57悪霊
山村典子。
それが、このお化け屋敷のような家に住んでいる女性の名前だ。
彼女の友達である潤一平先生から、少なからず基本情報は聞いた。
現在は先生と同じ28歳。
三級陰陽師であり、式神術を専門とした霊法使い。
三級である時点で、上級の霊法使いだが、山村典子という名前を聞いた時は、ピンと来なかった。
マイナーな陰陽師なのか。
潤一平先生の場合は、一回目の人生にて、これから数年後に有名な霊衛配信者になるので、知っていたが、山村典子という陰陽師は初耳である。
式神術の腕は確かであると、先生は言っていた。
それは…遠回しに、個人の性格や私生活は、余り良くないと言ったのだろう。
玄関から上がって、廊下を進む。
それだけで、この家の家主が、乱れた生活を送っているのが悪い。
『ニャ?!危ない』
俺の後ろを付いてくる福丸が、廊下に散乱している酒瓶を倒さないように慎重に進む。
「おっと」
俺も、廊下に散りばめられているゴミを出来るだけ踏まないようにして歩く。
うん、想像はしていたけど、外見がお化け屋敷っぽい家は、中もしっかりお化け屋敷っぽい様子だった。
とにかく、家の中が散らかっている。
まともに掃除もされていない。
典子さんを追って、俺と福丸は居間に通される。
居間も、廊下のように散らかっている。
酒瓶が床にたくさん置いてある。
あちこちに縛ってあるだけのゴミ袋が置いてあって、変な匂いもする。
非常に、不衛生である。
典子さんは、座布団にドガっと座る。
「すぅ…はぁ」
テーブルの上に置いてある灰皿から吸いかけの煙草を取って、思いっきり吸って、思いっきり吐き出す。
俺の顔に、煙草の煙が当たる。
「で?アタシに、先生になって欲しいって?」
典子さんが本題を切り出す。
俺は頷く。
「はい。先生から伺いました。貴方が優秀な式神使いだと」
「ん?先生?」
「鈴木潤一平先生のことです」
「潤一平?まさか…」
潤一平という名前を聞いた典子さんは、意表を突かれた顔をする。
「貴方は、潤一平先生の友達だと聞きました」
「ああ…確かに、潤とは友達…いや、腐れ縁だな。アイツとは、同じ地方の生まれでな」
同じ地方の生まれ。
それは知らなかった。
「幼馴染ということですか」
「ま、簡単に言えば、そうだ」
友達と聞いていたけど、まさか幼馴染の関係だったとは。
「ん?待て、潤一平"先生"と言ったか。お前、アイツから何か教わってるのか?」
「はい、剣術を教わっている」
「アイツが人にものを教える………くく」
典子さんは、さっきまでの陰湿な雰囲気を払い除け、腹を抱え、笑い出す。
何が面白かったのか?
「くくく!あっはっはっは!面白れぇ!お前の方から、先生になってくれと頼んだのか?」
「そうですね」
「ははは!あの野郎に、教えを乞う変わり者の餓鬼がいるとは!」
俺が潤一平先生から剣を教えられているのが、そんなに可笑しいのか。
典子さんは一通り、笑い転ける。
「そんで、今度はアタシから式神術を教わりたいと」
「そうなります。俺、強くなりたくて」
「強くなるか…在り来たりな理由だな。でも、お前のことは、面白れぇと思ってるよ」
「では、先生になってくれるんですか?」
期待を込めて言うと、典子さんは首を左右に振る。
「待て。それと、これとは話が別だ」
典子さんは、煙草を吸って、上に吐き出す。
俺の先生になることに、いまいち躊躇いがあるようだ。
ならば仕方が無い。
切り札を使わせてもらおう。
俺はポケットから、一枚の紙を取り出す。
それを、目の前の典子さんに渡す。
典子さんは首を傾げる。
「なんだい、この紙は」
「手紙です。もし、貴方が先生になることを渋るなら、この手紙を出して、読ませろと潤一平先生に言われました」
「アイツから手紙…どれどれ」
手紙を受け取った典子さんは、徐に内容を拝見する。
手紙には、達筆な文字で、こう書かれてあった。
『よう、典子。
久しぶりだな。
この手紙を出したガキンチョは、俺の教え子だ。
ソイツ、式神術を教わりたいらしい。だからこそ、お前を紹介した。
単刀直入に言う。宵明にお前の式神術を教えやってくれ。
この手紙を読んでいると言うことは、案の定、典子は先生になるのを渋っているらしいな。
まぁ、お前のことだから、先生になってくださいなんてお願い…嫌だろうな。
そこで、交換条件だ。
お前、昔…飲み代を何回か俺に建て替えられたことがあるだろ。
宵明に式神術を教えるってんなら、その漬けをチャラにしてやる
それじゃあ、俺の生徒をよろしく頼む』
手紙を読んだ典子さんは、苦虫を噛み潰した顔をする。
「まったく、人の足元見やがって」
短くなり、もう吸えなくなった煙草を灰皿に押し付け、また新しい煙草を取り出して、ライターで火を付ける。
「すぅ…はぁ。分かったよ。あんたの先生になってやる」
「本当ですか?!ありがとうございます!!」
俺は感謝を込めて、勢いよく頭を下げる。
「ただし、少しでも嫌だとか、もうやりたくないとか、弱音を吐くようなことをすれば、すぐに先生を辞めてやる」
「分かりました!」
「ちっ!返事だけは、一丁前だね」
「よろしくお願いします、典子先生!」
もう一度、頭を下げる俺に、典子さん…典子先生は何処か上の空だ。
「厄介な子を生徒に取っちまったかもしれない………あ、そうだ」
しかし、何かを思いついた様子の典子さん。
ニヤリと笑う。
「そんじゃ、先生として、最初の指示だ」
「何ですか?」
「部屋を片付けてくれ」
「はい?」
「だから、部屋を片付けてくれ。掃除だ」
『いや、それ!自分で掃除するの面倒くさいだけでしょ!』
福丸が戸惑うが、俺は部屋を見渡した後、立ち上がる。
取り敢えず、テーブル上や付近にある手軽なゴミを手で拾って、屑籠に入れる。
掃除しろと言われたからには、生徒として掃除をしなければ。
「ゴミ袋は、あの箪笥に入ってる。掃除道具は、向こうに置いてあるから」
典子先生は調子が良さそうに、煙草を吹かしながら、ゴミ袋や掃除道具を位置を教える。
『ぼ、僕も手伝うよ』
福丸も手伝い出す。
それでも、まだ人手が足りない。
この部屋のゴミだけでも、かなりの量。
よし、ここは、
「出ろ。忠吉、ヨツミ」
俺は術式を意識して、我が十二支将の式神を召喚する。
『お呼びですか、宵明様』
『敵ですか?』
人形態の忠吉とヨツミが何もないところから出現する。
俺は2人に指示を出す。
「今から、この部屋を掃除する。手伝ってくれ」
『はい、分かりました』
『掃除ですか。私は雑用担当では……いえ、何でもございません』
即了承する忠吉に、掃除という指示に不満を示しつつも、動きはじめるヨツミ。
やっぱり掃除はマンパワーが大事だ。
俺以外、みんな人ではなく、式神だけどね。
俺たちが何気ない様子で、掃除を始めると、
「な?!これは…そこの猫又はアンタの契約式神として、この2人は、人間じゃないね。式神だ。まさか…アンタの術式の式神かい?」
典子先生は、忠吉とヨツミを見て、かなり驚いている。
「はい。俺の術式の式神です。忠吉とヨツミ。2人とも、この人は俺の式神術を教えてくれる先生…典子先生」
『初めまして、忠吉です』
『ヨツミと申します』
忠吉とヨツミは、それぞれお辞儀をする。
典子先生は、忠吉とヨツミの2人をマジマジと観察する。
「式神系の術式自体、珍しくない。でも、その式神は変わってる」
「変わってるんですか?」
「ああ…人の姿をした式神を出す術式は、いくつか知っているが、明確な意思を持った式神は初めてだ。はっきり言って、珍しい」
典子先生曰く、俺の術式は、相当珍しいようだ。
『ふ…我ら十二支将の良さが分かるとは、見る目がありますね』
ヨツミは、珍しいのが褒められたと思ったのか、自信ありげに、あまり無い胸部を張る。
ん?何か…心なしか、ヨツミがこっち睨んで無い?
「これは、燃えるゴミ。これは、資源ゴミ。えっと…これは、燃えないゴミ」
俺はゴミを丁寧に分別していく。
だいぶ部屋の中のゴミは片付いた。
元々あったゴミ袋は、取り敢えず家の外に置いておく。
けれど、掃除している最中、俺は違和感を持つ。
何の違和感か説明が分からない。
なので、部屋を見渡す。
福丸、忠吉、ヨツミの手伝いで、部屋は一通り片付けられつつあるけど、何か可笑しい。
少し考え込んでみて、
「あ、居ないんだ」
あることに気づく。
居ないのだ。
害虫が。
普通、こんなにゴミや臭い匂いが散乱している家なんて、秒で害虫が湧くはずだ。
でも、この家には、蛆虫なんて居ないし、天井には蜘蛛の巣もない。
汚い台所に出る黒い虫も居ない。
「ここって、害虫が全く居ないんですね」
ふと…典子先生に尋ねる。
「はぁ?害虫?……はん!害虫なんて、居るはずねぇさ」
典子先生は持っていた右手に持っていた煙草を灰皿に、左手に持っていた酒瓶を床に置く。
「何せ、この家には、害虫よりも、ずっと恐ろしい"奴ら"が居るからね。生存本能で近寄ることすらないよ」
「へ?それは、どういう意味…」
俺が疑問を言い切り前に、
「こういう意味だよ」
典子先生が突然、自身の霊力を放出する。
ズン…。
部屋の空気が変わる。
『ニャ?!ニャ?!や、ヤバい!』
邪気を敏感に感じ取る福丸が、髭をピクピクさせ、大慌てする。
『宵明様、後ろに』
忍者であるヨツミは、素早い動きで、俺に寄る。
俺を庇うように体制を整え、懐から苦無を取り出して、構える。
一体何が起こるのかと、俺も身構えていると、部屋の至る場所で変化が起こり始める。
「黒い…シミ?」
部屋の壁に、真っ黒のシミが現れたのだ。
それは一つではなく、壁や天井に、びっしりと真っ黒のシミが出現する。
そのシミ一つ一つが、まるで生き物のように蠢いている。
「ぐ?!」
部屋中に、重く息苦しい霊力が立ち込める。
ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!
さらに、人の悲鳴みたいな耳障りな音が聞こえる。
聞き続けたら、精神が狂いそう。
この黒いシミ…黒い霊力。
間違いない、霊体だ。
意識を持った霊力の生き物のようなもの。
それも、ただの霊体ではない。
人に害をなす"悪霊"だ。
現れた悪霊は、典子先生の周囲を舞い始める。
「潤から、アタシの式神術について詳しいことを聞いていないのかい?アタシは、悪霊を専門にした式神使いなのさ」
部屋に現れた無数の悪霊を操る典子先生は、あたかも悪霊の女王みたいな雰囲気を纏っていた。




