6-〈3〉
アシャは八時にはアパートを出た。
銀色の鎧を着て、ベルトで剣を背中に背負い、鞘に納めている。
アシャにはアムシャ・スプンタの最も神聖な天使として、悪の心を持つ人間の位置がわかる。正義感の強いザシャを見つけた時のように。
「死ねぇーーーッ!!」
「きゃあああ!!!」
アシャは駆けつけた現場で聖なる火の火柱を立てた。
その火柱は、オーエンの聖なる火など小さく見える、圧倒的な力だ。
「断罪ッ!!」
暗示にかかった人は倒れて、辺りを見渡した。
「あれ……確か、夢に悪魔が……うわっ!?俺、ナイフ持ってる!?」
彼は正気に戻り、慌ててナイフを捨てた。
「ま、周りの人、大丈夫ですか?」
アシャは彼に優しく微笑んだ。
「大丈夫だ。未然に防いだから。さぁ、貴方は逃げなさい。悪魔に操られただけなのだから。」
「ありがとう……騎士の人!!」
彼は頭を深く下げてから、逃げて行った。
被害者もアシャに駆け寄った。
「助けてくれてありがとう。恩人だわ、貴方……」
「いいんだ。俺は自身の正義を行使しただけに過ぎないから。とにかく君は怪我をした。ここから逃げたら、緊急外来へ行くんだ。いいね?」
「……わかったわ。まるで貴方はジャスティス・ナイトね。さようなら、ナイト様。皆を守ってね!」
アシャは少しはにかみ、ため息をついた。
「ジャスティス・ナイトか……本当に、名に負けず、そうあらねばな。」
一人、二人、と助けるうちに、アシャは追われる少女を見かけて、跳躍して駆けつけた。
「おい!そこの狼藉者!!何をしている!?」
アシャが対峙した巨漢こそ、逆三角形のマッチョマン、Mr.ダイヤモンドこと、キングだ。
白い全身タイツの胸に銀のダイヤのマーク、タイツの上から自らの自主規制である銀のビキニパンツ、ダサい前結びの白いマント、脚には銀色のブーツを装備している。勿論センスが皆無なのはオーエンがデザイン・開発した特殊素材装備だからであり、オーエンの設計図を元にマイヤーズ財閥の科学者達が造り出した装備である。ひたすら頑丈だ。ただ、キングはタイツやデザインに抵抗があり、上からビキニパンツを履いたが。
「貴様、何だ、その姿は?変質者か……?」
アシャの困惑に、キングは困り眉になった。
「アンタも、そう思うか?俺も困ってんだ。」
アシャは敵が例え変質者でも怯まない。勇敢に、少女とキングの狭間に立ちはだかる。
「立ち退け!少女には手出しを許さない!!」
「どきな、鎧の兄ちゃん……!」
少女はアシャを頼った。
「助けて!誰もわたしを、信じてくれない……殺されるわ、わたし……!」
苦悩し、泣きながら逃げていたのは、ドナ=ジョーだ。
衣服を血塗れにし、それでも自分の状況がわからず、泣いている。
キングは何度も何度も、自身の頬を叩いた。
「クソッ……ドナ=ジョーは死んだ。死んだんだ。ボヤボヤしてんじゃあねぇ、俺よ!!」
アシャが少女を見て確信し、尚更庇い出た。
「!彼女は、善神様の……!!……なるほど。彼女が悪神群により復活し、追われたのか……疑われるのは無理もないな。だが、彼女に人間の魂がある限り!俺が、この子を守るぞ!!」
キングの中からアールマティが告げた。
「危険です、アシャ・ワヒシュタよ!彼女はドナ=ジョーでは無く、アジ・ダハーカそのものなのですよ!!わたくしを疑うならば、貴方の聖なる火で彼女を焼いてご覧なさい!!本当にドナ=ジョーであれば、ドナ=ジョーの魂は焼ける事無く、アジ・ダハーカだけが塵になるでしょう!」
「……君は、スプンタ・アールマティか?」
ドナ=ジョーが涙し、恐怖を堪えながら、告げた。
「わたしは、確かに悪魔と同化してるわ。もう、支配が行き届いて、人間では無いのかもしれない……でも、誰でもいいから信じて……!わたしは、ここにいるの……!!」
アシャは聖なる火を手に出したが、怯える彼女を見て、己の正道に反するこの光景に首を振り、火を払い消した。
「……アールマティよ。彼女の言う通りであれば、悪神群とない交じりになった彼女までもが焼かれてしまうだろう。俺は善なる人間の守護者……そして彼女は、かつて善神アフラ=マズダ様が愛していたお方だ。……故に!」
アシャは背中の鞘から剣を抜き放ち、攻撃姿勢で構えた。
「俺は俺の正義に則り、君たちと戦ってでも、彼女を守る盾とならん!!」
「アシャよ……」
アールマティは失意したが、キングはアシャのその強い正義感を認めた。
「ならば、問うぜ。アシャさんよ。……あんたは彼女に情けがうつっても、ドナ=ジョーの本性がいざ悪神群でしか無かった時。あんたは冷酷にも、悲劇でしかないドナ=ジョーの残骸を、その剣でぶった斬る覚悟は、あんのか?アンタはその時、身を守る覚悟が、ついてんのか?」
「ワイアット!任せてはなりません!!」
アールマティはキングを諌めたが、アシャはキングの内面の優しさを見て取り、剣をかざして誓った。
「正義を司る者には、冷酷な勝負も使命のうちだ。断罪はこの剣にて正しく行なわれるだろう。その時は、俺が責務を果たし、彼女を斬る。我が命を持って誓おう。俺の身までも案じる優しき男、アールマティの依代よ。君の名をなんと?」
「……キングでいいぜ。ならば、俺の権限でアンタ達を見逃す。早く逃げて、ドナ=ジョーを匿いな。アンタ達が見えなくなるまで、俺は一歩も、ここから動かねぇぜ。」
「……君に敬意を。行こう、ドナ=ジョー!」
アシャは剣を胸にかざし、キングに敬意を払うと、ドナ=ジョーを連れて逃走した。
躊躇いながらも、ついて走るドナ=ジョー。
入り組んだ道のかなりの距離を進み、路地裏を抜けていくと、アシャはドナ=ジョーに振り向いた。
「息は大丈夫かい?走りっぱなしだ。じきにつく。君は、良い友を持っていたんだな。」
ドナ=ジョーは躊躇いながら、答えた。
「……わたし、息をしてないわ。死んでるから……癖で、呼吸みたいなことはしてるけど、大丈夫だから。あの……実は、わたしの知っているキングは、キレ症の暴力魔だったから……どうして、あんなに優しくなったのかは、わからないの。」
「そうか。君は、死の眠りについていたんだ。無理も無い。気にしないでくれ。」
アパートの部屋に着くと、アシャはドナ=ジョーを椅子に座らせ、尋ねた。
「君は、夕飯は食べたのか?お腹が空いているかい?」
ドナ=ジョーは、優しいアシャの質問に、ポロポロと涙を流した。
「ドナ=ジョー」
「人を、何人か、殺した気がするわ……その時、わたしについてる悪魔が……人肉を、食べた気がする。夕飯は、いいわ。ごめんなさい……貴方の親切な申し出に、わたしは相応しくないわ……。」
アシャは躊躇いながらも、正義感から、幼子をあやすように、抱きしめて、ヨシヨシと背中を撫でて励ました。
「怖い思いを、したんだな。大丈夫だドナ=ジョー。さぁ、君がベッドを使いなさい。心身共に疲れているだろう。眠って、もし悪夢を見たら、俺を起こしても構わないから。」
ドナ=ジョーは、ベッドに入り、シングルベッドが狭いと気づいて、アシャに尋ねた。
「貴方は……?わたしがベッドを使ったら、貴方が眠れないわ。」
アシャは椅子に座って見せた。
「俺はあくまで君の護衛中だ。椅子でも眠れるし、こっちの方がすぐに起きられる。」
ドナ=ジョーは、ベッドの中に潜り込んだ。
「ありがとう。貴方、アシャって呼べば、いいのかしら……オーエンの側の、人?」
「俺は善神群の天使、アシャ・ワヒシュタだ。ザシャという勇敢な青年と融合したから……アシャ=ザシャであり、善神様……いや、オーエン・テイラーの側だよ。」
ドナ=ジョーはようやく、頬を綻ばせた。
「オーエンに、会ったのね?わたしの憧れの人よ。賢くて、優しくて……頭脳明晰なのに他人を尊重する心を持った人だわ。」
アシャは彼女の笑顔を見て、告げた。
「君が落ち着くならば、眠るまで、オーエンの話をしようか。俺も知りたい。転生した彼の在り方を。」
ドナ=ジョーは頷いた。
「ありがとう。アシャは優しい人だわ。わたしはドナ=ジョー・オリンズ。オーエンに恋をしてきた、ごく普通の、女学生よ。」
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