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緋の鏡 ~その血は呪いを呼ぶ~  作者: 朝陽ゆりね
第2章 動き始めた呪い
9/25

 時間は少々遡る。


 何事もなくアルバイトを終えた克弥は、夕方、その足で菜緒子の家に向かっていた。


 気になってメールをしても一向に返事が来ないのだ。電話をしても取る気配がない。留守電に入れてもそうだ。


 まったく音沙汰がなかった。心配で、思わず自宅の電話を鳴らしてみると、母親が出て、伏せていると答えた。部屋に籠もって出てこない上、電話にも出たくないというのだ。


「氷室です。すみません、突然押しかけまして」

「いえ。わざわざすみませんね」


 玄関から出てきた母親に向け、礼儀正しく挨拶をする。母親は困惑を浮かべながら中に入るよう促した。


「それで、菜緒子さんの様子はどうなんですか?」


 母親の顔は強張っている。よくない状況だということはすぐにわかった。


「それが……ヘンな夢を見ると言って怯えてしまって」

「夢ですか?」

「えぇ。呪われるって言って。どうしようもないの。寝るのが怖いって、起きているって聞かないのよ」


 克弥は母親の言葉に自分の夢を思い出した。


(呪われる――夢)


「さっきも少し寝たみたいなのだけど、また夢を見たって叫んで……やっと少し落ち着いたところなのよ」


 二人は階段をのぼり、菜緒子の部屋の前に立った。母親が扉をノックする。


「菜緒ちゃん、氷室さんが心配してお見舞いに来てくれたわ。開けるわよ」


 ドアノブに手をかけた母親の仕草を見て、克弥も歩き出そうとした。だがそれを強烈な怒声が制した。


「いや! 会いたくない! 帰ってもらって!」


 声が裏返って、掠れるまでの怒声が轟いた。克弥は菜緒子の言葉に驚いて目を剥いた。


「菜緒子!」


 母親が慌てて中に入る。対して克弥は立ち尽くして動けなかった。わずかに開いた扉の隙間から、母親の背が見えた。


「なんてことを言うの。せっかく来てくださったのに」

「いや! 絶対、会いたくない!」


 昨日は、別れないし嫌いにならないと言えば、落ち着きを取り戻して喜んだというのに、たった一日でガラリと変わっている。克弥は堪らず部屋の中に入った。


「菜緒子」


 克弥の声に菜緒子はハッと顔を向け、それから物凄い形相で睨みつけた。


「出てけ! 悪魔! 疫病神! お前のせいで呪われたじゃないか!」


 強烈な罵声に克弥は硬直した。菜緒子の変貌はもちろんだが、なによりも彼女の目に衝撃を受けた。


 憎々しげに睨みつける目は尋常ではない。本気で克弥に敵対心を向けている。


「出てけ! 出てけ――――!」

「菜緒子、やめなさい!」


 母親が体を張って止めるのも聞かず、菜緒子は手に触れるものを掴んで克弥に投げつけた。


「こいつのせいで呪われたのよ! ろくでもないモノ渡しやがって! 帰れ!」

「菜緒子!」

「帰れ! 帰れ!」


 ヒステリックな菜緒子の怒声と、彼女を止めようとする母親の悲鳴にも似た叫び声を聞くと、克弥は「失礼します!」と叫んで部屋を飛び出した。


 背に母親の声がするが、振り返ることもできなかった。


(そんな! だって)


 わけがわからないまま、克弥は菜緒子の家をも飛び出し、走った。


(なんで? どうしてだよ!)


 誕生日の夜、うれしそうに笑っていた菜緒子。互いの気持ちを確かめあったはずなのに、なぜいきなりこんなことになってしまったのか。悔しさと悲しさで泣きたくなった。


(ちくしょー!)


 胸の内で叫ぶ。必死になって走る克弥は大事なことに気がついた。立ち止まってすっかり暮れた空を見あげる。


(だけど実際問題、どうすればいいんだ? このまま別れなきゃいけないわけ? よくわからない理由で)


 ギュッと握り拳を作る。


(そんなのイヤだよ。こんなに好きなのに。なにもできず、ただ黙ってあきらめるしかないのかよ。菜緒子!)


   ***


 ひたり、ひたり――


 血が滴っている。

 暗い牢獄を思わせる中で、醜く汚れた着物姿の女が座り込んでいる。

 右手の人差し指は第一関節から先がなかった。噛み千切られているのだ。

 女はその指を、なにかに押しつけ、ブツブツと呟いている。そのなにかは見えなかった。


――呪ってやる

――恨んでやる

――祟ってやる


 真美は目を覚ました。ゆっくりと体を起こす。なんとも気持ちの悪い夢に、両手で顔を覆った。


(うわっ、最悪な夢だった。なんだったんだろ、あれ)


 時計を見ると夜中の二時だった。真美は起きあがって台所へ行き、冷たいお茶を飲むと再びベッドに潜り込んだ。


(勉強しすぎ? うぅん。受験生なんだから当たり前。早く寝ないと! 明日も予備校は終日缶詰めだから、寝不足じゃモタない)


 真美は再び眠りについた。


――呪ってやる

――恨んでやる

――祟ってやる


(え?)


――呪ってやる

――恨んでやる

――祟ってやる

――呪ってやる

――恨んでやる

――祟ってやる


(うそ)


――呪ってやる

――恨んでやる

――祟ってやる

――呪ってやる

――恨んでやる

――祟ってやる

――呪ってやる

――恨んでやる

――祟ってやる


(また同じ夢? 続き?)


 真美は目を凝らし、乱れた髪の女を見た。その女が血まみれの指をもう片方の手の中にあるなにかに押しつけ、呟いている。


(あれは、なに?)


 そう思った時だった。女が手を止め、顔をあげた。


(!)


 恨めしそうな目でこちらを見ている。真美は夢の中で息を呑んだ。


――呪ってやる

――恨んでやる

――祟ってやる


 女の口が動いた。


(恨むって、なに? どうして? こっち、見ないでよ!)


 真美は必死で叫んでいた。


(あんたに恨まれる覚えはないわよ!)


 女の口が再び動く。


――絶対、幸せになんか、させるもんか。あたしをこんな目に遭わせておきながら。


 女の目がギラリと憎々しげに光る。


――恨んで恨んで、恨み尽くしてやる。幸せになんか、絶対、させない!


 真美は目を覚ました。汗だくになりながら、ブランケットを握りしめていた。


(なに? 今の夢。気持ち悪い!)


 体を起こし、もう一度夢を思い出してみる。


(夢だから考えても仕方ないんだろうけど……でもあんな夢を見るようなテレビも映画も見てないのに。あの女の人――幸せになんかさせないって、どういうこと? うえぇぇ、吐きそう。マジ、気持ち悪い)


 それから眠れなくなった。夢の内容が頭から離れない。女の声、言葉、目、表情、そのすべてが真美の脳裏に蘇り、寝ようと思うほどに頭が冴えた。やがて起きなければならない時間になった。真美はノロノロと鈍い動作で予備校に行く準備を整え、家を出た。


 電車に揺られ、目的の駅に着く。階段をおりようとした時、真下の姿を見つけた。


「あ、真下!」


 彼の傍に行こうとした時だった。突然、目の前が暗くなり、夢で見た血まみれの女の姿を見た気がした。


(呪いの女!)


 だが真美を驚かせたのは、前が暗くなったからでもなければ、夢の女を見た気がしたからでもなかった。女の手の中にあるのが、兄から貰った手鏡だと思ったからだ。


 その瞬間、真美は階段を踏み外し、悲鳴をあげながら転げ落ちていった。


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