第4話
「い、今、何でもって……」
「うん、言った」
戸惑いの表情を浮かべる一颯君に、私は頷いた。
思わず笑みが漏れてしまう。
「肩叩き以外の命令も聞けということ自体は構わないが、何でもというのは、その……」
「私が一颯君が傷つくようなこと、すると思う?」
「お前に泣かされた思い出はたくさんあるけど」
「……」
一颯君の言葉に私は思わず目を泳がせた。
叩いたり、蹴ったり、引っ掻いたり、物を盗ったり、騙したり。
確かに一颯君を泣かせてしまったことはあった。
……信用が無いと言われると、反論できない。
「さ、最近はしてないでしょ? 昔の話、引っ張り出さないで!」
「あぁ、まあ、うん。そうだな」
一颯君が泣く姿を見たのは、小学生低学年の時以来だ。
“泣かせた”のは昔の話だ。
私がそう抗議すると、一颯君は苦笑した。
「いいよ。何でもね。何でも、言うことを聞こう」
そしてあっさり、了承した。
これはこれで、ちょっとつまらない。
「えー、本当に良いの? 何でもだよ? あんなことや、こんなことを命令されても、従わないとダメだよ?」
えっちな命令とか、恥ずかしい命令とか、しちゃうよ?
と、私は暗に一颯君に伝える。
しかし一颯君は余裕の表情だ。
「ああ、構わないよ」
「……そ、そう? ふーん、じゃあ、早速使っちゃうけど、いいのね?」
「もちろん。何をすればいい?」
「え、えっと……待って、考えるから」
キスして。
ハグして。
服、脱いで。
えっちな命令ばかり、思い浮かべてしまう。
だが実際にそれを命令するわけにはいかない。
私が一颯君のことが好きだと、えっちな目で見ていると、バレてしまう。
「別に無理に考える必要はないと思うけど……消費期限はないからさ」
「い、いっぱいあるから、どれからにしようか、考えてるの! 黙って!」
「そ、そう……?」
ここまで言ってしまった以上、命令しないわけにはいかない。
でも、欲望に忠実過ぎるのはダメだ。
できるだけ、自然な内容で……。
「じゃあ、命令するけど、いい?」
「どうぞ」
「……マッサージ、して。全身ね」
これしか、思い浮かばなかった。
でも、自然な内容だ。
気持ち良い思いができるし、無駄にならない。
「そんなんでいいのか?」
しかし一颯君は拍子抜けしたような表情だ。
どうやら、気にくわないみたいだ。
確かに“何でもする”と言っておいて、マッサージじゃ、“肩叩き券”と大差ないけど……。
「肩だけじゃなくて、全身だから。……それに他にも用途はあるし」
「ふーん。まあ、お前がそれでいいならいいけど」
一颯君は小さく肩を竦めながら言った。
何だか、腹が立ってきた。
……よし、揶揄ってやろう。
ちょっとした悪戯を思いついた私は、立ち上がるとベッドに横たわった。
「ほら、早く。初めて」
「はいはい」
早くマッサージをするように促すと、一颯君は立ち上がった。
そして私の腰の上に躊躇なく跨る。
「じゃあ、肩からやるぞ。痛かったら、言え」
「うん。……あっ、ん!」
グッと、一颯君の親指が私の肩にめり込む。
瞬間、私は声を上げた。
すると一颯君はすぐに手の動きを止めた。
「痛かった?」
「ううん、続けて」
「そうか?」
再び一颯君は手を動かし始める。
一颯君が手を動かすたびに、私は声を上げる。
わざと、大きな声を。
できるだけ、艶っぽく。
喘ぐみたいに。
「だ、大丈夫か?」
一颯君は不安そうに、再度尋ねて来た。
狙い通り、動揺しているみたいだ。
「んっ……だ、大丈夫。続けて」
その後も私はあえて、艶っぽい声で喘ぎ続けた。
一颯君を揶揄うためだ。
さすがの一颯君も、こんなことされたら興奮するだろう。
動揺する一颯君を、揶揄ってやる。
そういう作戦だった。
……はずなんだけど。
「とりあえず、全身、終わったけど。どうする、続ける?」
「そ、そうね……」
一颯君は終始、真剣だった。
手つきがえっちになることもない。
えっちな声を出すなと、文句を言うこともない。
私がどんなに喘いでも、痛くないかどうか、心配そうな声音で確認するだけだ。
「と、とりあえず、これでいいわ」
私はそう言って一颯君にマッサージをやめさせた。
これ以上続けると、私の方が変な気分になってしまう。
「次はどうする? 他にもあるんだろ?」
「え、えっと……そ、そうね……」
一颯君に問われ、私は思わず口籠った。
もちろん、何も考えていない。
えっちなお願いならいくらでもできるが、それを口にできるほど私に度胸はない。
「……一緒にゲーム、しない?」
「そんなことで使っていいのか? ……命令じゃなくても、ゲームで遊ぶくらい、するぞ」
「そ、そうよね」
特に新しい命令も思い浮かばなかったため、普段通り一颯君とゲームをして遊ぶことになってしまった。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎて……。
「じゃあ、そろそろ、帰るよ」
「え!?」
一颯君の言葉に私は思わず時計を確認した。
気付けば、時刻は二十三時になっていた。
……日付が変わるまで、夜更かしするわけには、いかないか。
私もちょっと眠いし。
「うん、じゃあ……おやすみ。また、明日」
「ああ、おやすみ」
そう言って立ち去る一颯君の背中を私は見送り……。
「……愛梨?」
「待って」
気付けば、私は一颯君の背中を掴んでいた。
そして今、“して欲しい”と思ったことを、口にする。
「今夜は泊って」




