4-〈1〉
日曜日。
オーエンは介護施設のプールの清掃アルバイトに行った。
「綺麗な靴だね。とても、君に似合うよ。」
デッキブラシで擦りながら、オーエンはあの日ドナ=ジョーに言い出せなかった言葉を思った。
「靴?あぁ、この靴みたいなサンダルね……ありがとう。でも、ごめんなさい。ややこしいわよね。」
きっと、ドナ=ジョーはそう言う。
サンダルか靴かは、メンズのオーエンには難しい解釈で。
だから、言わなかった。
プールを洗いながら、過ぎった。
ドナ=ジョーのお葬式は、家族内のこじんまりとしたものだったが、オーエンは招待されたのだ。
おかげで、棺の中にいる綺麗なドナ=ジョーに、最期にまた会えた。
「主よ、慈悲深き天の父よ。この若くして失われた魂を、どうか貴方様の身元へ導いてください。」
神父様の祈祷が、長々と続き、やがて男手で穴を掘り、棺を埋めた。
さようなら、ドナ=ジョー。
僕の愛した君。
ドナ=ジョーの家族に食事に招かれた。
ドナ=ジョーの家族は、寡黙なお父さんと、涙ながらのお母さん、真顔のイカついお兄さんと、泣かないマイペースな妹さん達だ。
食卓で、オーエンは尋ねた。
「本日は、大事な友達であるドナジョーとの別れに、招待していただいて。ありがとうございました。」
「あんたを呼ばなきゃ、ドナに叱られちまうからな。」
スキンヘッドの兄、セオドアさんが告げた。
お母さんは、涙ながらに肉料理を切り分けてオーエンに渡した。
「ドナ=ジョーは貴方に夢中だったわ。いつも、わたしを支えてくれた優しい子。でも、頭の回転の遅い子で、未提出の課題が増えてく一方。あの子は、賢いオーエン君に恥ずかしくないように、少しでも課題を減らしてから近づきたいって……でもオーエン君が具合が悪い日は、さすがに話しかけたみたいね。もっと積極的な子だったら……私は賛成だったの。もっと頻繁に夕食会をして、家族と同様にオーエン君にお肉を切り分けて……ああ、悲しいけれど最期に叶ったわ。ほ、本当なら、ドナがお手伝いした、マヨネーズのサラダが……並ぶはずだった……」
オーエンは涙腺が持ち堪えられず、涙ながらに肉料理を頬張った。
最後だけど、本当はとても身近だった人達。
「そうなっていたら、僕はきっと有頂天でした。僕は、遠くからドナ=ジョーを見ていただけの……彼女は高嶺の花で、だけど、優しくて……」
ドナ=ジョーがいないプール清掃は、時間も二倍かかった。
ホースで水を流す時、オーエンは異変に気づいた。
水の溜まる排水溝に、大量の髪の毛が絡まる。
髪の毛なんて、短髪のオーエンでもないし、掃除中落ちていた訳でも無かった。
介護員からおじさんがやって来た。
空は、暗がり初め、降り始めた雨足は強くなり、雷が鳴っていた。
「なぁ、アルバイト君や!街にまた怪奇現象だぞ!悪霊が出たから!仕事どころじゃない、君も、タイムカードを切っておくから、早く逃げなさい!」
排水溝から、髪の毛が伸びて、おじさんに向かった。
「ああ!!」
「危ない!」
オーエンはデッキブラシで髪の毛を縛り上げ、抑え込む。
「先に逃げててください!」
「すまない!我々は近くの教会に行くから!いいか?街には行っちゃいかんぞ!」
オーエンは街に向かおうとし、思い直した。
イライジャを呼ぶべきだ。
それに、ミカエルやラジーにも、一般人をお願いしたい。
皆思うことはひとつだったのか、スマホを使うまでもなく、オーエン宅前の交差点で、オーエン、ミカエル、ラジーは鉢合わせた。
「街に行くよ。力を貸して、皆。」
オーエンに、ラジーが頷いた。
「僕も街に行くよオーエン。騒ぎで仕事は早上がりだし、カリオストロの糸で市民の幾らかは助かるでしょうよ。」
ミカエルはオーエンに告げた。
「オーエン……あんた、イライジャのことは?」
「ドナ=ジョーのことを、吹っ切れた訳じゃないけど……約束だから。イライジャを呼びに行く。一緒に戦わないと。」
「……なら、急がないとね。」
「ミカエル?」
「オーエン。街に現れたのは善神群アムシャ・スプンタと悪神群ダエーワ。彼らの標的ーーーたった一人で戦っているのは、イライジャよ。仲間もみんな敵に回して。あたし達サイドの仲間が、善神群を抑えようとしてるみたいだけど、数が数だわ。」
「そんな……イライジャ……どうして?悪神群はイライジャに従うはずだろ。」
「それは、自明の理よねオーエン?悪神群が従うのは悪神のイライジャであって、貴方を助けるイライジャじゃあないのよ。」
アジ・ダハーカだ。イライジャは仲間を殺している。
それに、あの日の戦いは、イライジャはオーエンを殺そうとは、しなかったじゃないか。
やられっぱなしだったイライジャは、相応しくないと思われてしまったんだろうか。
「オーエン、貴方が行けば善神群だけでも止められる。さぁ、あたしのバイクに」
「間に合え……ッ」
オーエンは走り出した。斜面も屋根上も。
ミカエルは腕を組んだ。
「そぉよね。ラジー、乗ってく?」
「よろしくね〜。」
コロンビアの繁華街。
ビル群は善神群と悪神群の乱戦状態にあった。
「いやぁぁぁッ!!」
イライジャは善神群のアシャ・ワヒシュタの一撃をすり抜けて腕の刃で反撃するが、そこを背後から悪神群のアエーシェマにステッキで叩きのめされ落下し、叩き込む女悪魔ジャヒーの鞭に縛られ、引きずられ、何とか腕の肉ごと鞭を切り裂き、猫背の姿勢で距離を取った。
「悪神群が仲間割れしているうちに、俺たちでトドメを!!アールマティ、支援してくれ!」
善神群アムシャ・スプンタは、こちらでも意見の対立があった。
突撃する銀の全身鎧に金髪の青年に対し、浅黒い肌にゴリラのような筋肉質、首に金のチェーンを提げ、黒いタンクトップの男が、彼のイライジャへの攻撃を棒術と空を移動する雲で阻むのだ。
「何故阻むのだ、ウォフ・マナフよ!!」
「おい。やめろよ。善神のダチだろ、こいつは。」
動物界の統治者ウォフ・マナフを宿せし、孫悟空である。
聖なる火の守護神アシャ・ワヒシュタは、悟空に剣で打ちかかった。
「善神様の友人であろうが!彼は善神様の育て親を殺害し、愛する人を殺しているんだッ!!世界の秩序を守るため、排他すべき悪である!」
大地の守護神スプンタ・アールマティは英雄アーラシュを率いて、自身は様子を伺っている。
「女神よ。善神様は悪神との対立を望んでいない……と。」
「ええ、そうです。悪神側も、善神様への刺客を殺した……悪神の実子、アジ・ダハーカを殺害しています。」
「友情で乗り越えるのでしょうか。……地獄と天国。両者必要ならば、俺が国境を作りましょうか?」
「いざとなれば……そうなるやも、しれませんが。」
金属・鉱物の守護神クシャスラは、逸る善神群の戦士アシャと、ウォフ・マナフの激突に肝を抜かしながら、書類の束を抱えて駆け回る。
「アフラ=マズダ様の王国の見直し!?わたしはもう完成させていたのに!!」
アフラ=マズダ王国の建築図案やその後の悪神群の処遇の書類を抜き出し、バタバタと新しい制度を書き込みながら、慌てて手を止めた。
「せいてはいかん!まだ、アフラ=マズダ様のご意見が無いのだ!」
天の王権を象徴する。アフラ=マズダによる善の王国建設に尽力するのがクシャスラの役割だ。
マスコミは天候に負けじとカメラを回した。
「音声!彼らの発言を拾えるか?」
「この豪雨ではとても!」
水の守護神ハルワタートと、植物の守護神アムルタートは、力を合わせて地上に降雨をもたらし、人々を遠ざけていた。
イライジャを襲うのはアシャ・ワヒシュタだけではない。
悪神群ダエーワだ。
「やはり、やはりだッ!オーエン・テイラーを始末するとだけ挑発した程度で、悪神様がわざわざ街までおいでになられるとはッ!!」
アエーシュマ、怒りと欲望を司る悪魔だ。ここでは19世紀の紳士の姿をし、イギリス訛りで語っている。彼らは霊的な存在であり、人間の依代により、姿形は変わるのだ。
「まぁ、おいたわしいお姿ですわ、アンリ・マユ様」
「お前も仲間割れしに来たくせにか?」
美しいガーターとボンテージの女がイライジャをからかった。
「まぁ、悪神様。お戯れはお辞めになって。あたしたちは腑抜けた貴方様に、善神との決着を覚悟していただく為に、あえて牙を剥きますのよ。」
ジャヒー。
女悪魔、売春婦の支配者。女性に月経の苦しみを与えたとされる。
ビル群の側面を走り、跳躍しながら、徐々にイライジャは追い詰められていく。
ジャヒーの鞭が特に厄介だ。
その時、イライジャを護衛する側の悟空が本能的に悟った。
「下がるな!罠だ!」
「え」
イライジャは飛び込んでしまった。
そこで、液状のボールに閉じ込められた。
アエーシェマとジャヒーの作ったトリックに陥ったのだ。
仕掛けられた小型魔法陣がイライジャを探知した途端拡大し、イライジャを液状のボールに閉じ込めてしまった、と言える。
脱出しようと、内側からボールを叩くが、ボールは割れない。
「クソ!!」
「わたしがメソポタミア文明から学んだ、エンキドゥ救助派の研究ッ!!神にしか効かない技術が、まさか本当に使用する日が来ようとは……これは、我々がアンリ・マユ様の為に介入したと考えていただきたいッ!!」
「計算通りなら、悪神様はもう、エネルギーが切れるわ。このトリックは、最大出力にでもなられない限り、破れっこないはずよ。」
「元から俺を閉じ込める気で……おい!何をする気だ!?」
アエーシェマとジャヒーは薄く笑った。
「味方は悪神様の大事な人間に入れますわ。決戦までに、また殺されては、困りますもの。」
二人は立ち去り、イライジャは勘づいた。
「陽動か!まだ、悪魔がいる……アミナ!アルブレヒト!!」
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