11 大切に想う人と想われる人(1)
小さな看板のかかる一戸建てには、今日も依頼人がやってくる。
その日「カイのやつ、本当に見ててもどかしいんだ」とぼやくのは、いかにも人の良さそうな青年のロン。
「カイはミリアのことが好きなんす。なのに『幼馴染のままでいい』なんて言って、告白もせずにもう十年以上ぐずぐずして」
ミリアという娘さんのことは、私も知っている。
先週巨匠と一緒に出掛けたレストラン「樫の木亭」の、看板娘だから。
「彼女を目当てに店に通っている人も多い」と聞いて納得できるくらいには、気持ちのいい娘さんだった。
「ミリアもたぶん、カイのこと…悪くは思ってません」
「だったら、本人たちがその気になるまで待てばいいのでは?」
「だめっす。最近騎士団がこの町を宿にしたっしょ?」
「ああ、そうでしたね。それとこれと、なんの関係が?」
「…俺は見たっすよ」
樫の木亭で食事を楽しんだ騎士のひとりが、ミリアさんに「結婚してほしい。帰りにまたこの町に寄るから、そのときに返事を聞かせてくれないか」と言っているのを。
「都会の男め、ミリアの手にキスなんかしてよぉ!ミリアも真っ赤になっちまって!このままじゃカイは何もしないまま、ミリアを他の男に掠め取られちまう!」
「…なるほど」
「たとえ撃沈しても、やらない後悔よりやった後悔のほうがましだ。あいつが何もせずにミリアと終わりになるなんて、大親友としちゃ黙っちゃいられねぇぜ」
この店に現れる、「私には想像できないくらい他人を大切に想う人たち」は、一体どういう育ち方をしたら、こんなにも他人に情を傾けられるようになるのだろう。
ほんの少しだけ羨ましさを感じながら、私は立ち上がる。
てくてく歩いて案内された先は、小さな革工房。私は「こんにちは」と声をかけて、黙々と作業していた革職人に術をかけた。
◇
薄暗い工房に、樫の木亭での仕事を終えたらしきミリアがやってきた。
「こんな時間にどうした?」
「あのね…」
いつも快活なミリアにしては、歯切れが悪い。
「レナード様という騎士様に言われたの。王都へ来て…その…自分と結婚してほしいって」
心臓がドクンと跳ねる。
「カイはその…どう思う…?」
「俺は…」
「嫌だ」「行くな」と叫びたい。
だけど、言えない。俺ごときが、言えるわけがない。
うだつの上がらない革職人で、この十年ミリアに「好きだ」の「す」の字も言えなかった俺が。
騎士様になど、敵うわけがないのだから。
ミリアの幸せを願うなら、俺が言うべきなのは…
「どう思うも何も…おめでとう、よかったじゃないか。騎士様と結婚なんて、すごい玉の輿だ。親父さんとおかみさんも喜ぶだろう」
ミリアはくっと唇を噛んだ。
「そう…わかった」
ミリアはそれきり、何も言わずに工房を出た。
それがミリアを見た最後で、彼女は騎士と一緒に王都へ向かった。
彼女がいない町で、「ぱあっと騒いで気分を変えよう」と誘ってくれる親友にも応じないまま、ただただ日々を過ごす。
仕事に没頭すれば忘れられると思ったけれど、集中もできなくて。
「ミリア…」
気づけば、そう呟いている。
「いや、だめだ。ミリアが幸せなら、それでいいんだから。ミリアはもう、俺とは違う世界にいるんだから」
――そうやって過ごして半年、ミリアの「遺品」が王都から返ってきた。
「おかみさん、ミリアが死んだってどういうことだよ!?」
「婿様に横恋慕していた令嬢に、毒を盛られたって…」
あまりに、あっけなかった。
葬式に参列することすらできずに、ミリアとはもう、一生会えない。
「これはカイに。ミリアと仲良くしてくれてありがとうね」と渡されたのは、革のポーチだった。
十四歳の誕生日に、俺がミリアにプレゼントしたポーチ。
何個も作り直してようやく完成したのに、誕生日当日には渡す勇気が出なくて、一週間遅れでようやく渡せた思い出の…
ほつれたところを自分で縫い直した形跡もあって、大事に使ってくれていたことがわかる。
「ミリアは、ずっとこれを…?」
ミリアも、大切な思い出だと思ってくれていたんだ。
目が熱くて、痛い。
あの夜の、ミリアの表情と言葉。
彼女は、俺に引き留めてほしかったのかもしれない。
俺が勇気を出して引き留めていれば、彼女は死ななかったのに。
今だって俺の隣で、「あはは」と大きな声で笑ってくれていたかもしれないのに。
今更気づいても、どれだけ泣いても、謝っても、頼んでも、ミリアは二度と戻らない。
◇
「ミリアァァァ!!」
カイは飛び起きた。
「ひっ…びっくりした!おいカイ、大丈夫か?」
「ロン…?ここは…?俺、ミリアの家にいて…おかみさんと…ポーチが…」
「落ち着け、今見たのは未来シミュレーションだ。お前、何を見た?」
「ミリアが死ぬ…死ぬんだ」
革職人は立ち上がって、親友を押しのけて店から飛び出した。
「ティナさん、これ大丈夫っすか?」
「…たぶん」
「念のため追いかけるっす!」
「え、私も…?」
私はロンに引っ張られるまま、カイを追って樫の木亭まで走る。
ドアをばたんと開けたカイは、「どうしたの」と驚くミリアさんの肩を掴んだ。
「ミリア!頼むからレナードとかいう名前の騎士にプロポーズされても、絶対に王都へ行くな!」
「え、カイ、なんで知って…っていうか、いきなり何!?」
「死ぬから!王都に行ったらお前、ろくでもない貴族令嬢に毒殺されるから…!」
「はぁ!?何言ってるのよ、縁起でもない!」
そりゃ前提の説明もなしに、いきなり「王都に行ったら死ぬからここにいろ」とか言われても、ねえ。
レストランで「今日のおまかせランチ」を楽しんでいたお客さんたちも、「何事?」と目を丸くしている。
と、ロンがカイの頭を思いきり引っぱたいた。
「そうじゃないだろ!『死ぬから行くな』じゃねえよ!『好きだからどこにも行くな、俺のそばにいろ』って言うんだよ!!」
「あ…え…っ?」
「言えってば!十年間、ずっと好きなんだって!」
「そ、そんなこと…」
カイの顔が真っ赤になる。
「それ…ほ、ほんとなの?カイ…」
「う…うん…」
いや、言えよ。自分の口で「好きだ」って。
ここまで来て言わないのかよ。
「カイ、ちゃんと言えって!」
そうだそうだ。
「す…好きだ…ずっと…俺、ミリアのことが好きだった…」
片言の告白に、ミリアさんの目に涙が光る。
愛しい人が死ぬ未来を見ないと動かないうえに、動いたと思ったら最終的には友達に助けてもらってようやく思いを伝えるなんて。
これは確実に、カプセルを売り込むべき相手だ。
「憶病な気持ちになったとき、『本当の気持ちを言わなくて激しく後悔したこと』を思い出すために、初心忘るべからずカプセルがおすすめだよ」
「…買います」となぜかミリアさんとロンが口を揃えて、笑う。
「三ダースね。はい、銀貨三枚。毎度あり」
私はレストランの真ん中で抱き合う二人と、嬉しそうに二人を見つめているロンさんに目をやって、ふわりと家に帰った。




