5-〈1〉
午後七時。
街のピザ屋で四分の一カットされたブロッコリーのピザを買って、店を出、歩きながら夕飯を終えるアーラシュに、大地の女神スプンタ・アールマティは苦言をこぼした。
「大英雄たるアーラシュが食べ歩きとは、何ですか。貴方は人類の誉れ、常に誰かの手本なのですよ。たまにはレストランで座ってお食べなさい。だいたい量も足りていません。貴方の一矢が放たれたならば、今に栄養不足で後悔しますわよ。」
アーラシュは苦笑いだ。
「とはいえ、自分の信仰する女神様が霊体で、わざわざレストランでおかしく思われるのもな。そもそも女神を待たせて食事に夢中なのは、信者としてどうかと。」
アールマティは咳払いし、機嫌を良くして返した。
「まあ、それが貴方の信心深さゆえならば、一理あります。……アーラシュよ。タローマティが人の身体に降りました。実体化することで、人々に直に手出しが出来てしまう。あの悪党とは因縁から、わかるのです。貴方も心配しないで。わたくしもいつまでも霊体ではおりませんわ。レストランくらいは付き合います。日々、日中のうちに街をスキャンし、適任たる人物のアテはもうあるのです。」
「さすが、大地の上は貴方の土俵ですね、アールマティ様。」
「まぁ、本来はイラン高原の大地の神ですから、地元程万能に能力を行使出来る訳ではありませんが。今夜は、その依代に接触しようと考えています。」
アーラシュは頭をかいた。喋りだすと調子は狂うが、この方こそ自身が命を捧げて祈った方だ。きっと、人間には珍しい程の、清廉潔白な依代なのだろう。
「なぁ、キング!期末テスト前だ、周りはなりを潜めちまってクソ面白くねぇな!」
キングの取り巻きのハリソンが愚痴った。イエローのビーニー帽を被り、アフリカ系ヒップホップファッションを真似た白人少年だ。
「おい馬鹿ハリソン、獲物どころじゃねぇんだ。キングと俺は次赤点だったらやべーんだよ。」
同じく取り巻きのコリンが制しても、ハリソンは冷やかした。
「それが?なんか怖いことか?なぁキング、マドンナのドナ=ジョーも死んで学校には来ねぇし。ここいらはキングの縄張りだろ?犯人探してぶちのめしてやろうぜ!」
大柄で逆三角形のマッチョマン、強面のボス、キング、こと、ワイアット・ジョーンズは、タンクトップにジーンズ、それだけで彼の筋肉美が最大のアクセサリーになった。
仲間に新しい大型二輪を自慢しにきていたが、彼の胸中も複雑だ。次赤点をとったら、休暇に講習会に行くはめになるし。ドナ=ジョーには一度フラれたが、キングはまだまだ彼女を好いていたのに、惨殺されるし。縄張り争いを言い訳に犯人を探してぶちのめしたいのは、マジな話だ。
「チッ。犯人をぶちのめすには、探す日数がかかるし、期末テストでギリギリ点をとらねえと、自由が奪われる。もやし共の真似してでも家で勉強するしかねぇな。それが終わってから俺の縄張りを知らしめてやるぜ。」
ハリソンがわめいた。
「はぁーッ!?最近舐められ過ぎだぜキング!勢いはどうした?勉強なんか忘れちまえよ!」
「てめぇ、生言ってんじゃねえ!!一人で退学でもしろ!!」
キングの八連コンボがハリソンに炸裂し、ハリソンはその場に倒れた。失神したようだ。
「さすがだキング!学生時代あってこその自由だもんな。そのかっこいい大型二輪だって、自慢出来る仲間がいなかったら泣くね。期末テストに向けて、柄じゃあないが頑張ろうぜ。」
コリンは美男子で、タイダイのシャツを羽織り、下にはタンクトップと、首に下げた金のチェーン。決して馬鹿っぽくは見えないが、成績は底辺だった。
「あぁ。今日は解散だ。特に歴史……クソ、冗談じゃねえがな……」
キング達が解散し、キングは自慢の大型二輪を走らせて自宅の駐車場に停めた。
キングの家はオーエンやドナ=ジョーの住むような、ちょっと貧しい借家ではなくて、中流家庭の立派な一軒家だ。
「ローレンスッ!!貴方はどうしてそうなのよッ!!この家には愛が無いんだわ!!もう、出て行って!!」
「君は誤解してるんだジル!アニーとは何も無い!!」
しかし、玄関を開ければすぐ夫婦の口論の声。キングはうんざりしながら、両親を黙らせに行った。
しかし、言葉は頭の中で真っ白になり、乱暴に怒鳴ることしか出来ない。
「うるっせぇぞ!!ガキの期末テスト期間ぐらい静かに出来ねぇのか!?」
両親は慌てて下手に出て、媚びを売った。
実際には息子に愛があるのだろうが、キングの悪癖の暴力を防ぐ為に、取り繕うのだ。
「まぁ、ワイアット、おかえりなさい。」
「バイクは気に入ったか?期末テスト期間……俺が勉強を見ようか?」
「ローレンス!うちのワイアットの父親ヅラしないで!貴方は愛人の子でも見てなさいよ」
「ジル、それは違うんだッ!!」
キングは母親に歩み寄り、容赦なく殴った。そうしなければ、夫婦喧嘩を止められなかった。
「きゃああ!!」
「マッマ!やめなさいワイアット!!」
父親が母親を庇いに出た。
キングは、両親を愛してる。怨みもあるが、仲良くして欲しい。
しかし、態度は心とは裏腹に、口から出るのは恨み言ばかりだ。殴りたいのでは無い。言葉が、出ないのだ。
「余計な発言だババア!私怨で俺を巻き込むな!!てめぇだって親父の不倫のストレスからヒステリーで俺を殴ってきた癖によ。どっちにも親の資格なんざ、とうにねぇんだよ。」
両親は空気を変えようと、媚びへつらってニコニコ、ニコニコ作り笑いした。
「ごめんなさいねワイアット。今日はハンバーグを作るわ。たくさんおかわりしてね。」
「ワイアット……勉強煮詰まったら、いつでも呼んでくれよ。」
「いいから黙ってやがれ。入るんじゃねーぞ。」
キングは自室に入って鍵を閉めた。
キングの部屋は意外と質素で、飾られた赤いエレキギターと、クリスティーナ・アギレラの映画バーレスクのポスターが貼ってあり、大きなダンベルの占める場所、そしてベッドと机と椅子だけ。
クリスティーナ・アギレラの歌はYouTubeでも聴けるから、アルバムもしまわれているし。
映画は大好きで、暗記するまで観るから、こちらもしまわれている。
質素。
いや。
あえて幼さを封印したのだ。
幼い頃に彼が集めていた鉄道のおもちゃは、見たくないからしまい込んだ。一部、母親のヒステリーで破損し、幼いながら恐怖し、その頃から彼は夢見る子供では無くなってしまった。
鉄道に夢を与えた父も、愛人の家の赤ちゃんを世話していて、なかなか帰って来なかった。
そして、母親の暴力はーーーキングが受け継いだ。
キングは真面目に椅子に座って机に教科書とノートを広げたが、30分と経たないうちに、頭から火が出そうに知恵熱を出した。
勉強は本来やらないのだ。
しかも、センコーに念押しされたのは歴史だ。
キングの歴史の成績は底辺だからだ。
知るか。
中国なんてジャッキー・チェンがわかりゃそれでいいだろ。あの喧嘩に滅法強いお人好し。
先史オリエント?
ゾロアスター教?
知らねぇ!!!
昔は昔、今は今だ。
終わり。
……そうもいかないのか。
「彼です。」
スプンタ・アールマティは庭先で潜むアーラシュにキングを示した。
「こりゃ、随分違うタイプを選ばれましたね。」
「彼自身の悪には幼い頃の被害が関与しています。環境が生み出した乱暴者、というところでしょうか。ですが、親は親、子は子。わたくしが更生し、親とは違う良い人生を歩んで欲しいのです。」
アーラシュは冷や汗をかき、どこまで止められるか考え、無駄な足掻きとわかりつつ、止めた。
「アールマティ様。彼には学校での立場があります。暴力的とはいえ力で秩序が保たれている。それに、親しい友人も幾らかいて、いきなりアールマティ様が降りられては」
「御託はいりません。わたくしは行きますアーラシュ。貴方は10分経ってから、友達のカマンガー君として、玄関のチャイムを鳴らしなさい。」
アールマティが消えてしまい、アーラシュは苦言を呈した。
「やれやれっと。困った女神様だ。」
キングは夢の中にいた。
夢の中でまで寝ていて、目を覚ました。暗闇の中で浮遊している。
まだ夢だ。
知恵熱のせいだ。
ハイスクールに入る為の受験の時はもっと酷かったが、幸いあの頃で慣れた。
「寝ちまったか……起きねぇと……」
そこへ、光が差した。
「!?」
光は増していく。眩しいくらいだ。
キングだってカトリック信徒。ここまで来たら、色々予想はする。
「まさか……啓示!?」
眩い光差す中、美しい白衣の女が、空から降りて来た。
その神々しい光景に、ひれ伏さぬ者があろうか。キングは慌ててひれ伏した。
「天使……いや、聖母様!?」
アールマティは慈愛に満ちた眼差しで微笑んだ。
「天使でもあり、聖母とも呼ばれます。わたくしは、大地母神なのですから。」
キングは教会で祈る時みたいに拝んだ。
「聖なるお方が、何故俺のような喧嘩っぱやい奴に降臨めされたのかわからねぇが、ご神託ならバイブルを書くし、聖人になれと言うならなります。」
アールマティは素朴な態度を好ましく思った。
「心の中では、素直な気持ちが、話せるのですね。それは美徳ですワイアット。ですが、貴方は環境の苦難を経て、暴力的になってしまったことは、わかりますね?」
「はい。俺は罪深い野郎だ。でも、俺には力しか対抗手段はありません。言葉は口下手だ。俺なりに、正しい事であっても、未だに言葉で解決出来ねぇ。なんでか、頭が真っ白になって、口からは恨み言ばかりだ。こんな自分は嫌だ、違う生き方を知りたい。」
キングは悩んでいたが、母親から習ったことは、恨み言と暴力だけだった。
「ならば信じなさい。わたくしはスプンタ・アールマティ。大地を司る慈愛の天使です。わたくしが貴方を導きます。ワイアットよ、わたくしに身体を預けなさい。そのうち貴方はわたくしから学び、言葉も達者になり、言葉で解決出来るように更生するでしょう。元々根は真面目な子、貴方なりに、秩序を保ってきたのですから。貴方は、暴力に身を任せた母親と、違う道をゆくのですよ。」
キングは神聖な天使の慈悲に涙を流し、了承した。
「はい。はい……!この身を委ねます……!!」
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