PH-099 平行世界に終わりはないのか?
夕食は、エリーが持ってきてくれた。
久しぶりの夕食はハンバーグ定食そのものだ。テーブルの上に並べてくれたところで、ベッドの背を起こしてゆっくりと頂く。
そんな俺を見ていたエリーが不意に話を始めた。
「明日、王都に行ってみようと思ってるの。リネア達も連れて行きたいんだけど」
「ああ、せっかく来たんだからな。俺にはお土産を頼むぞ。そうだ! トメルグさん達にも何か選んできた方が良いだろう。村に行った時にはいつもご馳走して貰ってるからな」
「そうだね。うん、ちゃんと選んでくるね」
嬉しそうにエリーが声を上げる。
リネアが一緒だとすると、ギルドから誰かが付いて行くだろうな。この世界では異形の存在だ。ネコ顔だし、尻尾だって出てるからね。
感情に合わせて揺れ動く尻尾は、誰もが触りたくなりそうだ。
次の日、朝食を食ベ終わった俺の食器を下げながら、エリー達は王都に向かったようだ。「3人で大丈夫なのか?」と聞いたら、ギルドから10人程が同行するらしい。リネア達が心配だという事らしいが、やはりネコ族が珍しいからだろうな。親衛隊が結成されたに違いない。
まあ、安心ではあるが、王都で更に人気が出たらどうなるか分からないぞ。
別の心配が出てきたな。
エリー達の騒動を考えながら一服を楽しんでいると、扉を叩く音がする。
「どうぞ」と言う声に、入ってきたのは3人の女性だった。レブナン博士とレミ姉さん、3人目の女性は初めて見る顔だ。
「ギルドの電脳を開発したキリル博士よ。貴方に一度会いたいと言うんで連れて来たわ。お話の前に、一度診察をするわね。シャツを脱いでくれないかしら?」
3人の女性の前で上半身を晒すのは、セクハラになるんじゃないかな? そんな事を考えながらも、テーブルを脇に移動させるとそのままの姿勢でシャツを脱いだ。
レミ姉さんが博士のバッグを開いて、新しい包帯を用意している。
博士はベッドの左手に移動すると、俺の腹の包帯を手際よく外しに掛かった。
「ふ~ん……。やはりね。レミーネ、包帯は必要ないわ。傷すら残ってないわよ」
レミ姉さんが、無言で包帯を仕舞う中、キリル博士だけは驚いた表情をしている。
「待ってください。彼は、昨日腹に金属の棒を刺されたまま緊急転移してきたはずです。1日も掛からずに治るなんて、それほどギルドの医療が進んでいるとは思えませんが?」
「バンター君は特別なの。彼の経歴の多くはプロテクトの塊になってるから詳しくは言えないけど、未知のナノマシンが体内で活動してると考えれば納得できるでしょう?」
「それでもです。そんなナノマシンがあれば重傷者はいなくなります。そのナノマシンを増殖させて民間に払い下げるのも我々の仕事では?」
それなりの博士らしく倫理的、人道的な人らしいな。まったく俺もそう思うぞ。
「まだ、彼の体から分離するのが困難なの。彼の体に一定の数で存在していることは分かってるんだけど、彼から分離した途端、ナノマシンの分解が始まるわ。彼の体でのみ、その機能を継続しているのよ」
そんな! という顔をしているぞ。あまりギルドの暗部に係わっていないようだ。「できればそのままの位置にいた方が良いと思うな。あまり深部に足を踏み入れると一般社会から乖離してしまうんじゃないか?
「後3日位、病室にいて頂戴。その後は自室に戻っても良いけど、出歩くのは居住区だけに限定して」
「食事に出歩けるなら、それでいいです。ちょっと長めの休暇として過ごせます」
元々、あまり外出する考えは無いからな。カタログショッピングでもしながら時間を潰そう。それに考えなくちゃならないことも多すぎる。
「さて、診察は終了よ。3日後に私のラボで精密検査をして退院の手続きをするわ」
レミ姉さんが戻してくれたテーブルにコーヒーのカップと灰皿が置かれる。
ベッドの横にある小さな棚の引き出しから、レブナン博士が置いて行ったタバコとライターを取り出して、博士の方に顔を向けた。
「それで?」
「昨日、バンター君はホールの模様を集積回路だと言ったわね。それをギルドの会議で話したら、キリルが是非とも会いたいと私に頼み込んで来たの……」
レブナン博士が最後にキリル博士に顔を向けると、キリル博士が小さく頷いた。後は私が……、って事だろうな。
「私も、レブナンと同じにバンター君と呼んでいいかしら?」
俺が小さく頷くと、笑みを浮かべて話を始めた。
どうやら、相当ショックだったらしい。慌てて部屋を飛び出し、ギルドの電脳を使って、エリー達が撮影した画像の解析を始めたらしい。
電脳で模様を解析はしてみたものの、単なる装飾とだけの一次解析結果だけで、その後の調査は行わなかったようだ。古代遺跡の単なる装飾と考えていたようだな。
「ビンゴ! ギルドの電脳を遥かに凌ぐ電脳よ。私を含めてラボの連中も、あの画像を見てはいるの。でも、それを集積回路と考えた人物はいなかったわ。更にその電脳が時空間ゲートの解析に特化したものだとは、そう言った方向で調査を指示できる人物がいなかったら、まるで分からなかったわ」
なるほど、それを示唆した人物が知りたくて一緒に来たって事だな。
タバコの箱から1本抜き出して火を点けた。ふ~っと煙を天井に吐き出しながら、その煙のパターンを眺めてみる。あの煙の拡散状態はどんな計算をすれば予測できるんだろう? だが、ある程度見ていると予測出来ないことも無い。それは経験からくるものだろうか。それともそれなりの計算を俺は無意識に行っているのだろうか?
「それで……。当然、明晰な貴女の事ですから、始めたんでしょう?」
俺の問いに、驚いたような表情をしてレブナン博士に振り向いている。レブナン博士の方は相変わらず笑顔のままだ。レミ姉さんはリンゴの皮をむいている。途中で買い込んで来たのかな?
「キリル。彼の年齢でバンター君を判断してはダメよ。貴方も聞いたことはあるでしょう。それにその恩恵も受けているわ。ディストリビュート計画の被験者の1人がバンター君なの。アカシックレコードを垣間見た存在とまで言われたこともあるわ」
「おかげで昔の記憶がいまだにありません。何か別の人間の記憶がたまに浮かんでくるだけですよ」
「そうかも知れない。私達の電脳は、集積回路をとうに使わなくなっているの。水晶結晶体そのものに多層構造で偏光角度を変える刻みを作り、レーザー光で信号を入力させているのよ。半導体を使った集積回路は数百年前に廃れてしまったわ。
でも、それがどんな働きをするかは解析出来たから、ラボの総力を挙げて私達のやり方で複製を始めたところよ」
失われつつある技術って事になるのかな。
それでも、その演算システムが他の手段で再現できるなら、平面的な時空間ゲートでは無く3次元の時空間ゲートが作れるんじゃないか?
俺には、それが平行世界を一気に飛び越えるゲートになりそうな気がしてならない。
レミ姉さんが剥いてくれたリンゴをフォークで食べ始めたが、ウサギにしなくても良いんじゃなか? しっかり目まで付いてるぞ。
今でも俺を幼い少年として捉えてるのかな? かなり小さい時分から世話に成っていたようだけど……。
「そうなると、次の計画が見えてきたわね」
「偶然の産物ではなく、意図的な異世界への旅ですか?」
俺を見据えて、レブナン博士が小さく頷いた。なるほど、それがディストリビュート計画の本来の姿って事だな。
植物進化の大系化を隠れ蓑に、横に繋がる平行世界の上下移動を考えていた訳だ。
たまに事故でそんな世界に飛ばされて、偶然に戻って来たハンターの聞き取り調査からその存在を知ったのだろう。
だが、そこに至るルートを探すのは困難だった筈だ。リネア達の暮らす世界と偶然に行き来できるだけでも、この世界の科学力では限界に達していたんじゃないかな。
偶然から偶然が重なって、違う世界の時空間ゲートの秘密を知った時、一気に世界が広がるのだろうが、他者からの介入が出てくる可能性もあるぞ。
「ギルドの警備体制は上げてるんですか?」
「王国軍、1個大隊の派遣をギルドは依頼したわ。今日中には到着するはずよ。それまでは他のギルドから警備員を100人単位で派遣してもらってる。やはり……、来るかしら?」
おもしろそうな顔をして俺に聞いてきた。他の2人はその体制に驚いているようだが、あえて俺達の会話に加わるつもりはないようだ。
「来るでしょうね。そんな移動を度々行えば次々と世界が作られていきます。そうなると問題も出てきますよ。その世界の創成は無限なんだろうか? ……とね」
「どこまでも続く平行世界じゃないの? 私はそう考えてるし、時空間ゲートの制御も作られる世界は無限を根拠にしているわ」
それも答えなんだろうな。だけど、必ずしも同じ答えを他の世界も持っているのだろうか? 俺達が認識できない数の彼方にそれ以上の平行世界を作ることができない場所があるかも知れない。
「ひょっとして、バンター君は有限だと思っているのかしら?」
「限界はあるんだろうと思ってます。問題は、基準となる世界ですね。俺達はこの世界を基準にしてますが、リネア達はリネア達が暮らしていた世界が基準ですよ。そもそも基準なんてないんでしょうね」
レミ姉さんが皿を下げてくれて、俺にコーヒーを入れてくれた。
博士たちにもカップを配っているが、俺とレブナン博士は、コーヒーが冷めるのを待ってタバコを楽しむ。
「でも、それなら平行世界に限界が無いわ」
「ええ、作られる数は無限でしょう。ですが、それらの世界が干渉するとしたら?」
「世界は消滅するわ! そうならなくてもめちゃめちゃな世界が作られることになるわ」
「何億年の時を隔てる世界が融合することも考えられます」
ようやく事態の重大さが理解出来たようだ。その融合した世界の住人だって、自分達の世界が基準だと思ってるに違いないだろうけど。
「ギルドの終焉ってことかしら……」
「さあ……。必ずしもプラントハンターギルドを畳む必要はないと思いますが、制限は出てくるでしょうね」
リネアの世界だって、他の世界との干渉の結果だと思う。人間と恐竜が共存する世界なんて本来ありえないはずだ。都合よく世界が作られているようだが、どこかに矛盾点が出てくるんじゃないかな。
俺達が過去に遡るたびに世界が生まれる。その生まれた世界が相互干渉を起こさない最大公約数についてどの様に考えるかが問題だな。




