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後編



久しぶり。 今度、会いにいく。



「いつだよ」


思わず突っ込みをいれる。いつ会いにくる気だ、どこに会いにくる気だ。

その説明すらもないその文字が、おかしくてならない。


絵はがきの裏にかかれた、たったそれだけの言葉。

沸きあがる笑いは、止まらなくて。葉書を見詰めたまま、笑い続けた。



ああもう、変わってない。几帳面で破天荒でいい加減。色々と矛盾した、眼鏡の彼を思い起すと、本当に、なんだか、おかしくて――ほっと、肩から力が抜けた気が、した。


ふっと息をつく。

疲れてたんだな、と、思う。

いや、肉体的な疲労とか、日々の疲れとか、こまめに意識して解消していたつもりではあったんだけど。

やっぱり、どこか奥の方に、しっかりと精神の疲れがたまりこんでいたらしい。


仕事だから。仕事だもの。仕事なんだから。

人と人との関係ってやつは、どうしても間にしがらみを産む。それがあるから面白い、というのも確かにあるんだけど、やっぱり、凹むし傷つくし、疲れるし面倒くさいし、全部放り投げて何もしたくない、って、思っちゃうことも、ある。


でも。


真剣にそう思ってしまうと、本当に放り投げてしまうと、一歩も動けなくなるから。

そこから、二度と抜け出せなくなる――抜け出せたとしても、ものすごい労力を必要とする、から。


考えないこと、を、覚えた。

年をとるに従って、日々を送っていくに従って、「考えない」スキルを、身につけた。


これはこれで、社会で生きていくうえでは必須のスキルだとは思うのだけれど――ときどきは棚卸、じゃないけど、整理は必要らしい。




「あー……あいたい、か、なー?」


なんとなく、語尾が疑問系になるのは、久しぶり過ぎるせいか。それとも、年をとって素直になれなくなったからか。

浮かんだ顔を思い浮かべて、だらりとイスに座りながら空を見上げる。

少ないとはいえ、ちゃんと星は浮かんでいて、きらきらと瞬いている。



ゆっくりと瞼を閉じる。



――もとかわさん、星、みたくない?


――星? 空に見えますよ?


――いやほら、もっと、満面の星。


――え、無理でしょ。ここらでは。


――いやいや、それがみれるんだな。


図書館での整理が遅くなった帰り道、先輩が笑ってそういって。

連れて行かれたのは、バスに乗り電車に乗り、そしてたどり着いた、地元の山。

頂上までのケーブルは、最終まで後数本で、登ってもあまり長居はできないかも、という時間で。

携帯なんてない時代、あまりに遅くなったら叱られるかも、と、心の中に過ぎったけれど、全くそういうことには頓着せずに、うきうきとした風情でチケットを買う彼に、それを言い出すことも出来なくて。

つられるままに登った、山の頂上。ありがちな○○○ドルの夜景なんてつけられた下界の風景に目を奪われてると、いきなり、彼はころりと芝生に横になった。

ぎょっとしていれば、おいでおいでと手招きされて。

制服なんですけど、とか、ちらりと過ぎったけれど、口元に薄く笑みをはいたまま空を見上げる彼が、あまりにも幸せそうで、つられて腰を下ろし、そのまま空を見上げた。


星。

満天の、星。


思わず声を失って見詰めていれば、彼も何もいわずに、空をみていた。

静かに、ただ、並んでみていた。


――いつか。


ぽつり、と、彼が呟く。

声につられてそちらをみれば、空を見上げたまま、の彼が言葉を紡ぐ。


――いつか、阿蘇の方の星もみせたいよ。空気が綺麗な分、もっともっと星が凄い。


夢見るような、幸せそうな顔に――けして美形ではない彼だったのだけれど――見惚れて、ただ、見惚れてしまって。


――そう、ですね。いつか、みたいです。


貴方と一緒に、と、心の中で呟いた。



そのあと、係員の人に最終だと声をかけられ、慌てて地上に戻り、あわただしく別れてそれぞれ家に帰った。

それから、彼との間になにか関係の変化があったわけじゃない。少しばかり親に叱られて、布団に入ったその夜。淡く、夜の星のように瞬く感情に、ひとり小さく笑い声を漏らした。――そんな思い出。



――淡い淡い、そんな思い出。



彼が私に、どんな感情を抱いていたのか、今となってもわからない。

なにせ彼は、破天荒なのだ。当校途中に海がみたいといって、一緒に居た友人を巻き込んでそのまま登校しなかったこともある。

誰かを巻き込むのも、日常茶飯事。だから、きっと――あのときは、ただ、私が側にいたから私だっただけ、なんだろうなぁと、あのあと少しだけ期待した気持ちを、自意識過剰だったとひとり赤面した記憶もある。



――この手紙、も。


ゆっくりと瞼を開き、その星空の絵はがきに視線をむける。


本当に、思いだしただけ、なんだろうなぁ。

ちょっとだけ、そう、ちょっとだけ期待しそうな自分に、小さく苦笑いをしつつ、手を伸ばして表面をなでる。


――でも。


思い出の中の星空は、とても綺麗で。

あのときの心は、とても幸せで温かくて――嬉しくて。


凝り固まっていた奥底の、暗いなにかが、少しだけほどけたような、気がした。


今夜は、幸せな気分で眠れそう、だった。




会いにくる、といったところで、今日明日ってことはないだろうし、いつくるのかもわからない。

――それでも、なんとなく、期待しないようにと言い聞かせおさえながらも心に根付くわくわくする気持ちは、心にはりを持たせてくれた。




仕事の毎日。何も変わらない毎日。

だけど、少しだけ、笑うのが楽になった。少しだけ、人と関わりあうのが楽になった。

ほんの、本当に少しだけの変化だけれど――それでも、不思議なもので、気持ちが変わったせいか、少しだけ、まわりとの関係もよくなった。


クレーム対応で、ひとしきり機嫌悪く過剰に文句をいい続けていた人が、「まぁ、あんたが悪いわけじゃないよな。いい過ぎた。――ありがとさん」と、どこかぶっきらぼうに、しかし、照れたようにいってくれたとき。

いままでどこか突っかかるようにしてきていた若いバイトの子が、忙しそうにする私を見かねてか、「もう、それ、わたしがやりますからー。もとかわさんはー、じぶんのしごとしてくださいー」と、やっぱりどこか突っかかるようにだけど、気まずそうに照れくさそうに、そういってくれたとき。

なんとなく、嬉しくて、嬉しくて。思わず満面の笑みで、「ありがとう!」って、応えられた。


そんな、そう、そんな些細な変化。


相変わらずクレームはあるし、若い子だって相変わらずではあって。

でも。

うまくいえないけれど、少しだけの私の変化は、周りにも変化を与えた。


自虐的やら自罰的になるつもりは、ないけれど。

私にもなにかあったのかも、しれないなぁと。

早めに帰れた、朝番のと仕事の帰り、ぼんやり夕暮れの空を眺めて思う。


書店のある大きな街の、一番大きな交差点。地方都市でも、それなりの人間が、この時間には行き交っている。

せわしない人の流れの中で、邪魔にならない程度にのんびりと歩きながら、空を眺める。


――先輩も、この空、みてるのかなぁ。


あのときの星空の美しさを、無言の中で共有したように。

一緒にまた、眺めることが出来たらいいなぁ、なんて、ぼんやりと思う。

この気持ちは、懐かしさなのか、なんなのか。

答えはいま、出す必要はなくって。


また、会えたら、そのときから、もしかしたらなにかが始まるのかもしれない。


ひとつうなずいて、私は、帰宅するために駅えと足をむける。


さあ、帰ろう。

今日は少し余裕があるから、ご飯を作ってしっかり食べて。ゆったりお風呂で寛ぐんだ。

これからの予定に心うきたたせ、歩を踏み出した――そのとき。


「もとかわさん」


聞こえた、声。

私の、名前。

その、呼び方。


足が止まる。


まさかとおもいつつ、振り返った私は――そのまま、無意識のうちに、笑顔を浮かべていた。





「――先輩っ」






10年ごしの久しぶりの出会いが、どうなるのかはわからないけれど。


まずは、思い出話からするのも、悪くはない。


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