53話 最初の感染者は
「甘い匂いが、する……そこら中から」
「スイーツに反応する特技でもあんのか? 仕事になんねえじゃね〜の」
やれやれ、と彼はスイーツのショーウィンドウにへばりつきそうになるワザトを引き剥がし、仕方なくクレープを奢る。店員に怪しまれないようそそくさと買うと、歩き出した。
「これは?」
「クレープ。俺はあまり食わないけど女子がよく食ってた」
「食べていいのか?」
「犬かよ。いいよ」
ガツガツとワザトは甘いものを貪る。カタルは生前、コイツは甘党だったのか? と怪しみながら仕事の目的地へたどり着く。
「お前、そういや食肉に興味がないみたいだな? 他の眷属餓鬼は肉に異常な飢餓を覚えるらしいが。もしかして甘いものに飢餓が向いた個体?」
元が人肉を好むのだから知能があろうかと、人肉を前すれば激変するヤツもいると盗み聞いた。
「分からない。甘いものが好きだ、甘いものを食べれるならなんでもする」
「なら甘いものまた奢ってやるから、今回も仕事をしてくれよ」
ワザトは頷き、雑居ビルのエレベーターに乗り込む。言葉は読めないが色んな貼り紙があり、スカーヴァティー(または安楽国)より汗臭い豊かな文化があったのだと感心した。
だが、慣れきった感染者のニオイに体の芯が冷え切っていく。
ある階につくと、掃除スタッフが慌てていた。「わっ、驚いたっ」
「おばさん、その頬どうした?」
「あ、あの、いきなり殴られて、ビルの人が……貴方たちは?」
銃声がして、清掃のおばさんはさらに仰天した。背後から来た感染者に銃弾が命中し、バタリと倒れた。それだけだった。
「やけに柔らかいな? おばさん、この人は殴ってきたんだな?」
「は、はあ。いきなり挙動がおかしくなって、怒り出したんです」
カタルは眉をひそめた。流行りだした際にはもはや感染者は世に言うゾンビになっていた。
殴ってきたり、言葉は発していなかった。だとすれば突然変異か?
「……おばさん、コレは秘密にしてくれや。できたらきちんと消毒したほうがいい」
「あ、ちょっと!」
死体を2人がかりで引きずり、座標から元へ戻されたのを感ずる。おばさんからしたらいきなり消えたように見えただろう。
「持ってきたぞ。最初の個体。一発で死んで、見ろよ」
血の色も鮮度があり、見開いた目も普通の状態に近い。安寧人はそれを眼前に怪奇なものだと、しばし考えたのか
「ウイルスの遺伝子操作をした者がいるかもしれないな」
「……日本でか?」
「……お前に発言権はない。とりあえず仕事は終わった」
淡白な態度に苛ついたが、ワザトが安寧人へ詰め寄った。
「甘いものをくれないのか」
「はあ?」
「仕事が終わったら甘いものをくれると約束した」
「痛いっ、腕をつかむな!」
振り払おうとしたが物凄い力で掴まれているのか、軋む音がした。
「くれないと噛みつく」
「わ、分かった。甘い味の餌を用意する。だから離せ!」
「やっぱお前も眷属餓鬼だなぁ……」




