5-〈5〉
キングを待っていたコリンは、アーラシュとハリソンに習いながら自習していた。
「頭が……爆発しそうだ……!」
「はぁー?ダセェな、コリン!」
「言ってやるなよハリソン。コリンにとって、勉強は苦手分野なんだからな。」
これに喜ぶアールマティ。
「まぁ!まぁ!!やる気があるではありませんか!そしてチームワークが素晴らしい!さぁ、今から帰ったら、わたくしは三日以内には母殿に知らせますから、許可が降りたら、共にうちで頑張りましょうコリン!」
「頼むよキング。期待してる。」
ハリソンがボヤいた。
「自宅待機よりは、そっちは人数がいてマシだよな。俺はどうすっかな……喧嘩厳禁指令だしよ、退屈が過ぎるぜ。」
キングが提案した。
「バールサモ先生の街の治安パトロールに参加してはいかがです?我々の縄張りですし、わたくし達の代理人としてです。場合によってはハリソン、貴方の拳が役に立ちますよ。」
アーラシュが冷や汗をかく。
「ワイアット!ハリソンを巻き込んでは、怪我をします。」
「バールサモ先生が守るでしょうし、悪党が縄張りを荒らすのは事実です。ハリソンは喧嘩も強いですが、如何せん弱者を狙う悪癖もあります。倫理観を正すチャンスですよ。」
ハリソンは嬉々として立ち上がった。
「キングの代理人!?俺が!?やるぜ!やるやる!バールサモはどこ行った?」
「職員室に帰りましたが、あの方のことです。生徒が呼べば喜んで出てきますよ。」
「よっしゃ、善は、いや、喧嘩は急げ、だ!!行ってくる、また明日な!!」
走り行くハリソンにアーラシュが忠告した。
「程々にな!勝てない輩からは逃げろよ!!」
コリンがしみじみとキングに言った。
「確か、勉強のし過ぎで理性的になってて、やがて治ってキングらしく戻るんだよな?でも今日のキングもなかなかいいぜ、ハリソンの扱いも上手くなってるしな。」
「そう。わたくしは勉強のし過ぎで爆発したワイアット、いえ、キングらしい自我を休ませるため、理知的にはなっています。ですが勉強は別ですよ。進めるたびに爆発しますし、コリンよりも初期位置にいますからね。」
「はは。良かった、キングらしいとこも残ってるようで安心したよ。テスト期間が終わったら、俺たちも悪党を見つけて派手に暴れようぜ。」
キングは苦笑しながら返した。
「まったく、困った暴れん坊達ですね。まぁいいでしょう。わたくしはこの期間を乗り越えたら、もっと強くなりますよ。仲間が危なければわたくしが守るでしょうし、わたくしも暴れ足りなくはありますからね。」
アーラシュが苦笑した。
「困った女神様だ、ほんとに。」
キングが自宅に帰ると、ローレンスパッパとジルマッマはまだ仕事で家におらず、アーラシュを呼んで、すごくかっこいい大型二輪を見に、ガレージに行った。
「素晴らしいフォルムです。上半身を倒してハンドルを握り、跨る……我々の騎兵に欲しいですね。」
「いくら何でも。こんなのの爆速騎兵で戦争なんかされちゃ、敵は対抗策がミサイルぐらい危険な武器でしか、反撃出来なく無くなりますよ。」
アーラシュが正すが、アールマティはたいして聞いていない。
「ふふ。この品は貴方のでしょう、ワイアット。最近のものですね?」
キングが入れ替わって答えた。
「俺が16歳になって、大型二輪の免許を取ったんです。そしたら、内緒で教習所に通ってたのに、親父が気づいてて、遅くなった誕生日プレゼントだと、買ってくれた。俺は一目惚れしてお気に入りだが、お袋は反対派で。バイクは事故の時、俺の被害が洒落にならないからと。だから、18歳になったら車の免許を取りに行く。あんなお袋でも、俺が先に死んで不幸にさせる訳にはいかねぇ。だが、乗らなくなってもこのバイクはずっと手入れする。親父がくれた宝物だ。」
アーラシュが微笑んだ。
「お前は確かにアールマティ様が見込んだ人間だよ。悪癖を取ったらだが、真面目で善人だ。器もデカい。酷い目にあって育ったが、叱りはしても、本当の恨み方は、していないだろ。」
「え……そうか?俺は天使様の歯止めが無かったら、暴力の悪癖から抜け出せない奴だ。天使様みたいには、いじめられっ子を叱れねぇし、モヤモヤして手が出て殴っちまう。だから、学校を仕切ってても嫌われる。オーエン・テイラーの奴だって、俺が近づいて警戒しただろ。」
キングにアールマティが告げた。
「いいえ。貴方はきちんと学んでいますよ、ワイアット。言葉の解決法も、在り方も。暴力を振るいそうな時、貴方は自ら引っ込んでわたくしに任せますね?徐々に自分で抑えているではありませんか。」
「天使様。それは……そうなのかもしれねぇが……」
「さぁ、大型二輪を鑑賞出来て満足しました。部屋に戻って勉強をしなければ。」
「天使様!……あの〜……」
「どうした、ワイアット?」
「カマンガー兄貴も。……バールサモの話はマジなのか?オーエン・テイラーは神の子で、天使様はアイツと共闘してる?」
アールマティは宗教間の話題は得意では無く、投げた。
「カマンガー。宗教も歴史の産物ですから、貴方が教えるように。」
アーラシュは苦笑いだ。
アールマティとアーラシュの知る、昔のキリスト教は、とても他宗教に攻撃的である。
ゾロアスター教は、バビロン捕囚からユダヤ人達を助けてイスラエルの信仰の自由を守った分、歴史的には仲良しだが、近代ドラマスーパーナチュラルでは邪教と呼ばれている。
キングはカトリック信者だ。
故に、1歩間違えれば、アールマティとキングの関係に、亀裂が入ると考えたのだ。
「下手すりゃ内輪揉めの話題を、俺が?……あー、ワイアット。まず、イエスがまだ生まれてない大昔だ。ユダヤ教が生まれたな?」
キングは考えた。
「ユダヤ教?ユダヤ人の宗教だ。だが、確か、キリスト教の旧約聖書は……ユダヤ教から、始まってんだよな。」
「さすがにわかってるじゃないか。そう、ユダヤ教徒が旧約聖書を聖典として書いた。キリスト教の神はユダヤ教の神と同じ神で、イスラーム教徒の神でもある。共に一つの神だけを認める宗教だ。この中で、神の子イエスを信じるのが、キリスト教徒だな?だが、世界各地には、たくさん土地の神がいる。ワイアット。ギリシア神については、邪教だと思うか?」
「えっ?邪教……?ギリシア神話の神々は、また別だろ?たくさん彫刻にも絵画にも、なってんだろ?……それに映画トロイを観た。ギリシア神は気まま過ぎるがよ、ヘクトルやアキレウスはかっこいいぜ。」
「なんだ、それならイリアスはおすすめだぞ。あー、じゃあ、他の神話の神々は、どう考えてるんだ?」
「あー……日本には八百万の神がいる。すげぇ。インドには……なんだったか……やっぱりたくさん神がいて、象頭の神は幸福を運んで来るんだろ?」
「近いな。インド神話はほとんどウチの仲間だ。」
アーラシュは本題を切り出した。
「……俺たちの知る時代では、一神教のキリスト教は、他の神々を認めないルールがあったんだ。三人のマゴスやギリシア神話はカトリック信者でも喜んで読むし、芸術のテーマにもなる。ヨーロッパの歴史でも許容されてきた。だが、キリスト教側から呼ぶと、ギリシア神は悪魔という扱いになる。」
ワイアットは瞬きした。
「えっ?悪魔は、悪い御使いだろ?闇堕ちした天使だ。」
「そこはキリスト教と他宗教の対立もあり、なのかな……元になったユダヤ民族自体が、国から追い出され、奴隷として長く苦しんだ。彼らの民族性の表れで、ユダヤ人達は皆の心を一つにして、苦しみを耐え抜かなければならなかった。それで、一神教になったんだ。彼らに悪意は無いが、他の神々を認める訳には行かない。ユダヤ人を救ってくれるメシアと神の為にな。あー、別にユダヤ人擁護をしている訳じゃないぞ。ユダヤ人の執着するふるさとイェルサレムには、歴史的にも長い間住んでたイスラーム教徒達がたくさんいるんだからな。そうじゃなくてこれは宗教観の歴史観点だ。ユダヤ教徒達は、悪気はないが、他の神々を悪い御使いとして信じた。キリスト教はそれを受け継いでいるのさ。他宗教を悪霊とし、神父様はエクソシストを兼ねているし、悪魔の存在を信じてきたろ。魔王ルシファーだって、本来はメソポタミアの明けの明星、美と豊穣を司るイシュタル女神様だ。」
ワイアットは話を聞いて、自身の意見を話した。
「天使様、カマンガー兄貴。言いたいことの意味は、わかったぜ。俺は毎週、日曜の朝、ミサに出て懺悔室に行って、祈ってから、日曜の用事に出かけるが……カトリックはな、今の教えでは、他宗教を罵倒することは教皇様に禁じられてるし、俺はカトリック信者だけど他信仰を悪魔とは思ってねぇし……余程の過激派じゃねぇ限り、多くの信者もそうだぜ。だから……つまり、天使様はカトリックじゃなくても、尊敬に値する人格者だ。俺は、天使様を信じる。」
アールマティが微笑んだ。
危惧していた問題は、キングによって平和的に解決したのだ。
「ありがとう、ワイアット。貴方の信頼に応え、正体を明かしましょう。わたくしは古代ゾロアスター教の善神群の一人、スプンタ・アールマティ。天使であり、大地の女神です。善の神アフラ=マズダであるオーエンに仕える者。悪の神アンリ・マユを倒すため、天国の到来と神の王国の為にここに来ました。ですが、生まれ変わった悪の神は、オーエンの親友で、既に犯した過ちから、悪業は自粛しています。オーエンの憎しみからの戦いでも、悪神は理性を保って反撃していません。二人は、憎しみを乗り越えて、助け合っている。」
オーエンの親友と聞いて、キングはすぐにピンと来た。
「じゃあ……不登校になったイライジャの奴が悪神で、でも悪さはしねぇで、自粛中か。なら、バールサモの話していた敵って、悪神じゃあねぇのか。誰なんですか?俺の縄張りで殺人なんかさせようって奴らは。」
アーラシュが答えた。
「敵は、悪神に反旗を翻した部下達、悪神群の二人。地獄の到来を望む悪党共……怒りと欲望の悪魔アエーシュマと、売春婦の支配者、女悪魔ジャヒーだ。」
ワイアットは、しばし考え、はっきり尋ねた。
「なぁ。そいつらも、宗教的に悪魔にされただけなんじゃねぇのか?」
「いいや。悪神群は元から悪魔として、善神と悪神の決戦のために創造され、信じられてきたはずだが。……だが、完全否定はしないぜ。ザラスシュトラの原始教団立ち上げ以前は、神々は二つ宗派があったからな。本来、古代ゾロアスター教は、善神アフラ=マズダの勝利の未来に傾倒した考え方で作られている。だから善神群はたくさんいるが、悪神群は幹部が少ない。その他大勢の女悪魔なんかはいるがな。アフラ=マズダの勝利、天国の到来、神の王国を、信徒達は期待したんだ。」
アーラシュに、キングは不器用ながら語りかけた。
「……なら、変わりゃしねぇ。俺だって悪党だったよ、兄貴。己の運命を呪いながら、ただ、ぶん殴ったり怒鳴ったりしか、出来なかったんだ。怒りや暴力の連鎖に歯止めが効かなかった。天使様が現れなけりゃ、きっと、今みてぇに、話すことすら出来なかったんだぜ。俺からしたら、悪魔だって運命に縛られた哀れな奴らなんじゃねぇかと思う。運命から、解放してやるべきだ。だってよ……イライジャの奴は、それが出来たんだろ?それは、心が存在したからだろ?」
アーラシュもアールマティも驚いた。
キングが望むのは、敵の滅殺では無く、運命からの解放だという。
そんな優しく、清らかな考えは、アールマティにでさえ、無かったのだ。
「ワイアット……なんという。類稀なる善の考えです。貴方には、あえて答えましょう。天国と地獄の両立は、実は可能です。ここにいるアーラシュ・カマンギールは、わたくしの作らせた弓矢で肉体が滅びましたが、その矢は数日間に及んで飛び続け、イランの国土を守る国境となったのです。アーラシュは、死してから今までも英雄信仰が続き、今では国境の一矢の概念能力を保有しています。ですから、ワイアット。わたくしは貴方の優しい解放運動に賛成します。貴方の考えが叶えば、彼らとの共存に、わたくしとアーラシュは力になれるでしょう。」
アーラシュも応じた。
「相当な理想論ではあるが、その時は俺も喜んで力になろう。」
キングは微笑むのを恥ずかしがり、怒ったように腕を組んでそっぽを向き、言った。
「……ありがとうよ、兄貴、天使様。」
Copyright(C)2026 燎 空綺羅




