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 一週間ほどが過ぎた。


 菜緒子の様子は変わることはなかった。折を見て何度か自宅に電話をしたのだが、菜緒子の様子は小康状態で、部屋に閉じこもって出てこないとのことだった。


 当然会いに行くこともできなかった。母親の口調は暗く、精神科医のもとへ行くことになったと告げた。


 克弥の心も暗かった。


 とはいえ鏡を捨て、祈祷をしてもらった日から、克弥自身はあの夢を見なくなった。


 真美は寝苦しくてスッキリしないとは言うが、あの呪いの言葉や女の夢は見なくなったと話している。


 なぜ菜緒子だけが今も夢を見続けているのか、克弥にわかるはずもない。そもそも手鏡は捨てたのだ。なのに、なぜ――


「あ、克弥君、ちょっと」

「はい」


 呼ばれて伊倉のもとに歩み寄る。そして彼の手を見てギクリと凍りついた。


「克弥君の恋人、今頃、困っているんじゃないの?」

「……あ、あの」


 伊倉の手にあるのは、あの小さな手鏡だった。朱色地に花鳥風月の彫り物。見紛うはずもない。


「ついさっき、売りに来られたんだけど……」

「売り?」


「どこかで拾ったんだろうけど、本人は家の納屋から出てきたと説明していた。嘘だとも言えないから、ちょっとうまくかわして安く叩いて買い取ったんだけどね」


「かっ、買い取ったんですか?」


「君が恋人に渡したものだからねぇ。きっと彼女さん、困っているんじゃないかと思って。いいんだよ、仕入れ値はどれも安いんだから」


 克弥はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「正直に言って渡すのもいいし、上手に鞄に忍ばせて知らんぷりってのもいいんじゃないかな?」


 伊倉は微笑んで、克弥に手鏡を渡した。


「店長――」

「いいんだよ、気にしないで」


 克弥の顔が引き攣っていた。手の中の手鏡を愕然と見つめる。


(じょ――冗談じゃない!)


 手鏡を見つめながら克弥はこぼすように言った。


「店長、この手鏡を五千円で売っても元は取れているし、事情があるって言ってましたよね? どんな事情なんですか? 差し障りがなければ教えてもらえないでしょうか」

「え? あぁ、手鏡の経緯ね」


 伊倉は微笑み、克弥の手の中にある手鏡に視線をやった。


「その手鏡、良家の家の庭から出たと話したが、それを裏づけるように、かなりの細工物だ。それでけっこういい値で売れるんだけど、なぜかまた戻ってくる。この店を興したのは祖父母だが、そんな以前から何度も繰り返してね」


「戻ってくる?」


 伊倉は、うん、と頷いた。


「いいものを手に入れたから金になるかと持ってくる。仕入れ相場で買い取って、店に並べたらすぐ売れる。しばらく……具体的にどれくらいの期間かまでは覚えていないけど、またいいものが手に入ったが、金になるかと持ってくる。仕入れ相場で買い取り、また売る。そんなことを何度も繰り返したんだよ」


「何度もって、同じものが出戻ってくるんですか? この手鏡が?」


「持ってくるのは違う人なんだけどね。あ、一度、聞いたことがあったっけ。この手鏡、どういう経緯で手に入れたのかとね。その人は、知人から譲り受けたと言っていたけど、その知人とやらは妻に贈ったが、気に入られなかったから返され、自分が持っていても仕方がないからやろうと言われたと説明してくれた。手鏡を使ってくれそうな目ぼしい女性はいないし、貰っても仕方ないから売りにきたと言うんだ。少々、先立つものが必要だから、とね」


「…………」


「だから何度も繰り返すうち、その手鏡でけっこう儲けたんだよ。しかも、最初にウチが扱うようになったのも、同業者の夫婦からタダで譲り受けたと聞いている。理由は聞かなかったそうだが、いらないと言うものだから、ありがたく貰ったんだと祖父は話していたねぇ。その手鏡がどうしたの?」


「いえ、なんでも」

「克弥君、今日はもういいよ」


 そう言われ、帰り支度を始めた。どこかその辺りのごみ箱にでも捨てようと心に決めた。一秒でも持っているのが嫌だった。


(絶対捨ててやる! こんな手鏡!)


「じゃあ、店長、失礼します」

「うん、ご苦労様」


 挨拶をして克弥は店から出た。


「あ、すみません」


 よもや客が店の前に立っているとは思わず、ぶつかりそうになって謝った。


「氷室克弥さんですね?」

「え? あ、はい」

「あなたにお話があってご自宅に伺ったら、こちらだと教わったもので」


 克弥は驚いてそこに立つ女の顔を見つめた。面識はなかった。だが――



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