第20話:お忍び視察で特産品をプロデュース!? 悪徳商人を論破して優秀な秘書をスカウトせよ
城内のインフラが完璧な状態に仕上がり、騎士たちの福利厚生も安定稼働し始めた頃。
「……よく考えたら、私、この領地に来てからお城の外に一歩も出ていないわね」
朝食のフレンチトーストを切り分けながら、私はふと重要な事実に気づいた。
五つ星リゾートの完成には城の中だけが豪華でも意味がない。
周辺の城下町がリゾート・タウンとして機能し、宿泊客が街歩きやショッピングを楽しめる環境が必要不可欠だ。
「リゾートの収益の柱は宿泊費だけじゃないわ。地元ならではの特産品による物販収益を開拓しなきゃ!」
思い立ったが吉日。
私はさっそく、王都から持参していた中で一番地味な平民風のワンピースと、厚手のウールの外套を引っ張り出した。
「お忍びでマーケットリサーチに行ってくるわ! 現地のリアルなペインは自分の足で稼いで見つけるのがマーケターの基本よ!」
「……待て。一人でどこへ行く気だ」
いざ城を出ようとした私を、アレクセイが低い声で引き留めた。
「城下町です! 市場の視察をしてきます!」
「護衛もつけずに丸腰でか。氷の魔獣も出るし、何より治安も完全ではない。どうしても行くと言うなら、俺が同行する」
「えっ、公爵様が? でも、そのお姿じゃ目立ちすぎますよ」
氷の公爵として恐れられている彼が歩けば、街の人々がパニックになってしまう。
するとアレクセイは無言で外套のフードを深く被り、髪と顔の上半分を完全に隠した。
「これなら問題ないだろう」
フードの奥から少しだけそらした視線と、不器用な言い訳。
相変わらず素直じゃないが、要するに「心配だからついていく(過保護)」ということらしい。
隠しきれない長身と溢れ出るオーラは全然平民に見えないが、せっかくの好意なのでありがたく護衛兼荷物持ちをお願いすることにした。
これってデート?いや、単なるビジネス的な視察……だよね。
* * *
城を出て坂を下ると、そこには雪に覆われた辺境の城下町が広がっていた。
「……なるほど。これは想像以上に厳しいわね」
一歩外へ踏み出した途端、私は息を呑んだ。
城の中は床暖房と常春の温室で楽園だったが、外の世界はまさに地獄だった。
厚く降り積もった雪が踏み固められた石畳。吹きさらしの今にも倒れそうなボロ小屋の軒下で、寒さに身を寄せ合って震える子供たち。
すれ違う老人たちの指先は、ひどい凍傷でどす黒く変色している。
「これが、過酷な辺境のリアル……」
行き交う領民たちは分厚いボロ布を着込んでいるが、皆一様に顔色が悪く背中を丸めて足早に歩き去っていく。
物流が死んでいるから、外からの物資が入ってこない。
経済が完全に停滞している状態だ。 絶望的な景色を目の当たりにし、私の胸の奥で、マーケターとして、そして経営者としての本気の魂に火がついた。
(……ただ自分たちが潤うだけじゃない。この領民たちを経済で救ってあげたい……。 辺境全体を豊かにするウィンウィンのエコシステムを絶対に構築してみせる!)
私が決意を新たに広場を歩いていると、ふいに露店の一角から怒声が上がった。
「ふざけるな! たったこれだけの銅貨で、この氷雪苔を全部買い叩く気か!?」
「ひっひっひ。そう怒るな若造。こんなただ冷たいだけの厄介な雑草、俺様引き取ってやるだけでもありがたいと思え」
声の主はボロボロだが清潔な服を着た銀髪の青年と、王都の行商人だった。
青年は荷車に山積みされた青白く光る苔を背にかばい、悔しそうに拳を握りしめている。
「俺たちはこれを採るために、命がけで雪山のクレバスまで降りたんだ! これじゃあ、村の皆が冬を越すための薪も買えないじゃないか!」
「知ったことか。辺境の貧乏人が。嫌なら他の商人を当たるんだな。もっとも、この吹雪の中で他に買い手が来ればの話だがな!」
悪徳商人が下品に笑うのを見て、私は無意識のうちに歩み寄っていた。
「ちょっと待ちなさい」
「ああん? なんだお前は……って、おお。平民にしては随分とべっぴんさんじゃねえか」
商人がニヤニヤと笑いながら私に手を伸ばしかけた、その瞬間。
「──気安く触れるな」
冷たい衝撃と共に、アレクセイが商人の腕をガシッと掴んだ。
「ぎゃあっ!?」
ギリィッ、と嫌な音が鳴り、商人の腕が指先から一瞬にして氷結していく。
殺気だけでなく、圧倒的な魔法による制圧だ。
「ひぃっ!?」
商人は悲鳴を上げてあまりの恐怖に腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
青年は唖然としていたが、アレクセイの外套の隙間から見えた剣の紋章に気づき、ハッと顔を強張らせた。
「……公爵家の人間か。助けてもらったことには礼を言うが、俺は貴族に媚びる気はない。 どうせお前らも、俺たちから搾取する気なんだろう!」
「……なに?」
「待って!」
アレクセイを制止し、私は商人を見下ろしながら冷ややかに言い放った。
「こんな二束三文で買い叩くなんて、マーケティングの風上にも置けないわね!」
「な、なにを……たかが雑草を――」
「雑草? 節穴ね。ねえアンタ。名前は?」
私は青年を見て聞く。
「え?……ルカだ」
「そう。じゃあルカ、この苔見せてもらうわよ」
私は荷車から氷雪苔を一つ手に取り、まじまじと観察した。
触れるとヒンヤリと冷たく、雪のように白い。微弱な魔力を帯びており、周囲の熱を吸収する性質がある。
私の脳内の成分データベースが、高速で情報を検索し、一つの結論を導き出した。
「なんで誰も気づかないの!? これ、超高級クーリング&鎮静素材になるじゃないの!!」
私はその場で『水魔法』を発動し、不純物を一瞬で洗い流す。
さらに『風魔法』で真空抽出を行い、有効成分だけをギュッと濃縮して……透明で美しいジェルへと加工してみせた。
「ルカ、手を出して」
「え? あ、ああ……」
寒さと過酷な労働でひび割れ、あかぎれだらけになった彼の無骨な手に私はたっぷりとジェルを塗り込んだ。
「……っ!? 嘘だろ、痛みが消えて……ひび割れが塞がっていく……!?」
ルカが驚愕に目を見開く。
スーッとした極上の清涼感と共に強烈な鎮静・再生作用が肌の炎症を抑え込み、瞬く間に凍傷やあかぎれを治癒していくのだ。
「サウナ上がりのととのい用クーリングジェルとしても、医療用としても最高のプロダクトになるわ! ──商人、聞いてたわね?」
「えっ……?」
「加工したら金貨10枚で売れるわよ?だからこの荷車の全量、私が適正価格で買い取るわ!アンタのぼったくりの値段じゃなくてね!」
私の堂々たる宣言と、目の前で実証された圧倒的な効能を見て悪徳商人は顔を青ざめさせた。
「そ、そんな馬鹿な……ただの雑草がそんな効能を……?」
「二度とこの領地でふざけた商売をしないことね。さっさと消えなさい!」
商人は悔しそうに這々の体で雪の向こうへと逃げ帰っていった。
「ルカ。私はこの特産品ビジネスで得た利益を、独占する気はないわ。原料のサプライチェーンを支えてくれる領民たちに、しっかりと利益を還元する! 皆が潤い、経済が回り、辺境全体が豊かになるウィンウィンのエコシステムを構築するのよ!」
「……」
私の言葉を聞いて、ルカは首を傾げた。何を言っているのか分らないといった様子だ。
だけど、私は続ける。
「ルカ。私の専属秘書になりなさい! 給料はちゃんと出すわ!搾取は絶対に──しない」
「……!!」
ルカは目を見開き、私と、自分の手で治癒していくあかぎれを交互に見比べた。
貴族への不信感は根強いのだろう。
しかし……。
「……アンタが何者かは知らんが。もし嘘だったら貴族のお嬢様だろうが容赦しねぇぞ」
「ええ! 私のビジネスモデルに偽りはないわ!」
ルカは深くため息をつき、頭をガシガシと掻いた。
「……わかったよ。スラムの仲間を食わせるためだ。あんたの言う皆が潤う仕組みとやらが本物かどうか、俺の目で確かめてやる。……とりあえずは、一応乗ってやるよ、ボス」
圧倒的なカリスマに平伏したわけではない。
あくまで条件付きのビジネスパートナーとしての、少し斜に構えた承諾だった。
……だが、その直後。
ルカの目が、一瞬にして冷徹なものへと切り替わった。
「……おい、ボス。さっき金貨10枚って言ったな? この苔、隣の雪山にも群生地がある。俺がスラムの連中を組織して、独占的な収穫ルートを構築してやる。俺のコネを使えば、原価はさらに削れるはずだ」
(……こいつ、見込みがあるわ!)
私は抜け目なさを爆発させた彼の提案に、心からの歓喜の笑みを浮かべた。
かくして、強力な特産品の素材と、極めて有能で現金な現地採用の右腕を同時にゲットすることに成功したのだった。
* * *
「ボス! こちらが城下町の流通経路のデータと、空き店舗のリストです! 先ほどのクーリングジェルの直営店を作るなら、大通りに面したこちらの物件が最適かと!」
「素晴らしいわルカ! やっぱり現地のネットワークを持つあなたをヘッドハントして大正解ね!」
数日後。
すっかり私の秘書として板についたルカは、パリッとした執事服に身を包み、「このボス、本当に金を生み出しやがる」とばかりに、私に一目置いた様子で付き従っていた。
彼は驚異的なスピードで仕事をさばき、私の右腕として完璧に機能している。
だが。
そんな私たちの背後――執務デスクの奥から、部屋の温度をさらに10度ほど下げるような、凄まじくどす黒いオーラが放たれていた。
* * *
「……」
書類を握りしめるアレクセイの青筋がピキピキと音を立てている。
彼の視線は、シャルロッテのそばから陣取って離れないルカを、蛇のように射抜いていた。
(……なぜ、あいつが俺よりもシャルロッテの近くにいる)
氷の公爵は激しく苛立っていた。
自分が一番の上客とやらだと思っていたのに。最近の彼女は特産品開発!と言ってルカとばかり話をして、自分のエステの時間を後回しにするようになったのだ。
「……シャルロッテ。その、エステのことなんだが」
「あ、ごめんなさい公爵様! 今ルカと重要な経営戦略会議中なので、後でマッサージチェアに乗っておいてください!」
「ボス、次のアジェンダですが!」
王都の悪徳商人も震え上がる氷の公爵の威圧感を前にしても、ルカは全く意に介していない。
「(……あのガキ。後でサウナの我慢比べで蒸し焼きにしてやる……)」
シャルロッテは有能な右腕を獲得して大喜びだが。
背後でスポンサー(夫)の重すぎる嫉妬の炎がメラメラと燃え上がっていることに全く気づいていないのだった。




