PH-100 時空間ゲートに変わるもの
病室に重い沈黙が降りる。
確かにプラントハンターギルドの根幹を揺るがす話だ。一介のプラントハンターである俺の意見等笑い飛ばしても問題はない。
だが、俺達とは異なる世界でも、平行世界への移動手段が存在し、かつ、その技術が俺達よりも進んでいるとしたら……。俺達の世界そのものが変化することも考えられるのだ。
異なる世界が干渉してひとつになる。そんな事が起こりえる事だということが、リネアの世界で実証されているのかも知れない。
「5つのギルドから代表者を集める必要があるわね」
「紛糾しそうです……」
レブナン博士達が呟いた。
紛糾で済めばいいが、場合によってはギルド間の対立が発生しそうだ。そうなると王国側の外交にも影響が出てくるだろう。
最終戦争も視野に入ることになりそうだぞ。その結果、1つの王国に統一されれば問題も少なくなるが、内戦というか共倒れになりかねないな。
それで、俺達の文化が衰退したら……、これも他の世界との干渉ってことになるのだろうか?
自分達の問題ではあるのだが、その遠縁となる起因事象が全く別のところから来ているのかもしれないとなると、空恐ろしくもある。
「今夜もギルドのトップが集まるわ。バンター君に考えはないの?」
「制限を掛ける位ですかね。プラントハンターの人口は5つのギルドをあわせるとどれ位になるのか分かりませんが、少なくともパーティ数は千を超えるんじゃないですか?
その数で時空間ゲートを10日間隔で利用すれば、1年で3万を超える世界が作られます。短期で向かう事もあるでしょうから10万ぐらいでしょうか。
時空間ゲートを使い始めてから少なくとも50年。すでに500万を超える世界が作られた事になります。
今回、俺たち以外の時空間ゲート利用者がいることが分かりました。その数は、いったいどれ位あるでしょうか? 2つの世界だけとは考えにくいですね」
「それこそ、星の数ほどあると考えられるわね。膨大な世界が作られたことになるわ」
「それが、相互に干渉するという事?」
温くなったコーヒーを飲みながら小さく頷いた。
たぶん、あの世界にあった球体型時空間ゲートを作った連中も、その答えに行きついたんだろう。
時空間ゲートを使った平行世界への移動を制限したに違いない。
あのロボットは『わが領域を侵す者は排除する』と言った。それは彼らの世界を他の世界が干渉することを防ぐ目的ではなかったのか?
「あのロボットは警告だったのかしら?」
「そうだと思います。時空間ゲートのシステムそれ自体は必要悪のような物でしょう。色々と便利に使えます。ですが、安易に使うものではないと言いたかったのかも知れません」
他の平行世界と戦をすることも無意味だろう。いったいどの世界の時空間ゲートによる世界の創生が自分達の世界に干渉するか分からないからな。
全ての平行世界を消し去ることなど不可能の一言だ。ここは自制の一言だと俺は思うな。
「やはり、ギルドの終焉になるのでしょうか?」
レミ姉さんの声は不安が滲んでいる。
「規模の縮小と長期調査でカバー出来るんじゃないかしら。数日の滞在を10倍に伸ばすだけで、作られる数は抑えられるわ。それでも、そんな運営を長く続ければ同じでしょうけどね」
確かに、これからも延々と時空間ゲートを使用するならいずれその時が来そうだな。単なる延命策にしかならないだろう。
だが、その延命策こそが一番大事なのだ。
「俺はようやくレブナン博士の目的が分かりましたよ。ディストリビュート計画に隠されたものが何なのかね」
新たに点けたタバコの煙りを天井の換気口に吹き付けながら呟いた。
レブナン博士が、微笑みを浮かべて俺を見つめる。
レミ姉さんは、ジッと俺を見つめているし、キリル博士はお化けでも見たように大きく目を見開いていた。
「俺も賛成です。たぶん出来るんじゃないかと考えます。ですが、時間が掛かるでしょうね。俺の寿命がそれに耐えられるか……」
「ごめんなさいね。……私の夢を何とかしたくて、バンター君達の献体を使ったんだけど……」
「お詫びはいりませんよ。おかげで俺達は生き返ることが出来ました。親とも近くで暮らすことも出来ました。俺達こそ感謝しなければなりません。ですが……」
「次の実験はバンター君次第という事になるわ。でも、可能なのかしら?」
それは、科学者としての問いなんだろう。
人情的な暖かさはまるで感じられない。1か0かの答えを要求しているのだ。
「可能です。これからそのやり方を、休養しながら考えるつもりです」
「教えてはくれないのかしら?」
「理解出来ないんじゃないかと……。俺の全身に広がるナノマシンが神経接続回路を作り続けています。それでいて、細胞の欠落を他のナノマシンが補完してるんですから、とんでもない生物に変化してますよ。
ギルドの電脳はいまだにノイマン型倫理思考を行っていますが、俺の場合は完全に非ノイマン型思考を多層階同時に進められます。
状況を整理して相関関係式を作り、結果を推測するという事をせずに、状況から結果を推測できます」
「天才を作ってしまった。という事かしら?」
「天才の集まりを作ったという事でしょうね。俺に似た思考であればゾアが一番近いんじゃないかと思ってます」
ゾアとそんな事を話し合うのもおもしろそうだな。帰ったら会ってみよう。あれから一度も会ってないからな。それに、ゾアも興味を示すんじゃないか。協力してくれたら予想以上に早く結論が出そうだ。
「ちょっと待ってください。結局、ディストリビュート計画って何だったんですか?」
「平行世界への移動ではなくて、その世界の過去への旅立ちだ」
俺の言葉に、レブナン博士が急いで端末を取り出して調べ始めた。画像をいくつか展開してホッと息を整えている。
「誰も聞いていなかったみたいね。2人とも今の話は極秘事項よ。うかつに他人に話しただけで処分の対象となります」
レミ姉さん達が驚きながらも頷いている。
極秘には違いないな。ギルドの再編どころの騒ぎでは無くなってしまう。
問題はタイムスケジュールだ。出来ることは間違いないが、その方法をもう少し考える必要がある。
上手い具合に、レブナン博士とキリル博士がいるから、情報はオープンにしてくれるだろう。
「キリル博士には、あの球体型時空間ゲートの制御システムを実現して貰いたいですね。協力者は数学者が必要です。電子工学だけでは無理があるでしょう。レブナン博士には上手くギルドと王国軍の調整をして貰わなくてはならないでしょうね。あの遺跡を場合によっては破壊されそうです」
「それは考えてるわ。だいじょうぶよ。……で、バンター君はここで思索の海に溺れるの?」
「エリーというフロートがいますから。それに、リネア達も俺にロープ位は投げてくれるでしょう。シスターには申し訳ありませんが、御主人の捜索は諦めて貰う事になりそうです」
「今の村で余生を過ごすことになるのね。ご主人と別れた世界に似た世界ならば、思い出に包まれて暮らせるかも知れないわ」
村の子供達に色々と教えていたからな。無くした子供を思い出しているのかも知れない。トメルグさんだって2人のご婦人を寂しそうに見ているけど、エリー達が遊びに行くと、生き返ったように元気になるのが良く分かる。
「……先ずは自粛。その後は削減、最後は時空間ゲート自体の破壊……」
破壊の言葉に3人がビクっと体を硬直させたのがわかる。
だが、それはかなり先の話だ。少なくとも俺達の世代ではないな。
「そこまで考える必要があるのかしら? 草木の採取は私達の暮らし……、いえ、生存に直結しているわ」
「すでにかなりの成果を上げているのは知っています。それに、プラントハンターが持ち帰った膨大な標本が未調査で保管されていることもね。時空間ゲートの使用回数を減らしてもギルドの仕事は無くなりませんよ」
本来は医薬品となる植物を探すのが目的だったはずだ。それがディストリビュート計画の表面上の功績でミッシングリングの探索に変わってしまったのが原因なんだろうな。何時の間にかホンネとタテマエが逆転してしまったようだ。レブナン博士には耳が痛くなる話だろう。
「私達が責任を取る事態になりそうね……」
「逆ですよ。5つのギルドが集まった時にはっきりと伝えるべきです。ディストリビュート計画の本当の目標をね。博士には漠然とした姿かも知れませんが、それは可能なんです」
「可能であれば、時空間ゲートの必要性が無くなるわ」
「それが答えです。各地の時空間ゲートを破壊できるでしょう?」
俺の言葉に、キリル博士とレミ姉さんがレブナン博士に視線を移す。さっきまでは俺を睨んでたからな。ほっと一息ついて、すっかり冷めてしまったコーヒーの残りを飲み干した。
次のギルドの頂上会議は紛糾するだろうな。非人道的な実験をしていたレブナン博士を糾弾する者も出てくるだろう。
だが、責任を負わせることは出来ないはずだ。基本路線は今までのプラントハンターギルドの仕事を踏襲しているからな。その上で色々と成果物もあるなら、ギルドの運営に関わる部分を切り取って、ラボの活動に重点を置いた地位に移動するんじゃないだろうか?
表面上は降格でも、明確な目標に向かって専任出来るだろうし、予算や人員も増強されるに違いない。
ギルドの電脳を大幅に超えるゾアを、向こうの世界から持ってくることも考えられるな。生体電脳だから、推論能力はこの世界のどんな電脳よりも上になる。
意外と、レブナン博士の寿命が尽きる前に、完成するんじゃないか?
「どうしても理解できないんだけど……。バンター君は何をしようとしているの?」
「簡単に言うと、タイムマシンってことになります。過去限定ですけどね。未来への道もあるんでしょうけど、それはやってはいけないことでしょう。あえてパラドックスを作ることもないでしょうしね」
『パラドックスは覆せない』それはレミ姉さんの教えてくれたことだ。一度そうなってしまったら、それを回避する手段はないという事だろう。
レミ姉さんは経験で感じたことを教えてくれたんだろうが、俺にとっては大切な一言だ。