第1話 ガリ勉メガネブス。
「おい。」
「……」
「おい、そこのガリ勉メガネブス。お前だ。」
「なによ?ベル?なんか用?」
「返事してんじゃねえよ。認めてんのかよ?」
2年Aクラスの教室は、昼休みになると人も少ない。
今の今、私を呼んだベルトランが、自分で言った言葉に、自分で傷ついているのを呆れて眺める。最初のころは、ブス。そこに、がり勉が付き、眼鏡に対しての謗りも入った造語になったわけね。なるほど。
「だから、何か用なの?」
私が授業中からこっそり読んでいた冒険小説には、参考書のカバーが付いている。貴族用の学院の高等部では、お昼休みともなると、それぞれ自分の婚約者と昼食を取ったり、気のある人にお弁当を差し入れたり…女の子は皆、マメである。
ここで、自分の発言を顧みているベルトランも、女の子たちにお弁当がもらえるくちだ。本人曰く…食べきれないほど貰うらしい。
…まあ、婚約者のいない伯爵家嫡男だから、無理もない。しかもうちと同じ伯爵家と言えど、歴史も財産もあるラウリー家だ。ベルは見目だって悪くはないが…高等部に入ってからシャツはだらしなく襟元が空き、ネクタイも緩み切っている。
今頃…反抗期なのか?
高等部デビュー?ってやつ?
小さいころから知っているが、可愛らしい少年だったがな。
まあ、その頃からは想像つかないほど背も伸びた。
わざと?ぼさぼさにしている髪は、金髪くりくりでこれは変わらない。伸びた前髪が邪魔なのか、時々かきあげている。悪ぶっているのか、何も考えていないのか、私のお隣の机に腰を掛けている。
「今度の日曜にお茶会やるから、たまに来いってよ。伝えたからな。」
「あら、おばさまが?でも…あんたの恋人が嫌がるだろうから遠慮しとくって。」
「…ああ、それなら心配ない。先方さんからふられたから。」
「…また?」
「来る者は拒まず、去る者は追わねえって言うの。」
あんなに熱烈に好き好きアピールしていた子爵家のご令嬢、なんて言ったっけ?エマちゃん?
休憩時間も放課後も、教室のクラスメイトより顔を見たかも。1年生なのに、走って2年生の教室まで来てた。かわいい子だったのに。キャラメル色の髪がふわふわで、おめめぱっちりで。
なんだか知らないけど、ベルトランの腕にしがみつきながら、いつも私を睨んでたなあ…。
その前は、上級生の大人っぽい女の人。
その前は同級生。
その前は…。
1年生の時は特に上級生に大人気だったなあ。
忙しい奴だ。
今も、教室の入り口にベルトラン目当ての下級生がたむろしている。
おばさまからの伝言だけ伝えて、ベルトランが待っている女の子たちに向かって歩いていく。
「きゃあ、ベル様!今日は私、お弁当を作ってきましたの。」
「なによ。私の手作りのお昼を一緒に食べましょう!」
ざっと5人ぐらいはいるだろうか。
「おや、みんな一緒に食べたらおいしいよ。中庭に行こう?」
(そんなわけあるか!)
会話には口を挟まないが、実はそう思った。まあ、どうでもいいけど。
「リディア…あの人は相変わらずね?」
「ああ、マルゴ、お昼にしよう。」
級友のマルゴと机を並べて、お弁当を開く。マルゴの婚約者はうんと年上なので、気を使わなくて済む。
「それにしても…あの言いようは無いわ。あんたももうちょっと怒りなさいよ?」
「あ?」
まあ…勉強は頑張ってきたし、本を読むのも好き。おかげで眼鏡生活になったけど。
こげ茶の髪は邪魔にならないように一本に縛っている。家はそう大きくもない伯爵家だが跡取り娘なので、婿取りを急ぐ気はない。変な男に引っかかって財産を食いつぶされたりしたら、領民にもご先祖様にも申し訳ないから。
さすがに15歳を超えたあたりから縁談がちらほら来ているようだが、父がうまくかわしてくれている。
「まあ、がり勉だし。眼鏡だし。美人でもないから、そうそうは間違ってもいないのよね?」
「は?自分で肯定してどうする?」
マルゴが呆れた顔で私を見る。




