最終話 秋の空
翌週、楓と大知は涼子の墓参りに来ていた。今日は涼子の月命日だ。
「長い間来れなくてごめん」
そう言って墓の前で手を合わせる楓に大知が声をかけた。
「謝るのはお前の方じゃない」
「それはもういいんだ」
そう言って楓は大知を見上げた。
「それより、今まで俺の代わりに来てくれて…ありがとう」
「自分が来たかったから来てただけだ」
「そうか…でも本当にありがとう」
少しだけ微笑んで、楓は言葉を続けた。
「俺は七年前、あまりの辛さに涼子の事を記憶の奥に押し込めた。そうしないと生きて行けそうもなかった。七年間そうやって暮らしてきたが、きっと本質的な問題は解決していなかった。弱い自分に対する劣等感のようなものが心の中にずっとあって、不安が常に隣りにいた」
「そうだったのか」
「でも今回二人に話したことによって、少し自信になったんだ。俺はもう辛い記憶も自分のものとして生きていける。もう押し込める必要はないんだって」
そう言って楓は立ちあがり、大知をまぶしそうに見た。
「そうか、よかったな」
「大知にも迷惑をかけた。現実を大知にばかり押し付けて。これからは俺が墓参りに来るよ」
「『俺も』だろ。彼女は俺にとっても大切な友人だった」
「ありがとう」
大知と楓は微笑み合った。
「あなたは……」
突然後ろからかけられた声に振り向くと背の高い男性が花をもって立っていた。
(あの時の……)
気づいた楓が一礼して去ろうとすると待ってくださいと呼び止められた。
「涼子さんの恋人だった方ですよね」
「……」
「彼女の名誉のために言っておきます。彼女は最後まであなたの事が好きでした」
彼は頼まれて恋人役を引き受けたことを話した。
「私は彼女が何か大変なことをしでかすのではないかと分かっていたのに止められなかったんです」
涙を流す男性に楓は言った。
「彼女の犯罪を止められなかったのは俺も同じです」
楓は俯いたままの男性に近づいて声をかけた。
「でも絶望していた彼女に相談できる人が一人でもいてよかった。今はそう思っています」
男性は驚いたように涙に濡れた顔を上げた。
「ありがとうございます……ありがとう」
男性はまた新たな涙をこぼして泣き笑いの表情を浮かべた。
「楓、またひとつ乗り越えたな」
「ああ、大知のおかげだ。ありがとう」
「本当は明日香ちゃんのおかげじゃないの
か」
照れたのか大知がはぐらかすように言った。
「確かに明日香の言葉がきっかけにはなった」
「あのどんな過去も未来も受け止めるってやつか」
「ああ、あの言葉で今の俺を全部認めてもらえた気がしたんだ。でも乗り越えられたのはこうやっていつもそばにいてくれる大知のおかげだ。ありがとう」
「あたりまえじゃないか。何年の付き合いだと思ってるんだ」
大知は楓の背中を叩いた。楓は恥ずかしそうに俯きながら笑った。大知が今まで見たことのない眩しいような笑顔だった。
楓と大知が墓参りに行った翌週、三人はまた楓の庭に集まりテラスのテーブルセットに腰かけていた。
明日香は二週間ほど楓に会えない間、自分の気持ちと向き合っていたが、楓に対する思いはより強くなっていた。
やっぱり私は楓さんが好き。ほんとは私がずっと側にいて支えたい。でもきっと今はまだ無理だって分かってる。だからこの想いは心の中にしまっておこう。いつか楓さんの心が癒される日まで。
心の中でその想いを反芻する。顔を上げると大知と目が合った。
一方大知は考えていた。この二人俺が取り持たないと全く進展しないな。てか楓、明日香ちゃんの事好きなんじゃないか? 絶対そうだよね。でもコイツ自分から言わなさそうだわ~。もしかして自分の気持ちに気づいてないかも。
考えていたら、声に出ていた。
「お前、明日香ちゃんの事一体どう思ってるんだ?」
「大知さん何言って……」
明日香が焦ってあたふたしている。
少し驚いたような顔をした後、楓は恥ずかしそうな顔をして言った。
「会いたい」
「えっ」
明日香が固まった。
「会いたくていつも週末が待ち遠しいんだ」
一瞬の沈黙の後、大知は呆れたような顔をして言った。
「楓、それはもう恋……」
バチンと音がして、テーブルに置いた手に痛みが走った。
「イテッ、明日香ちゃん何すんだよ」
「凄いでっかい蚊がいました」
「そんなのいた?」
「いました。こんなでっかい蚊がいるんだって私、感動しちゃって」
蚊の行方を追うように上を向いた明日香の目から涙があふれそうになっている。
大知は胸が熱くなった。
明日香ちゃん良かったな。楓の事ほんと大好きだもんな。よかったな楓、こんないい子がお前の事必要としてくれて。七年前、ボロボロに傷ついたお前に俺は何もしてあげられなかった。イギリスに行くお前を黙って見送るしかなかった。でも今は生きていたらこんなこともあるんだって七年前のお前に言ってやりたいよ。楓、その手を離さず今度こそ幸せになれよ。
あれ、なんか目の奥が熱くなってきた。なんだこれは。先を越されそうな悔し涙か? 絶対に違う。親友の幸せを願う嬉し涙だ。大知はこぼれそうな涙をこらえ、抜けるような秋の空を見上げて呟いた。
「その蚊、俺も見たかったな」
こちらで最終話になります。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。




