「エリー……。エリー……」
「ここにいるよ。お兄ちゃん!」
耳元に聞こえた声で目を開ける。聞こえた方向に目を向けると、目を真っ赤に腫らしたエリーが俺を見てわなわなと口を震わせていた。
「抱き付きたいのは分かるけど、もう数日はダメよ。レブナン博士にもきつく言われたでしょう?」
レミ姉さんががっしりとエリーを押さえていたようだ。俺の見つめる視線に気が付いたらしく軽く笑みを浮かべている。
視線を足元に下げるとリネア達が部屋の隅にある椅子に座って心配そうに俺を見ていた。
それ程大きくはないが、病院の個室らしい。
腹の痺れが無いところをみると、手術は無事に終わったようだな。
「心配かけたな、エリー。もう大丈夫だ」
うんうんとエリーが頷いている。レミ姉さんはエリーが自制出来てる事を確認したようで、エリーから離れると部屋の端で誰かと話をしているようだ。
「たぶん、数日で動けるだろう。そしたらまたリネア達の世界に戻ろう。それにせっかくこの世界にやってきたんだから、ネリア達に俺達の世界を案内してあげたらどうだ?
お土産だって買って行かなくちゃならないぞ」
「うん。でも……。そうだね。案内してあげなくちゃ。村の子供達にも色々と必要な物があるし……。お兄ちゃんが気が付いたなら、また元のハンターもしなくちゃならないでしょ。だいじょうぶ、私に任せて!」
頼んだのが失敗だったかな。元気にはなったけど、何を買い込むか、リネア達をどこに連れてくのか心配になってきたぞ。
せっかく傷が癒えても、新たに気疲れで寝込むようになっては大変だからな。後で姉さんに頼んでおこう。
エリー達がリネアを連れて食事に出掛けるのを見計らって、レブナン博士が俺の病室を訪ねて来た。
わざわざこの時間を狙って来たという事は、あまり人に話したくない内容って事だろう。
俺のベッドの傍にレミ姉さんと2人で椅子を持ち寄って座ると、俺の寝ているベッドの上半身を起こす。
「すっかり傷が癒えてるわ。とは言っても、内臓にかなりのダメージを受けたことは確かよ。ナノマシン治療が数日で終わるから、その後はギルドの中を動けるわ」
「かなり危険だったんですか?」
「あの矢に問題が合った事は確かね。あの矢はかなり特殊な金属で出来ていたわ。部材は、バンター君が持ち帰った左腕と一緒だけど、冶金学者が驚いてたわよ。新たな目標が出来たってね」
特殊ってところが問題なんだろうか? 俺に異常がなければそれで良いんだけど。
だが、腕を持ち帰ったことが後々問題になるようでは困る。一応戦利品として持ち帰ったけど、それが原因で球体型時空間ゲートの先にある世界と争いが起こることは無いんだろうか?
「あの金属は一種のナノマシンで出来てるわ。私達の作るナノマシンと異なるのは、いくつかの種類で全ての構成部材が作られているというところよ。約12種類。そのナノマシンが組み合わさることで、あのロボット全てが作られてるのよ。唯一例外が動力炉になるけど、動力炉近辺に損傷が起こったことがあのロボットの動きを止めた原因ね」
かなり際どい勝ちを取ったという事か? 確かにあの動きは異常だ。もう一度やったら今度はこっちが危ないな。
「問題だったのは、あの金属の棒が刺さった相手がバンター君だったという事よ。エリーやレミネ達なら単なる矢傷になったけど、バンター君の場合は多量に投与されているナノマシンが働いたのよ。体内への遺物侵入と判断したみたいね。その結果……、金属の半分以上が分解されていたわ。分解されたナノマシンはそのまま異物になれば問題ないんだけれど、今でも体内に存在してるわ。それも増殖している感じなの」
「俺があのロボットになるという事でしょうか?」
「貴方の潜在意識が何を望んでいるかまでは私には分からないわ。でもね、そうなるとバンター君に金属元素が必要になるの。このカプセルを朝晩に飲みなさい。今飲んでるカプセルは廃棄しても良いわ」
ベッドのテーブルにプラスチック容器に入ったカプセルが乗せられた。持ってみるとずしりと重さを感じるな。それだけ金属元素が多いって事なんだろうか?
「とりあえずは、このままでハンターを続けられるんでしょうね。やはり、向こうの世界が気に入りましたから」
「数日過ぎれば元の体よ。でも、ギルドから向こうの世界に戻るのは10日過ぎてからにして欲しいわ。医療設備がこの世界並みじゃないのが問題なの」
レミ姉さんがカップにコーヒーを注ぐと、ベッドのテーブルに置いてくれた。
しばらく飲んでないからな。ありがたく頂くと、甘い味が口に広がる。やはりコーヒーの美味さはこの甘味だよな。砂糖を入れないコーヒーを飲む奴の気が知れないよな。
レブナン博士と姉さんは別のポットからコーヒーをカップに注いでいる。まあ、人の好みは色々あるから、今更言っても始まらないけどね。
カップ半分程飲んだところで、レブナン博士が白衣のポケットから灰皿を出してベッドのテーブルに置くと、反対側のポケットからタバコを取り出した。俺の好きな銘柄だけど、病室でタバコを吸っても良いんだろうか? 思わず博士を見てしまったぞ。
「だいじょうぶよ。バンター君の場合は怪我ですもの。病気じゃないわ」
「ありがたく頂きます。これが一番の差し入れですね」
箱から1本取り出してライターで火を点ける。
一口吸って煙を出すと、天井の換気口に勢いよく流れていく。これならだいじょうぶそうだな。
「それで、エリーからは経緯を聞いたけど、バンター君からはまだだったわ。何が起きたのか、詳しく教えて頂戴」
2人が揃っているのはそれが目的って事だな。
タバコとコーヒーを運んでくれたんだし、エリーも不在だ。ここは詳しく話しておかねばなるまい。
俺の話を相槌も打たずに2人がジッと聞いていた。
30分ぐらいかけて話を終えると、2人の口からため息が漏れる。
「かなり危険な相手になるわね。こちらも無人機を送った非は認めなくてはならないけど、いきなり戦闘用ロボットとはね」
「破壊すべきでしょうか?」
「それはギルドの長達が話し合っているわ。シスターもやって来たそうよ」
シスターは今でもギルドに影響力があるという事なんだろうか? だけど、あのパーティのリーダーはトメルグさんじゃなかったのか。
それに、あれを話すべきなんだろうか? 少し悩んで来たぞ。
改めて、箱からタバコを1本取り出した。
「バンター君は何を悩んでるの? その仕草は、バンター君が悩んでる姿そのものよ」
おかしそうにレミ姉さんが吹き出しながら俺に聞いて来た。
俺の記憶に無い俺の仕草を自然に取れるという事は、やはり俺はバンターなんだろうな。ならば、2人が不審に思わぬ内に話しておくべきだろう。
「俺達が出掛けた神殿の岸壁にあったトンネルを進んだ場所には石像がたくさんありました。その台座には2行の文字があったのはエリーの映像で見ましたよね」
「ええ。それに階段にもあったわ。問題はそれが文字だと分かってもライブラリーにそれに類する文字が無い事よ。言語学者達が集まって頭を捻ってるわ。それに、球体型時空間ゲートの部屋の装飾も異質ではあるわね。あんな装飾など今までに見たことが無いわ」
タバコを灰皿に押し付けて消すと、ゆっくりと2人に顔を向けた。
「俺はその碑文を読めましたよ」
2人の顔に驚愕が走る。レミ姉さんは持っていたコーヒーカップを落した位だ。相当驚いたに違いないな。思わずニヤリとしたんだけれど、次の瞬間2人が俺の胸ぐらをつかんで俺を揺さぶり始めた。
「早く教えなさい。でないと……」
でないと、の後は声に出さなかったが、かなりひどい仕打ちを羅列したんだろうな。
そこで俺が怪我人だとようやく理解してくれたようだ。椅子に、おとなしく座りなおして咳払いなんかしているぞ。
「どうして読めるのかは分かりませんが、俺には読めました。その言葉を話す事さえできるようです。読んでみますか?」
「お願いできる? 今、仮想スクリーンに映しだすわ」
映し出された碑文を、その言語で読み上げ、次にこちらの言葉で内容を教えてあげる。
レブナン博士が興味深く、俺の言葉を聞いてくれた。姉さんは驚いているばかりだな。
「そういう事ね。バンター君は無人機の調査を短時間に限定した事も理解出来たわ」
「ところで、最後のホールの壁面の装飾画をあれほど丁寧に撮影した理由は何だったの?」
ようやく、レミ姉さんが復活したみたいだ。
「あの画像をどこかで見たからです。やがて気付いたんですよ。あのパターンが集積回路の基板図にそっくりだとね。あれが球体型時空間ゲートの制御回路本体ではないんですか?」
今度こそ、2人が本当に驚いたようだな。
椅子から飛び上がるように身を起こすと、何も言わずに部屋を飛び出して行ったぞ。
出掛ける前にもう1杯コーヒーが飲みたかったな。
幸いにもポットはあるから、エリーが帰ってきたら飲ませて貰おう。