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第1話

 二月中旬、ヴァレンタインの日。

 昼休み、体育館裏。

 

 私は一人、“彼”を待っていた。


「一人で来てくれるかな?」


 一人で来て欲しいとは、伝えていない。

 不自然だから。

 でも、一人で来て欲しいと思っている。


 そして昼休みなら、多分一人で来てくれるだろうと思っていた。

 丁度、彼のクラスは体育だから。

 男子更衣室を出た後、帰りに寄ってくれるだろう。


 わざわざ、誰かと待ち合わせをしたり、一緒に来たりはしないはずだ。

 もっとも、成り行き次第だ。


 わざわざ二人で来ることはないが、あえて一人で来ようとするほど、気が利く人でも、察しが良い人でもない。


「ふふ、ハート型にしたくらいじゃ、気付くわけないのにね」


 思わず、笑ってしまった。

 去年も、一昨年も、気付かなかったんだから。

 今年もきっと気付かないし、気付かれない。


 もっとも、気付かれても困る。

 気付いて欲しいとは、思っていないから。


 これは、私の自己満足だから。


「――」


 後ろから、彼が私を呼ぶ声がした。

 私は少し驚きながらも、振り返った。






 

「あ、あのさ……い、一颯君」


 二月初旬。

 私――神代愛梨はそわそわした気持ちで、一颯君に話題を切り出した。


 ここは一颯君のお部屋。

 今は二人っきりで、勉強中だ。


「うん? どうした」


 一颯君は怪訝そうな表情を浮かべる。

 私は動揺や気恥ずかしさ、照れくささが顔に出ないように努めながら……。


 ――ヴァレンタイン、どんなチョコレートが欲しい?


 そう、尋ねようとした。


 ヴァレンタイン。

 女の子が意中の男の子にチョコレートを渡す日と(日本では)されている。

もっとも、実際は家族や友人、そしてクラスメイトに配ったりすることもある。


 私も同様で、毎年、両親や陽菜ちゃん、葛原君にもチョコレートをプレゼントしていた。

 一颯君にも同じ物を渡していた。

 どれだけ親しい幼馴染でも、男友達の域を出ないのだからそれが妥当な判断だ。

 むしろ“好き”と勘違いされないために、同じ物を配るべきだと考えていた。


 去年まではそれで良かった。

 でも、私にとって今の一颯君はただの男友達じゃない。


 意中の男友達だ。

 だから去年と同様に義理チョコを渡し、一颯君に「愛梨にとって俺は男友達なんだな」と思われるのは、困る。


 ちゃんと気があることを伝えたい。

 ただ、露骨に好き好きアピールするわけにはいかない。


 そんなの告白と同じだ。

 告白したら、負けだ。


 あくまで、一颯君に告白させるための布石として、気があることをそれとなく、仄めかしたいのだ。

 いわば偽装退却、戦術的撤退である。


 だからあまりにも本命過ぎる、好き好きアピールの強いチョコレートを贈るわけにはいかない。


 一颯君に「愛梨は俺のこと、好きなんじゃ……」と思わせつつ、告白しているとまでは言えないようなチョコレートとは、どんなものか。


 悩みに悩んだが、思い浮かばなかった。

 そこで本人に直接、聞いてみることにしたのだけれど……。


「えっと、そ、その、そろそろ……」

「何だよ」

「は、春だね!」


 急かされたせいで、関係のないことを言ってしまった。

 春だから、何だって言うのよ……。


「そうだな。まだまだ寒いけど」

「え、えぇ……」


 会話を続けなければ。

 軌道修正しなければ。

 でも、どうやって?


 私が続く言葉を探していると……。


「春と言えば、そろそろヴァレンタインだな」


 心臓が、跳ねた。

 行事ごとに興味を持たない一颯君の方から、話を振ってくるとは思っていなかった。


「そ、それが、ど、どうしたのよ!」

「いや、別に。……他意はないけど」


 一颯君はそう言いながら頬を掻いた。

 照れくさそうな表情だ。

 一颯君の方から言い出したということは、やはり興味はあるようだ。


「チョコレート、欲しい?」

「え?」


 私は思わず聞き返した。

 まるで一颯君の方から私にチョコレートを贈ってくれる気があるような、そんな言い方だ。


「ほら、逆チョコってやつ。毎年、もらってばっかりだし。俺の方からも贈ろうかなって。……要らないか?」


 一颯君からのチョコレート。

 欲しいか欲しくないかで言えば、欲しい。


「くれるなら、もらおうかしら」

「そうか。じゃあ、準備しておく」


 一颯君はそう言うと、自分の勉強に戻ってしまった。

 どうしよう。

 今から聞くと、邪魔になるかな?


 もうちょっと、時間経ってから……。




 そして悩んでいるうちに、一日が終わってしまった。



カクヨムで新作『語学留学に来たはず貴族令嬢、なぜか花嫁修業を始める』の連載を開始しました。




ぜひご一読ください。


https://kakuyomu.jp/works/16818093072947187098




また、3/15に三巻発売します!!

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書籍版第一巻、4/15GA文庫様より発売予定です
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