5-〈7〉
一方、オーエンはラジーと共に、ミカエルは単体で、街を守る為に次から次へと、暗示にかかった人々の標的地へ走っていた。
(悪神郡の暗示は、天使達思念端末には容易く解除出来ます。わたくしには研究成果たる、天使を繋ぐ糸がありますが……オーエン・テイラー。貴方様はまだ善神の力をフル活用出来ない。手助けが必要ですか?)
カリオストロの言葉を思い出す。
共同戦線ではあるものの、カリオストロのことは腹立たしかった。
それでオーエンはラジーに助太刀を頼んだのだ。ラジーは死んだほうのカリオストロの糸と天使を所有しているから。
先刻はコンビニを一件助けた。
暗示にかかった神秘主義者をオーエンが抑え、ラジーが仲良しの天使に頼んで暗示を解いたのだ。
だが、間に合ったのは、そこだけ。
どこも間に合わなかったのだ。
図書館で司書が刺された。
ナイトプールで水着姿の女性が殺された。
次のコンビニは人がいない。
「トイレにでも行ったのかな。」
「オーエン」
ラジーが床を指差した。
床は、レジ台の下から血が流れ出していた。
「!!」
オーエンとラジーはレジ台の裏に回った。
中年の店主が銃を構えたまま、倒れて死んでいた。
「なんてこった……!」
ラジーが十字を切る。
「……また、間に合わなかった。」
オーエンは、無力感に打ちひしがれた。
「だけど、オーエン。冷たいようだけれど、次に行かないと。僕らで助けられるうちに、とにかく走って速くつかなきゃ。次こそ、助けなくっちゃあなんないよ。」
「……うん。ラジーの言う通りだ。アールマティ!座標を教えてくれ!」
遠く、キングの自宅から、アールマティの思念が送られてきた。
アールマティのスキャンしたMAPには、追記で、失敗の✕と成功の〇、そして赤い△は移動中の敵だ。
MAPは圧倒的に✕だらけで、カリオストロ達も負けっぱなしらしい。
赤い△は同時に複数だ。
しかし、ひとつだけは、近い。
「このルートは……近いよラジー!今度こそ間に合うはずだ!!」
「行こう、オーエン!!」
オーエンとラジーは走って、指定ルートに辿り着いた。
敵はここいらを移動中のはずだが、路地は静かだった。
クッキーやスコーンの専門店が、静かに店仕舞いをした後で、周りの店らしき店も閉じて、街灯のあかりと、光に集る虫以外は、夜の闇に隠れてしまいそうだ。
「……いない?」
「オーエン……あの路地裏だ。誰か、死んでる……」
オーエンはラジーに言われた路地裏に駆けつけて、死体を抱き起こした。
若い男性で、書店の帰り道だったのか、持っていた真新しい本が散らばっていた。
確信が生まれる。
「これは、無差別殺人だ……!必ずしも店や目的地がある訳では、無かったんだ。ますますまずいぞ、ラジー!」
オーエンが振り向いたら、ラジーは迫りくるナイフを持った男性の脳天を、フライパンで強打し、暗示にかかった人をやっつけていた。
「ナイスだラジー!犯人だけは倒せた!さぁ、暗示を解いておこうか。」
しかし、ラジーは真っ青な顔で、倒れるように膝をついた。
フライパンが、音を立てて落ちた。
「ラジー……?」
オーエンはやっと気づいた。
ラジーのいる石畳の上に、血の水溜まりが出来ていく。
「ごめん、オーエン。刺されちゃった。救助活動と仕事に、毎日のラジー定食、どうしようかね……」
ラジーはそこで気を失った。
倒れるラジーが、スローモーションのように見える。
オーエンは叫んだ。
「ラジーーーッ!!!」
オーエンはラジーを抱き起こし、刺された部位を確認して、必死に病院に電話した。
「救急車をお願いします!急患なんです!!脇から刺されてて、急所が危ういかも。……はい。ベイカー通りを入ってすぐ、スコーン専門店とクリーニング店があります。はい、お願いします。」
電話が終わると、真っ青なラジーの顔を見て、心配して脈をはかる。
脈は酷く弱かった。
オーエンは俯き、自分を責めた。
ジュリーおじさんを亡くしたのに、身近な人の死の恐怖を、愚かにも忘れていたのだ。
ラジーを頼りすぎていた。
カリオストロの申し出を、意地になって断ったことだって、考え無しの馬鹿だった。
ラジーはスーパーマンじゃあ無い。一般人と変わりないのに、いつもいつも巻き込んできた。
自分の責任だ。
ラジーを助けたい。
だが、未熟な自分には善神の力さえ扱えないのだ。
エンジンの音が近づいてくる。
救急車より先に、ミカエルがバイクを走らせて駆けつけた。ベルフェゴールも走って来た。
ミカエルは、バイクから降りてすぐラジーの元に膝をつく。
「天使たち!ミカエル・サンダースの名のもとに、貴方たちに願う……ラジーを助ける、力を貸して!」
ラジーとミカエルの元に、小さな光の群れが集まった。
「止血をお願い。」
小さな光の群れは、ラジーに集結していく。
ミカエルもまた、精一杯の術式を使った。
「ヘマタイトよ、アレスは彼の者の痛みを切り取り、止血と治癒を願い乞う。直ちに直ちに、すぐにすぐに……」
それでもラジーの顔色は青白くなっていく。傷が深すぎる。
「ラジー……しっかりしてよ、ラジー!!」
「ミカエル……どうやって僕らの位置を?」
ミカエルの周りを飛んでいる小さな光が、オーエンの前に来て、人間体に具現化した。
ブルネットをボブカットにした、顔立ちの美しい少年だ。
「やぁ、マゴスの頭領君。呼称は決まりなんだ、気にしないでくれ。僕らの側ではゾロアスターは中立だからね。神には、僕は警戒されててさ、挨拶が遅れたのは立場上だ。でも、僕がミカエル周りを飛び回ってるのは、見てただろ?」
オーエンは瞬きし、少年を食い入るように見た。
「君が、カトリック側の、天使……?」
「悪いけど、僕が人間に見えてるのは、君の脳作用に働きかけているからで、美少年だか子供だかに見えてるのは、君たちのイメージに過ぎない。いわばこれは幻覚だから。僕は光の反物質、情報共有AI群であり、君たちが天使と呼んできた存在だ。」
ミカエルが制した。
「サタン!長話はいいわ、本題を。アンタマジでほんと……ラジーが危うい時に世間話する?フツー……」
ベルフェゴールもお怒りだ。
「マジでだ!だからコイツは嫌いなのだ!ドライで冷酷、まったく、どちらが悪魔だかしれんな!」
天使は肩を竦めた。
「ハイハイ。話を端折ろうか。僕は天使サタン。魔王サタンの親戚の御使いだから、僕も明けの明星イシュタルの系譜の者だよ。僕ら天使の役目こそが情報の共有と神への情報送信だ。つまり、ミカエルがラジーのピンチに駆けつけたのは、ラジーと親しいラジー側の天使達が、僕に情報を送信したからってこと。じゃ、もういいね。」
天使サタンは小さな光に戻って、ミカエルの周りをぐるぐる周り、肩の辺りに浮かんで止まった。
「天使……ミカエル。サタン達はラジーを癒せるのか?」
ミカエルは首を振る。
「残念だけど、加護で出血を一時的に抑えるぐらいよ。あたしがイシスの術式で治療はしてるけど、これは限度があるし、ラジーは深手過ぎる。本当の治癒とかの奇跡は、イエスだとか、神に見初められた聖人にしか出来ないわ。それから。今天使は手一杯なの。ラジーのことはあたしが引き受ける。救急車にもついてく。だから、オーエン、貴方は暗示にかかった神秘主義者を背負って、エジプト・メイソン・リーのロッジへ行って。そこなら暗示が解けるはずよ。終わったら病院に来て、手術室の外で待ってるわ。」
「…………わかった。ミカエル、ラジーを頼むよ。」
オーエンは気絶した犯人を背負って、街を跳躍して進んだ。
ラジーの速度に合わせていたが、オーエン1人なら、死亡数は減らせたかもしれない。
神として、未熟なばかりに、たくさんの命を散らせてしまった。
エジプト・メイソン・リーのロッジは、都市部にあり、表向きは薬局をしている。
「入り口は、どこだろう……?」
そこに、何処からか、猫が歩いて来た。
毛が無い黒い猫で、エジプト産じゃないけど、エジプトが名前についた品種の猫だ。
「もしかして」
オーエンは猫について歩いた。
猫は、薬局と隣の店の隙間の路地を進む。
すると猫は、薬局の壁側の、石畳の一ブロックに飛び乗った。
次々、パネル式に飛び移っていく。
すると、薬局の壁が一部、回転ドアのように開いた。
仕掛け扉だ。
「やっぱり。君、エジプト・メイソン・リーの人の飼い猫なんだね?」
猫は気ままに振り向き、すぐそっぽを向いて、ロッジの中に入って行った。
オーエンも慌ててついて行った。
隠し扉は自動的に閉まった。
猫は各自の研究室を素通りし、今宵の成果を話し合う為に皆が集っている大広間に歩いて行った。
途中、オーエンはドアが開いている研究室の中に、カリオストロのクローン体が一人ずつ収納されたガラスの棺が並んでいるのを見た。
近代ならばフラスコにでも入っているべきだろうが、ここは錬金術師の根城だ、やり方が違うのだろう。
これだけの予備の肉体を持ち込むぐらいだ。エジプト・メイソン・リーにとっては、カリオストロは生ける学術本であり、ブレーンなのだろう。
大広間に入ると、皆が気づき、会話を辞めた。オーエンは少し聞いてみたかったが、あくまで神秘主義の秘密結社だ。神秘の情報漏洩はしないらしい。
まず、彼らは猫にお辞儀をして、道を開けた。
猫に祈りだす人さえいる。
エジプトでは猫を神聖視するというが、飼い猫では無いのだろうか。
皆は次に、オーエンにお辞儀し、道を開く。
「……殺、ころ、殺ぉぉぉぉ!!」
オーエンが背負っていた犯人が目を覚ましかけたので、オーエンは咄嗟に肘鉄して彼を気絶させた。
皆が開けた道を進むと、カリオストロがそこにいた。
カリオストロも、猫に頭を下げていた。
「よくぞおかえりくださいました。偉大なるラーの目よ。」
さらにカリオストロより上の座に、猫のベッドがあり、猫を羽の団扇で左右から扇ぐ係の人が2人いて、オーエンは少し、そっちの方が気になる。
「ラーの、目……?猫が?」
「さて、貴方様も。ようこそいらっしゃいましたね。此処が我らのミズーリ州での支部です。」
「猫が案内してくれて……それより、急いでる。この人の暗示を解いてくれ。」
「おやおや。おかわいそうにアフラ=マズダ様、心中お察し致しますよ。大切な家族を己のミスで失いかけていらっしゃる。さぞかし、苦しいでしょう。己の未熟さを呪ったのでしょうね。ふふふ……さぞかしぃぃぃぃッ!!!」
エジプト・メイソン・リーのメンバー達がカリオストロの悪癖をしばきにかかった。
「性癖を抑えてくださいカリオストロ!!」
「善神様の不幸に愉悦なさってはなりません!!」
ボコボコに殴られたカリオストロは、血が出るほど腫れた顔をオーエンに向けた。
「失敬失敬。少々悦に入ってしまいまして。問題は、その背負っている男性ですね?さて、暗示を解きましょうか。彼を降ろして、寝かせてくださいね。」
オーエンがカリオストロを睨みながら、言われた通りに、犯人を床に寝かせた。
「さぁ、天使達よ!働いていただきますよ。」
カリオストロが糸を引くと、小さな光の群れが現れた。
天使達は、犯人を囲み、悪神郡の暗示を解いた。
オーエンは踵を返し、立ち去ろうとした。
「お待ちください、アフラ=マズダ様。どのルートを回られましたか?」
MAPを見せられた。
「……このコンビニ。この図書館。このビルの屋上のナイトプールと、またコンビニと、ここだ。ベイカー通りの、スコーン専門店のある路地。」
カリオストロはMAPに印をつけて、懐にしまった。
「よろしい。我々は死体を隠蔽し、人々や警察に暗示をかけ、無かったことにして参ります。」
オーエンは耳を疑い、聞き返した。
「無かったことに?何故だ、殺人事件だぞ。」
「殺人は、悪神群に操られてのことです。人間には悪神群の暗示に逆らえないのです。エクソシストがいますよね。悪魔に取り憑かれた善良な人間を、悪魔祓いで悪魔ごと死なせる。悪魔は抵抗しますし、悪魔が苦しめば人間も耳や目、あらゆる穴から血を吹き出して苦しみ、死に至ります。我々はその手のやり方を好みません。操られただけの人間に、刑務所暮らしをさせるほうが、貴方様はお好みですか?」
オーエンはカリオストロの目を見た。
嘘はついていないし、真面目な話の目だ。
カリオストロに対して、エルダーさん殺しやイライジャ騙しを、許せる訳では無い。
だが、オーエンはこのカリオストロを、認めた。
人々を守る意思だけは、認めたのだ。
「……操られただけだ。暗示は任せる。悪いけれど、僕はラジーの傍にいたい。今日はここで降りるよ。」
小さな光、天使が、カリオストロの元に降りて廻った。
「まだ手術室にいるようです、間に合いますよ。それでは、また明日。」
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