第1話 信じていた楽園の崩壊
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私立聖鳳学園。
そこは、親の資産や本人の才能が露骨に階級を決める、一種の縮図のような場所だ。
俺、佐藤 湊は、その中でも「勝ち組」の端っこにいる自覚があった。
隣には、幼稚園の頃からずっと一緒だった幼馴染、水瀬 結衣。
そして、中学時代に俺をいじめから救ってくれて以来、兄弟同然に過ごしてきた親友、藤堂 蓮。
「湊、また数学100点? 本当に可愛くない奴だな」
蓮が、モデルのような整った顔を崩して笑う。
「そういう蓮こそ、
サッカー部の次期キャプテン確定だろ? 結衣も応援に行ってるしな」
俺がそう言うと、結衣は少し頬を赤らめて笑った。
「だ、だって湊は図書室に引きこもってばっかりなんだもん。
蓮くんの試合は華やかで見てて飽きないよ」
その笑顔に、一点の曇りもないと信じていた。
俺と結衣は、親同士も公認の仲。
高校を卒業したら婚約しようと、そんな約束までしていたんだ。
◇◆◇
異変は、小さな綻びから始まった。
結衣のスマホの通知が鳴り止まない。
俺といる時、彼女がスマホを裏返して置くようになった。
蓮が、俺の知らない結衣の好み——例えば、
新しくオープンしたパンケーキ屋の話や、
最近見始めた深夜アニメの話——を口にするようになった。
「……気のせいだよな」
俺は自分に言い聞かせた。蓮は親友だ。結衣は俺の宝物だ。
だが、その疑念は最悪の形で現実となる。
ある放課後、俺は忘れ物を取りに生徒会室へ向かった。
時刻は18時。校舎にはほとんど人気がない。
生徒会室の奥にある資料室から、微かな声が漏れていた。
「ん……だめだよ、蓮くん。湊が見たら……」
「いいだろ、あいつは今頃、
塾でカリカリ勉強してるよ。それより結衣、こっち向けよ」
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
聞き間違いじゃない。間違いなく結衣と蓮の声だ。
俺は、指先が凍りつくような感覚を覚えながら、ドアの隙間に目をやった。
◇◆◇
そこに広がっていたのは、
俺の知る「純粋な幼馴染」と「義理堅い親友」の姿ではなかった。
資料室の机の上、乱れた制服のまま、結衣が蓮にしがみついていた。
蓮の目は、俺に向けられる時のような温厚なものではなく、
獲物を屠る肉食獣のような、傲慢で冷酷な光。
「湊には悪いけどさ……あいつ、真面目すぎてつまんないんだよな」
蓮が、結衣の耳元で囁く。
「……ん、そう……だね。湊くんは……優しすぎるの……」
結衣のその言葉が、俺の胸に鋭い楔を打ち込んだ。
優しすぎる? つまり、刺激がないということか。
俺が彼女を大切に扱い、指一本触れるのにも躊躇していた時間が、
彼女にとっては退屈な「停滞」でしかなかったのか。
二人の行為は、俺への冒涜そのものだった。
何より許せなかったのは、蓮が時折、
ドアの方——俺がいるかもしれない方向——を見て、薄く笑ったことだ。
あいつは分かっていたんだ。俺が来るかもしれないことを。
これはただの浮気じゃない。俺から全てを奪うための、あいつの余興だったんだ。
◇◆◇
俺は、声を上げることも、ドアを蹴り破ることもなかった。
ここで怒鳴り込んで何になる?
殴ったところで、蓮は学園のスターで、
俺は「彼女を寝取られた惨めなガリ勉」というレッテルを貼られるだけだ。
俺は静かにスマホを取り出した。
震える指を必死に抑え、動画撮影モードを起動する。
レンズ越しに見る二人の絡み合いは、吐き気がするほど醜悪だった。
だが、これが「武器」になる。
「……見てろよ」
俺は声に出さず、心の中で呟いた。
結衣、お前が愛したその『華やかな世界』を、俺が木っ端微塵にしてやる。
蓮、お前が築き上げた『完璧なヒーロー』の仮面を、皮膚ごと剥いでやる。
二人にとっての地獄は、まだ始まったばかりだ。
俺は録画を停止し、音を立てずにその場を去った。
夕闇に染まる廊下を歩きながら、俺の頭の中は驚くほど冷徹に回転し始めていた。
学園の理事長である蓮の父親、
結衣の親が経営する会社との契約関係、そして学園内の派閥構造。
「社会的に、殺してやる」
俺の本当の「勉強」が、今ここから始まった。




