第4話
「本当に来ちゃった……」
遊園地の入り口前で、愛梨はポツリと呟いた。
それから自分の携帯を確認する。
愛梨の携帯が示す時刻は、十時少し過ぎ。
ここまで来るのに、二時間も掛からなかったことになる。
「私、てっきり、各駅てゆっくり行くと思ってた。……新幹線、使うなんて」
当然、新幹線を使えばその分、交通費は高くなる。
とはいえ……
「どうせなら、早く着いて、長く遊びたいだろ?」
一颯はお金を払って時間を節約できるなら、喜んでお金を払う。
少なくとも新幹線代くらいなら、躊躇はない・
……そもそも、お金が勿体ないならこんな場所に来るべきではないのだ。
「お金は……絶対に返すから」
「別に気にしなくてもいいけどな」
「私が気にするの!」
我儘なところがある愛梨だが、一颯に全額出させるほど図々しくない。
自分の代金は自分で支払うと主張する。
「まあ、いいけど。……あるのか?」
「ま、まあ……来年の一月には……」
「気長に待っておくよ」
一颯は苦笑した。
それから愛梨の手をぎゅっと、握りしめる。
「さて、お金の話はもう、やめようか。俺も考えないから、お前も考えるな」
「……うん。分かった!」
二人で手を繋いだまま、入場する。
中に入ってしまえば、そこはもう、夢の国だ。
「前来た時よりも人が少ないね。平日だからかな?」
「多分な。これなら、予定よりもいろいろ乗れそうだな」
できるだけ効率的に回るため、簡単な計画は新幹線の中で立てて置いてある。
とはいえ、あくまで計画。
当然……
「あ! ヘアバンド売ってる!! 買っていこうよ」
「はいはい」
計画外のことも起きる。
早速、予定が外れたなと思いながらも一颯は愛梨についていく。
「どう、可愛い?」
ヘアバンドをつけ、頬に指を当て、首を傾け、はにかみながら愛梨は一颯に問いかけた。
愛梨のいつもの“ぶりっ子”ポーズだ。
「うん、可愛い」
一颯がそう答えると、愛梨は別のヘアバンドを一颯に差し出した。
「一颯君はこれね」
「えっ、いや、俺はこういうのは……」
「ノリ悪いよ、一颯君」
一颯はため息をついてから、頭に着けた。
そして投げやり気味に尋ねる。
「……これでいいか?」
「うん、可愛い……ふふ」
「……今、笑っただろ」
「笑ってない、笑ってない」
笑いながら愛梨はそう答えた。
一颯はこの手のコスプレは苦手なのだが……
「まあ、いいよ」
今日は愛梨が“お姫様”だ。
大人しく、付き合うことにする。
「じゃあ、アトラクション、行くぞ」
「うん」
こうして二人はようやく、予定通りにアトラクションに……
「あっ、○○○(※マスコットの名前)だ!! 写真、撮ってこうよ!!」
「おい、急に走るな!」
計画とは踏み倒すために立てるものだ。
さて、それから二人は順調にアトラクションを消化していく。
今日の主役は愛梨ということもあり、基本的には愛梨の好みに合ったアトラクションを中心に楽しんでいたが……
「あっ、これ、昔乗ったやつだな」
ふと、一颯は足を止めた。
それはいわゆるジェットコースター、絶叫系に分類されるタイプのアトラクションだ。
「……落ちるやつじゃん」
「昔、泣いたよな。お前」
幼稚園児だった時のことを思い出し、一颯は笑いながら言った。
「な、泣いてないし……!」
ふるふると愛梨は首を横に振った。
それから愛梨は一颯の顔を見上げた。
「どうした?」
「いや……乗りたいのかなって。一颯君、好きだよね。こういうの……」
愛梨とは違い、一颯はこの手の絶叫系のアトラクションはそこそこ好きだったりする。
もちろん、愛梨は苦手なので、予定からは外していたのだが……
「確かに好きだが……お前は苦手だろ?」
「そうだけど……やっぱり、一颯君が好きなのも乗らないと……良くないじゃん?」
私が好きな物ばかり乗るのは、不公平。
と、そう主張したいのだろう。
「別に気を使わなくてもいいけどな」
「いや、ほら……私も、大人になったし? もしかしたら、楽しく感じるかなって」
どうやらただ気を使っているというわけではなく、愛梨も興味があるらしい。
そういうことなら遠慮はいらないだろう。
「じゃあ、乗るか」
「うん」
二人で列に並ぶ。
「キャラメルが一番だと思ってたんだが、ストロベリーも美味いな」
「だねぇ」
遅い昼食代わりのポップコーンを食べながら、順番を待つ。
そして二人が乗り込んだのは最前列の席だ。
「少し濡れるかもな」
「まあ、いいんじゃない? 今日はちょっと暑いし」
乗り物が人工的に作られた川の中を進み始める。
そして始まってすぐに、最初の落下が来た。
「ひぅ……」
隣から小さな悲鳴が聞こえた。
「大丈夫か?」
落下が終わってから、一颯が尋ねると……
「よ、余裕よ」
やや引き攣った顔で愛梨はそう答えた。
ガッシリと手で安全装置を掴み、ガチガチにからだを硬直させているが……一応、大丈夫そうだ。
さて、それからすぐに賑やかな音楽と、明るい景色が広がってきた。
さて、肝心の愛梨の方は……
「~♪」
にこにことご機嫌な様子だ。
それなりに楽しんでいるらしい。
昔は(幼稚園児くらいの時だが)これだけ楽し気な雰囲気の中でも「怖い!」と泣き叫んでいたので、随分と進歩している。
「思うんだけどさ」
「うん?」
唐突に愛梨に話しかけられる。
「これ、落ちる要素いる?」
「むしろ落ちるのが主だろ」
「えぇー」
一颯と愛梨には若干の感性の違いがあるようだった。
さて、それから何度か軽い落下を繰り返し……アトラクションは佳境に入っていた。
ゆっくりと、上へ上へと上昇していく。
「そろそろだな」
「……うん」
「大丈夫か?」
「別に、このくらい……」
上昇と共に愛梨の口数は少なくなり、そして……
「きゃぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
「お、おぉ!?」
落下と同時、愛梨の甲高い悲鳴。
そして腕に柔らかい感触を感じた。
「ふ、ふぅ……ま、まあ、余裕だったわね」
落下を終えてからしばらくして、愛梨はそんなことを言った。
そんな愛梨の強がりに一颯は思わず苦笑する。
「抱き着いてきた癖によく言うな」
「さ、最後だけよ! それに思ったよりも高くて……びっくりしただけだわ。次は大丈夫よ」
「じゃあ、次はもう少し本格的なジェットコースターに乗ってもいいか? 乗りたいのがあるんだが」
「え? あっ、それは、その……」
一颯の問いに愛梨は怯んだような表情を見せた。
必死に目を泳がせる。
そしてよい言い訳を思いついたのか、得意そうな笑みを浮かべた。
「そうやって! 本当は私に抱き着かれたいんでしょ?」
「なっ……! そ、そんなわけないだろ!?」
つい先ほど、腕に感じた感触が生々しく蘇ってくる。
一颯は思わず顔を赤らめた。
「そんなこと言っちゃって。本当は役得だと思ったんでしょ?」
「……そんなことない」
もちろん、そんなことはある。
しかし幼馴染に対してそのような気持ちを抱いたことを、素直に認められるはずがなかった。
「あれ? 今、間が合ったけど?」
「……」
「やーい、えっち!」
後で騙して、一番怖いアトラクションに乗せてやろうと一颯は決意した。
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