5-〈9〉
歴史の講義には、いつもの歴史のハワード先生と、副担当のジュゼッペ・バールサモ先生こと、カリオストロが、期末テストの為の今までの世界史のまとめを、黒板に書き込んでいる。
キングが必死にノートに書き写している最中、アールマティが告げた。
(わたくしからランダムに挙手しましょう。その方が、成果がわかるのではなくて?)
(……男は度胸だ!お任せします、天使様!)
「さて、このMAPのとあるカギカッコの王国だ。ここは、イスラーム圏か?マイナー問題こそ落とし穴だぞ。答えられる者は?」
オーエンとアールマティが手を挙げた。
オーエンがキングを見て驚く。
ハワード先生も同じに驚いて、感心げに頷きながら教鞭を振るった。
「歴史はテイラーの独壇場かと思っていたが、感心な生徒がいたものだ。テイラーと同じタイミングはさぞかし勇気がいることだろう。ワイアット・ジョーンズ。立って答えを。」
アールマティはキングと入れ替わり、キングは怯みつつ立ち上がった。
確かにカマンガー兄貴に習ったが、頭が真っ白だ。
「ジョーンズ?緊張せずともいい。深呼吸しなさい。」
キングは深呼吸し、今までの教えを振り返る。
MAPは見覚えがある。
これは、アフリカだ。
カマンガー兄貴は、歴史と地理は合わせて記憶するように、度々忠告してくれた。
「……その場所のカギカッコは、南アフリカのモノモタパ王国だ。です。非イスラーム圏、のはずだ。です。」
先生は厳しげな顔を少し緩やかにして喜んだ。
「よく苦手だった歴史を学び直したな、ジョーンズ。その調子だ。ジョーンズの答えた通り、このMAPはアフリカだ。ここは諸君が良く知るエジプトだから、エジプトは端折るが、アフリカのイスラームの広がりと、非イスラームの区別はつけねばならん。テストの恒例の引っかけ問題だ、覚えておくように。」
生徒達はザワついた。
「キングが回答した!!」
「あんな、マイナーなわからない国を当てた!!」
生徒達が自然と拍手して、キングは恥ずかしがって知らんぷりをしながら座る。
バールサモ先生が笑顔で鳩を3羽飛ばした。
「おめでとう、キング君!知識は力、君の未来は明るいでしょう!」
「バールサモ先生、授業中だと言ったはずだが」
バールサモ先生は笑って返した。
「何故です?教師なら祝っていいはず。生徒が頑張って苦手科目を克服しつつあるのですよ。」
バールサモ先生に、ハワード先生は苦笑いだが、もう注意はやめた。
「それはそうだ。思い切り褒めなくてはならん。諸君、ジョーンズに盛大な拍手を!」
オーエンも自ら拍手した。
キングを見直したし、感心したのだ。
昼休み、物足りないチキン料理を頬張りながら、コリンはかつてなくやる気を見せていた。
「すげぇな、キング!天才のテイラーに張り合った、マジで拍手喝采だよ!!今日からは俺もキングの自宅で勉強だ……赤点回避だ、やる時はやるぜ!」
「やめろ、あんな小っ恥ずかしい話は。むず痒いぜ。」
キングに代わりアールマティが言った。
「コリン、褒め言葉は程々に。わたくしは慣れない拍手喝采の中心は、嬉しいけれど恥ずかしいのですよ。それから……コリン、わたくしの自宅では、決して喧嘩はしないこと。そして、わたくしの成果で取り付けた約束ではありません。お母さんの頑張りに頼っています。そこを承知の上で、来てください。」
「ん?」
「まぁ、要するに、だ。お袋に挨拶ぐらいはしろよ。飯も残すんじゃあねぇぞ。」
「わかった。俺は柄が悪いからな……カマンガー兄貴の真似をして、いい感じに挨拶するよ。」
「話がはえぇ。……ちなみによ、ハリソンだが、どうした?」
キングが尋ねる。黙っていたハリソンは顔を青白くしていた。
「縄張りのパトロールなんだけどよ、キング……俺には完遂出来なかった。イカれた殺人鬼が各地に湧いてて……変だな、ニュースにならなかったのか?とにかく、俺はバールサモに守られてよ。守ろうとしてた何人かは死んじまった……次は、俺が殺人鬼をぶっ倒すけどよ!」
「……生き残った奴が最後にゃ勝つんだぜ。自衛も怠るんじゃねぇぞ、ハリソン。縄張りは任せとくからよ。」
ハリソンはキングに持続を任され、嬉しそうに何度も頷いた。
「おう……おう!!俺に任せときな!!」
次にキングは、食事もとらずに勉強しているオーエンに、目線を向けた。
「おい。」
「…………」
オーエンは自分が話しかけられたことに気づかない。天才か秀才か。すごい集中力で勉強を進めている。
「おい、テイラー!」
「!……キング?」
オーエンはやつれた顔を上げた。
このところ、ミカエルのズボラ料理が嫌で、ろくに食べていないオーエンの自己責任でもあるが、とにかく勉強もパトロールも忙しい。
キングはチキンのプレートを差し出した。
「食え、テイラー。そんなやつれた面で、夜のパトロールで死にてぇのか。」
オーエンはクマだらけの目をキングに向け、目線をノートに戻した。
「刺された家族が意識不明のままなんだ。少しでも勉強を終わらせて、ラジーの傍にいられる時間を増やしたい。夜は人命に関わるから、夕方しか無いんだ。」
キングは事情を察し、チキンのプレートは押しつけずに、鞄から小さいものを出し、オーエンのノートに置いた。
「プロテインバーだ。最低限の栄養だが、すぐ食える。てめぇがボロボロじゃ、家族が目覚めた時悲しませると思わねぇのか。何が何だか詳しく知らねぇがな……家で出されたモンは、不満があろうが、食え!訳ありの癖に、選り好みすんじゃねぇぞ!そんなに大事な家族なら、毒親じゃねぇんだろ?倒れた家族を守りてぇんなら、悲しませねェのが男だ。」
オーエンは目を見開き、プロテインバーを手に取った。
キングの、言う通りだった。
今の自分を見たら、ラジーは病院から脱走してでもご飯を作りに来かねない。
ミカエルだって、暇でご飯を作っている訳ではないのだ。
「……そうだね。心配をかけてたら、ラジーだって安心して入院していられない。こんな事態なのに、ミカエルがせっかく用意した食事を選り好みして……僕は、浅はかだったよ。今僕が倒れたら、街の人々だって次々と死んでしまうんだ。」
キングはオーエンを睨み、そっぽを向いた。
「わかったんなら、食え。気に入ったら箱買いでもしろ。筋肉作りに役立つぜ。」
オーエンはチョコレート味のプロテインバーを噛み締めながら、言った。
「……キング。僕は君を誤解していた。君は、不器用だけど、曲がったことが嫌いで、怒ってたんだ。ぶっきらぼうだけど、思いやりのある人で……君は、アールマティが選ぶに相応しい人だよ。」
キングは我慢出来ずに立ち上がり、皿を下げる前に怒鳴った。
「褒めるんじゃねぇ!!虫唾が走、じゃねぇな、むず痒くて仕方ねぇんだよ!!俺ぁ暴力魔だったんだよ!!事実だ、てめぇでてめぇを抑えることが出来なかった!!天使様のおかげだ、勘違いしてんじゃあねぇぞテイラー!!」
スッキリしたのか、キングは皿を下げに立ち去った。
入れ替わりにアーラシュがチキンのプレートを持って来て、座った。
「ちょっとバールサモと情報交換しててな、遅くなった。ワイアットの奴、どうした?」
オーエンが微笑した。
「僕が褒めたら、怒って、アールマティのおかげなんだって。キングを見直した。イライジャへの良い土産話が出来たよ。」
アーラシュは笑った。
「それはな。俺も最初は女神様を疑ったしな。あいつは、カトリック風に言えば、変わりたいと願ってきた……罪人を赦して変えていける、聖人の卵なんだよ。」
「聖人の、卵……」
オーエンの呟きに、コリンが入ってきた。
「まさにそうだ。最近のキングは訳が違うよな。俺達が気づかなかっただけでよ、今までだって、いじめられっ子の野郎が反撃もせず、いじめられる原因を変えないことを、怒ってたのかもしれねぇぞ。いじめっ子のことも、いじめを怒ってぶん殴ってたんだからよ。キングは規律だったんだ。今は、拳じゃなく言葉で、周りをどんどん変えていく……あいつは、聖人様の卵だったとしても、おかしくねぇよ。」
ハリソンが敏感に聞きつけた。
「キングが聖ワイアット?だったら俺は……クルセイダースか!?」
オーエン、アーラシュ、コリンが笑った。
「大袈裟だけど、いいね、クルセイダース。僕も乗った。」
「なら俺は改宗すべきか?改宗無しなら、俺もクルセイダースだ。」
「俺も!俺とハリソンは古株のクルセイダースだな?」
ここに、キングを中心として、オーエン、アーラシュ、コリン、ハリソンは腕を組み、一致団結したのだった。
オーエンが帰宅すると、ミカエルが迎えに来た。
「ただいま。」
「おかえり〜。……あの、さぁ。あんた、勉強もあるし……あんまりやつれてるとラジーも心配するじゃない?」
「どうしたの?」
ミカエルは鍋を取ってきた。
だいぶ不器用なトマトソースの、ツナの入った、ぐにゃぐにゃのペンネが入っている。
「…………ツナの入ったパスタ、作ってみたのよ。トマトソースだけど。パスタの作り方、わかんなくて……」
「ミカエル」
ミカエルは反応を待てずに、拗ねた。
「悪かったわね!どーせあたしは料理音痴ですよ。捨てればいいんでしょ、捨てれば。ベルフェゴールのご飯の肉だって、どーせトマトで煮るしか脳の無い奴よ、あたしは。」
「いただくよ。ラジーに面会に行く前に、栄養を……いや。すまなかったよ、ミカエル。用意してくれるものを、選り好みして。」
オーエンが食卓について、ミカエルは顔を明るくした。
「食べてくれるの?」
「僕は少食だし、入る限りだけれど。有り難くいただくよ。僕の好きなツナだって、入れてくれたんでしょ?」
ミカエルは顔を輝かせて喜んだ。
「うん!そうなの!うん!!味見したけど、ペンネ以外はやばくないから!皿に盛るわね!」
久しぶりの団欒だった。
ぐにゃぐにゃのペンネは、見た目より味は大丈夫だった。セモリナ粉は偉大だ、イタリア人を尊敬しよう。
もし、あの時キングが自分を叱っていなかったら、ミカエルのこの笑顔は見ることは出来なかっただろうな、と、オーエンは思った。
ミカエルは笑うととても可愛くて、今まで自分とイライジャが、どれだけミカエルを悲しませてばかりだったのかを、思い知った。
「また、イライジャへの土産話が増えたや。」
「あたしの手料理のはなし?あんた達、ほんと仲良いわよねぇ〜。」
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