表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】「もう遅い」のその前に~失わせ屋へようこそ~  作者: こじまき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/24

8 親心(2)

店に戻ると、三人目のお客様が待っていた。今日は大忙しだ。


「ローウェンのところの弟子を更生させたのは、お前さんだな」

「…まあ、そうなんですかね?」


白い髭を蓄えた、いかにも頑固そうな絵画教室の師匠。


芸術大学で教鞭をとっていたこともあるらしく、このあたりでは「巨匠」と呼ばれている。


「最近の若いもんは、冒険をせん!若いうちに世界を旅して、実際に見て聞いて魂を震わせて絵を描けと言っとるのに、『いつか』『金があれば』なんて言い訳して、誰も行きゃあせんのだ!」

「…はあ」

「年を取ってからでは、時間はない、体力はない、仕事や家庭はあるで、行きたくても行けなくなる!今行かずにどうする!金はなんとかなるもんじゃ!何ならわしが貸してやる!」

「ほお…」

「わしが若いころは、カバンひとつで片道切符を握りしめ、言葉も通じない外国へ――」


長い昔話が始まりそうだったので、私は遮るように片手を挙げた。


「わかりました。つまりは生徒さんたちに『今しかない若さと時間の大切さ』を教え、広い世界に飛び出してほしいわけですね」

「…左様。腑抜けどもに、情熱を注入してくれたまえ」

「できるかわかりませんけど、とりあえず行きましょう」


彼の絵画教室では、十数人の若者たちがゆったりとキャンバスに向かっている。


「いつか世界を旅して、誰も見たことのない景色を描きたいよな」

「そうそう。お金が貯まったら、そのうちね」


「『いつか』『そのうち』と言い続けて何もできずに死ぬ人間が、どれだけおると思っとるんじゃ!」と巨匠が吠える。


ま、それは正しい。たいてい、年を取ってからようやく気づくことだけどね。


だからこその、師匠の願い。


私は彼ら全員に術をかけた。対象者が多いので、基本料金はがっぽり入る。



今日も朝から晩まで帳簿を書き写して終わった。上司に叱られながら。


仕事を終えて、誰もいない家に帰る道。


画材店の扉に貼られた《王国青年芸術大賞 優秀作品展》というポスターが目に入った。


「大賞…ヨハン・フェルナーだって…?」


一緒の絵画教室で学んでいたヨハン。


貧しい家の子だったけれど、師匠にアドバイスをもらい、彼にお金を借りて旅に出たのだった。


「俺だって…」


「いつか旅に出たい。自分の目で世界を見て、絵を描きたい」と思ってはいた。


だけど「もう少し余裕ができたら」なんて思っているうちに、十年が経ち、二十年が経ち…


「旅に出て絵を描きたい」という気持ちがないわけじゃない。


でもキャンバスは部屋の隅で埃をかぶり、絵の具も固くなっている。


「…いつから、描いてない?」


あんなに好きだったのに。夢見ていたのに。


今は仕事に追われて時間もないし、かといって今更仕事を辞める勇気もない。それにもう四十も見えてきて、世界を見て回れるような体力もない。


若いころ、あんなにたくさんあった自由な時間。その気になればきっと何にでも挑戦できた、動く身体。


どうしてあのとき、ヨハンのように動かなかったんだろう。


「一歩踏み出していれば、俺も…」


何か違ったのかもしれない。


だけど、どれだけ後悔しても、時間と若さはもう戻ってこない。



術が解けた瞬間、絵画教室の生徒たちが、弾かれたように全員立ち上がった。


目がやる気に燃えている。


「今行かなきゃ一生行けないんだ!俺、今すぐ荷物まとめて芸術の都へ行く!!」


「私は王都へ留学するわ!働きながらでもいいから、王都で絵を描くの!最先端の絵画を学びたい!」


「とにかく親に相談だ!」


「師匠、行ってきますね!うまくなって帰ってきますから!」


「おお、おお、そうか!よくぞわかってくれた!頑張れよ」と巨匠が感動の涙を流すなか、生徒たちは風のように教室から飛び出していく。


しん、と静まり返る教室に残されたのは、感動の余韻に浸る巨匠と、私だけ。


数分後、巨匠はハッと我に返り、がらんとした教室を見回した。


「全員、行ってしもうた」

「そうですね。やっぱり若い子には効くなあ」

「しかしこれでは、わしの絵画教室に生徒がいなくなる…来月の家賃が…!」


巨匠はこちらを振り返り、私の両手をがしっと掴む。


「お前さん、見たところ絵の才能がありそうだな!生徒にならんか!?」

「絵の才能は皆無です。犬を描いたのに『芋虫』って言われたくらいですよ」

「そんなことを言わずに…頼む…!」


縋ってくる巨匠を置いて、私は教室をあとにした。


そして「今日はよく働いた」とご褒美の骨付き肉にかぶりつき、いつもより少し念入りに歯磨きをして、ベッドに入ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
やりすぎちゃいました(術を掛ける人数…)
巨匠が術かけてもらうべきだったねw
全員が絵の仕事に就けなかったとしても、新たな道が見つかるなど幸せになれそうな。 いい師匠ですね。師匠の教室に通うと、必ず画家になれるとは限らないけど、幸せにはなれるって評判になりますように。 連載化…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ