第3話 お茶会。
久しぶりにラウリー伯爵家にお邪魔する。
6月。バラが咲き乱れている。
本当に久しぶりだ。
「リディアお姉様!」
ベルの末の妹のアニエスが走ってきてしがみつく。
「あら、アニエス、久しぶりね。すっかりお嬢さんになったわね?」
「ええ、そう?」
嬉しそうにくるりと回ってみせるアニエスは、今日は真っ赤なワンピース。黒髪に映える。
「バラの妖精かと思ったわ!」
そう言うとにっこり笑った。かわいい。7歳になったのね。
アニエスと手をつないでバラ園を歩く。
「ベルお兄様は今日はデートなんですって。」
「まあ、そう。」
「驚かないの?リディアお姉様?」
「ん?」
「なんか最近私と遊んでくれないし。寝る前に本は読んでくれるけど、たまに夜遅いのよ、帰ってくるの。」
「そう。いろいろ忙しいんでしょう?」
むううっ、とふくれる姿もかわいい。それに…ベルはあんなにイキガッテいるのに、ちゃんと妹に本を読んであげるんだ。ふふっ。
デートか。また1年生かな?
来るもの拒まず、去る者追わず…ねえ。忙しいこって。
私の妹のアンジェリクは朝早くからおしゃれして、薄いピンクのワンピース。ベルの弟のシリルと並んで散歩している。中等部2年生の妹の一つ下。昔から仲良しだ。
…私たちも、あんな感じだったのかしらね…。
お茶を頂いて、お母様たちは世間話に花が咲いているし…私はアニエスに本を読んでってせがまれて、いつものガゼボで本を読む。騎士がお姫様を救い出して、恋に落ちる話。
穏やかな時間。
風に乗って、バラの香りが漂ってくる。
*****
「お母様?」
「なあに、リディア?」
食後に、両親ともに揃っているところで切り出す。妹は疲れたのか、早々に部屋に戻った。
「アンジェリクのことなんですが…あんまりシリルと仲が良すぎて心配です。」
「え?」
「あの子たち、好き合っても…シリルはどこかに婿に入るだろうし。」
「まあ…まだそんな先のこと心配するのは早くない?どうしても、って言う場合には、シリルが文官にでもなればいいんだし。それに、初恋なんて実らないものよ?あなたとベルだって仲良かったけど、大人になればそれなりの距離感でしょう?ベルなんかモテモテらしいじゃないの?」
「…お母様?」
「そうそう、あなたベルと同じクラスよね?どうなの?最近のベルは。なんだか年頃の男の子はわかりにくいって、エリザベトが悩んでいたから。」
「おばさまが?」
「ええ、帰りも遅かったり…変な女に引っかからないか心配しているみたいなのよ?」
「…まあ、そんな年頃なんだ。」
「まあ!あなた!」
ぼそっとつぶやいた父が、母に言い寄られている。
…そうなんだ。お父様にもそんな時期があったんですね?
「まあ、うちはアンを政略に使うような気もないしな。そんな必要もない。」
「お父様…。ええ…それなら…。」
「それよりお前、誰かいい人いないのか?」
「え?」
「いや、ほら…学院とかにも次男やら三男やらはたくさんいるだろう?」
「…ああ。私、勉強があるので部屋に戻りますね。」
「リディア?」
矛先がいきなりこちらに向かったので、急いで部屋に戻る。
うちの両親は、見合いだ。政略、というほどではないらしいが。
でも、仲良くやっている。そんなこともあるんだろう。うまくいかないところもあるとは聞くけど。
友人のマルゴは家同士が決めた相手だが、尊敬できるいい人だと言っていた。
ベルトランの家は…ベルトランが小さい頃に彼の実のお母様が亡くなってしまって、行儀見習いに来ていたエリザベトおばさまが、おじさまに乞われて、後妻に入ったらしい。小さい頃はおばさまとベルが仲良しだったので、思いもしなかったが…。兄弟仲もいいし。髪色が弟妹と違うのだって、ベルはおじさまに似たんだとずっと思っていた。
「誰か、いい人、ねえ…」
リディアは自室で机に向かい、広げた教科書に向かって独り言を言ってみる。




