5-〈10〉
オーエンが病院に行き、待ち時間に、疲れから眠たくなって、ウトウトと白昼夢に入っていると、看護師さんがオーエンを呼びに来た。
「テイラーさん。チェックが終わりましたよ。差し入れの品は全て、問題ありませんでした。病室が変わりましたので、ついてきてください。」
オーエンは看護師さんについて歩きながら、不安に思った。生きる屍状態の人達の病室だってある。その人達だって、助けてあげるべきだが、オーエンはまだ未熟で、自分の家族であるラジーのことしか考える余裕は無かった。
「この病室の窓際の左です。いいですか?他にも重傷患者さんがいます、お静かに面会なさってください。」
看護師さんの話も半ば、オーエンは早足にラジーのベッドに向かった。
アブサロムが椅子に座っていて、振り向いた。
それで、ラジーが見えた。
「オーエン!」
ラジーは上半身を起こし、アブサロムが切ったリンゴを食べていた。
ラジーが、目覚めている。
「ラジー……ラジーーーッ!!」
ラジーは実に三日間、生死の境を彷徨い、生還したのだ。
オーエンは駆けつけ、涙を流して、自分も神だけれど、イエス様の父である神に感謝した。
「あーらら。はい、ティッシュどうぞ。オーエンには、心配かけちゃったみたいね。」
ラジーから受け取ったティッシュで、オーエンは鼻をかんだ。泣き過ぎて鼻水が出たのだ。
「……悲惨な状況だったんだ。医師からは、植物人間も覚悟しろって言われて。そうだ、ラジー、脳は大丈夫なの?痛みは無い?」
ラジーはバグった機械のようになり、痙攣しながら、助けを求めた。
「それが、ギギ……頭が、痛くて、ギギギ……後遺症かも。手足も、不自由だ……ギギギ……生涯、介護してくれるかい?」
オーエンは真っ青になった。
ショックから、両手で口を覆う。
それを見たラジーは元に戻って、告げた。
「ごめんオーエン。ジョークだよ。新しいネタになるかと思ってさ。どうやら、ラジー劇場は盛大に滑ったみたいね。」
「今はそれ、笑えないよラジー!!」
「ごめんごめん。実際には、不思議と頭は痛く無いんだよね。胸の縫い傷の方が痛むかなってくらいのものでさ。アブさんもずっとついててくれたし、糸を手放しちゃったのに、天使達も傍に残ってくれてた。だから、僕の心配はいらないよ、オーエン。一番仲良しの天使に、オーエンについて行ってもらうから。これで暗示を解けるはずだよ。」
ラジーが誘導すると、小さな光が飛んで来て、オーエンの傍についた。
「良かった……それに、すごいやラジー。余程の善人でないと天使は仲良くならないと、カリオストロは言っていたよ。糸が無くても皆残っててくれただなんてさ。」
ラジーは頭をかいて、腕に繋がった点滴が揺れた。
「寝る前に話し相手になってもらっててねぇ。お世話になってるのは僕の方で、天使達は聞き手に回ってくれてて。いつの間にか仲良くなって、僕が調子に乗って、千夜一夜物語みたいにさ、毎晩コメディ演劇をね。話を聞いてくれたお礼にさ。」
それは、さぞかしラジーの部屋は楽しかっただろうな。天使だって人格があるのだ。オーエンは天使達がラジーを好いた理由がわかる気がした。
「ラジーならではの交流だね。この、僕についた天使は?名前はあるのかい?」
「彼は僕の名前の由来、天使ラジエル様だよ。ちょっと偉い方の天使で、ミシェに使役されている天使サタンとは格が違うって彼は言ってる。サタン君は自由気ままなポジで、ラジエルは神様の書記官だって。任務がたくさんあるポジらしいよ。殺人を防いだり、暗示を解くのも、その一環だってさ。」
「天使ラジエル……ラジーと同じ名前の天使様か。」
ラジーの本名はラジエルだから、まさにラジーの名前の由来だ。
病院では、もう早々に食前の薬が配られ初め、夕飯のカートが病室を順番に回り、夕飯の配膳が始まっている。
「さて……オーエンも夕飯を食べに帰らなきゃ。勉強は大丈夫かい?」
「勉強は大丈夫だ。ミカエルも支えてくれてるし。」
「なら、ミシェに感謝しなきゃ。勉学の道はオーエンの夢だ。僕の入院が足でまといにならなくて良かったよ。夜の人命救助も、気をつけて行くんだよ?オーエン、例え君が死なない神様だって、痛いものは痛いし、万が一はあるんだから。疲れだって感じる、眠たくもなるんだからね。これは、ラジーとの約束だ。」
オーエンとラジーはハイタッチした。
「うん。約束を守る。……ミカエルのお兄さん、ラジーのことをよろしく頼みます。僕の大事な家族で、あの時ミカエルが言った通りだ。今、敵にラジーを狙われたら、僕は一溜りも無い。」
アブサロムは立ち上がり、オーエンに深々とお辞儀した。
「アフラ=マズダ神よ。心得た。マスターからも、同じ任を承っております。俺はラジー殿の守護を最優先とし、ご期待に沿って見せましょう。……それに、俺にも、家族愛は大事ですから。」
優しい人だ。
アブサロムさんも、主従関係は崩さないが、ミカエルを愛しているんだな。
「信じます。改めてよろしく、アブサロムお兄さん。」
勉強。
パトロール。
ご飯。
勉強。
パトロール。
ご飯。
オーエンは暗示にかかった通り魔から被害者の救助に成功した。
(オーエン!通り魔が逃げます、西南ルートです!)
アールマティが大地のスキャンで思念を送ってきたが、オーエンはまず被害者の怪我した腕にハンカチを縛って止血した。
「大丈夫。とにかくここから逃げて、緊急外来へ。OK?」
「ありがとう。貴方の名前を教えて。恩人だわ。」
「……アフラ・マーズマン。」
即興だったにしろ、ダサい名前になった。
「ありがとう、マーズマン!貴方を忘れないわ!」
行ってしまわれた。
マーズマンだけだと、まるで火星人だ。
(オーエン!西南です!)
オーエンが走り出す。
「時間がかかり過ぎた!次の被害者が出てしまう!!」
案の定、暗示にかかった通り魔は、次のターゲットである、ビスチェとショーツ姿の娼婦にナイフを振りかざしていた。
「危ない!!」
届かない。
間に合わない。
そこを、意外な参入者が食い止めた。
「いやっほおおお!!!ファーック!!!」
「うぎゃぁぁぁぁああああ!!」
ハリソンが釘バットで通り魔を高速殴打したのだ。
「てめぇーーッ!!殺、コロ、殺」
「いーや!!殺すのは、俺だァーッ!!!」
ナイフと釘バットの決闘だ。
激しい争いの末に、勝利したのは、ハリソン。
通り魔はフルボッコにされ、ナイフを落とした。
「ハリソン!?」
痛みで悶絶する通り魔が倒れ、娼婦はハリソンをも危険と見なして、逃げ出した。
「きゃあああ!!皆逃げて!ギャングが抗争してる!!」
聞きつけた娼婦達は一斉に逃げ出した。
「よぉ、テイラー!クルセイダースの同士よ!加勢に来たぜ!!」
ハリソンは確かに強かった。
だが、やり過ぎては暗示にかかった通り魔が危ない。血まみれだ。
「ハリソン。助かったけど、この人も操られてるだけの人間なんだ。釘バットは不味いよ。」
「そうかぁ?俺ァ知らねぇ。こいつナイフ持ってるし、正当防衛じゃね?」
「見てて。ラジエル、頼む!」
光の欠片、ラジエルは飛んで行き、通り魔の暗示を解除した。
「痛たたた……あれ?俺は確か、悪魔の夢を見て……なんで路地に居るんだ、俺?」
オーエンが彼を支えた。
「悪魔に操られていたんです。怪我が酷い、救急車を呼ぶから、ここで救急車を待ってください。」
ハリソンは目を白黒させ、ラジエルを指差した。
「せ……聖霊ッ!??じゃあ、お前も、聖人かッ!?」
「違うよ。ラジエルは天使だけど、借り物だ。聖人はキングだろ?僕は復讐にも染まったし、そんな聖なる者じゃない。それより、救急車呼ぶから、ハリソンは次に回っててくれ。」
ハリソンはニヤケながら、頼られるのを喜んだ。
「仕方ねぇな〜!俺はクルセイダースの中でも、特別強ぇかんなぁ!!!」
「つれぇ……カマンガー兄貴はわかりやすく教えてんだけどよ、普段まるで使わない俺の脳が……悲鳴を上げているんだよな……」
コリンがバテきって、アーラシュとキングは勉強を一時中断した。
「気にすんな。脳みそが慣れるまでは、知恵熱もんだ。」
「はは。映画好きのワイアットは、趣味で得してたんだな。歴史ってのは、物語の集大成だ。詰め込み式のな。冷凍庫に冷やしてもらっておいたペットボトルがある、お母さんの許可を得て取ってくるから、脳みそを冷やせよ。」
アーラシュが部屋から出ていくと、しばらくしてマッマが部屋を訪ねた。
「ワイアット?開けても、いい?」
「あー、鍵はあいてるぜ、お袋!」
マッマは夜食を運んできた。
甘そうなお手製のアメリカンワッフルが山盛りだ。
「こいつは……俺がガキの頃の……」
コリンが目を輝かせた。
「砂糖だ!助かった!脳みそが限界で、でした!ありがてえ、でございます。」
マッマはアメリカンワッフルの皿をテーブルに置いて、言った。
「コリンは初日だものね。これは、ワイアットが小さい頃大好きだったワッフルよ。砂糖が脳疲労に効くって、同僚から聞いて、材料買っておいて、作ってみたの。生クリームは安心して、低カロリーの物にシルクプロテインを入れておいたわ。筋肉作りに余計な脂肪はいらないわよね。アメリカンチェリーは元々甘いから、砂糖漬けじゃなくてなまものよ。ワッフルが温かいうちに、カマンガー君とコリンとワイアットで食べてね。」
アーラシュが凍らせたペットボトルを持って戻って来た。
「お世話になって、ワッフルまでいただけて、かたじけないです。」
「いいの。わたしの自己満なのよ。ワイアットに、良い母親らしいことがしたくて、やってるだけだから。」
キングがワッフルをひとつ齧った。
「自己満か?うめぇし、俺もコリンも満足だ。多分、カマンガー兄貴も満足するぜ?」
マッマは涙腺が緩んだのか、そっぽを向いて、言った。
「ありがとう、ワイアット。あのね。明日は日曜日だし、コリンもカマンガー君も、泊まってもらってもいいのよ。わたしやワイアットは朝早くミサに行って、パン屋さんのパンを買って帰るから、コリンとカマンガー君は寝ててもいいのだし。」
コリンが喜んだ。
「泊まりてぇな。俺んち、日曜日も親が仕事だからよ。自分一人で朝飯作るより、キングやカマンガー兄貴と朝飯食いてぇな。」
アーラシュも答えた。
「なら、俺も泊まって、勉強を教えようか。ああ、俺は寝床は椅子で充分だぞ。」
キングが告げた。
「……日曜日は、俺は一時間程抜けるぞ。親父と約束があるからよ。」
日曜日の朝。
ジリリリリリ!
目覚まし時計に、夢半ばのオーエンが手を伸ばした。
「むにゃむにゃ……ツナ、ポテト……」
ジリリリリリ!
衝撃。痛み。
オーエンは目を覚ました。
ベッドから落ちたのだ。
渋々、目覚まし時計を止めた。
ミカエルが徹夜明けで、オーエンの部屋に来た。フラフラしているし、目のクマもすごい。
「日曜日なのに早いわね〜。オニオンスープいる?」
「自分で作るよ。ミカエル、大丈夫なの?ふらついてるし、顔色が悪いよ。」
ミカエルは嬉々として言った。
「今までの夜更かしの賜物!徹夜でゴーレム六人が完成したわ。暗示解除魔術をプログラミングしてある、これで人命救助の助けになるはずよ!」
オーエンは拍手してあげた。
「頑張ったね、ミカエル。一気に六人。アブサロムさんが六人分ってことかい?」
「ううん。アブサロム程強いゴーレムはいないわ。あたしのお手製のゴーレムは、ハリソン六人分ぐらいね。武器を持たせて有利を取らせるわ。もう起動してあるから、あたしの部屋に言って、名前をつけてやって。あたしはそのベッドを借りて寝たいから。」
「了解。おやすみ、ミカエル。」
ミカエルは横になり、すぐに起き上がった。
「冷蔵庫にトマトカット缶と肉と、大豆とツナ缶が入ってるから。パンは、バゲットが棚に。パスタは棚の中よ。大丈夫?一人で朝ごはん、食べれる?」
オーエンは安心させる為に笑って返した。
「大丈夫だよ、子供じゃあないんだからさ。じゃあ、今度こそ、おやすみ。」
オーエンは階段を降りてきて、冷蔵庫のトマトカット缶、肉、大豆の缶詰、ツナ缶を見た。
棚のパスタと、バゲットも見た。
……さっぱり、わからない。
料理をした事は、一度もないし、トースターすら触って来なかったのだ。
ようやく、自分はジュリーおじさんとラジーに、甘やかされて育ったのだと、自覚した。
ミカエルにわがまま言っておきながら、自分はバゲットを力任せにちぎり、ツナをのせながら食べる事しか、出来なかった。
ツナが好物で助かったが、今度はもっと料理出来る人には感謝しなくちゃ。
朝ごはんが済んだら、ゴーレム達の名前を考えなくっちゃあならない。
ミカエルの子供達のようなものだから、変な名前にする訳にはいかないし……。
愛だ。愛のある名前にしなくては、ならない。
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