第5話
さて、それから二人はいろいろとアトラクションに乗ったり、食べ歩きをしたり、パレードを見物したりとして……
気付けば夜になっていた。
これで最後にしよう。
そう決めたアトラクションを乗り終えた後、愛梨は……
「だ、騙された……!!」
憤慨した様子でそう言った。
怒りながらも、腰が抜けてしまっている様子で、一颯の腕にしがみ付いている。
「いや、でも夜景は綺麗だっただろ?」
「あ、あんな高いところから落ちるなんて、聞いてない!」
このアトラクションは綺麗な夜景が見れるらしいぞ。
と、一颯はそう言って愛梨をそのアトラクションに乗せたのだ。
一応、塔の最上階まで上昇してから一気に垂直落下するというようなアトラクションなので、途中で見れる夜景が綺麗なのは嘘ではない。
「し、しかもホラーとか……」
「お前、こんな遊園地のホラーが怖いのか?」
「こ、怖くないし!」
そんなやり取りをしながら、写真を貰いに向かう。
一部のアトラクションでは、写真を撮影してくれたりするのだ。
例えば正午に乗った水に濡れるジェットコースターも同様で、すでに写真を持っている。
「う、うーん……写真写り、悪いなぁ……」
撮影された写真を見て、愛梨は眉を顰めた。
そこには恐怖で引き攣った顔を浮かべ、一颯に抱き着いている愛梨が写っている。
「じゃあ、もう一度撮るか?」
「い、いいよ……」
愛梨は首を左右に振った。
とりあえず、二枚――それぞれ一枚ずつ――を購入し、一颯と愛梨は建物から出た。
すでに辺りは暗くなっている。
もっとも、街頭や建物の灯りもあり、薄暗い程度で収まっているが。
「ねぇ、パ、お父さんとお母さんから連絡はない?」
「今のところ、ないな」
学校には風邪で休むと伝えた。
そして両親には「塾で自習してから帰る」と伝えてある。
今のところ、嘘はバレていないらしい。
「じゃあ、もう少しいられる?」
「そうだな。パレードかイベントでも何かでもやってたら、見るか」
とはいえ、一応すぐに帰れるようにとゲートの近くに向かうことにした。
途中、夕食代わりにチュロスを購入する。
「一颯君、あーん。……どう、美味しい?」
「美味しい、美味しい。……お前も食べる?」
「うん!」
互いに味の異なるチュロスを食べさせ合ったりする。
そして丁度、食べ終わるのと同時に……
「おっ……!」
「わぁ……!」
空に花火が上がった。
できるだけ見えやすい場所へと移動する。
花火が上がるたび、暗闇が僅かに明るく照らされる。
「……一颯君」
「ん?」
「今日は……ありがとうね。楽しかった」
そう言って愛梨は笑顔を浮かべた。
花火の光で照らされた愛梨の笑顔が、やはり花火よりもずっと綺麗だった。
「どういたしまして」
一颯は小さく微笑んで、そう返した。
一颯は彼女の笑顔が好きなのだ。
ずっと、昔から。
だから笑顔ではない愛梨の顔はあまり見たくなかった。それだけの話だ。
それに……
「……昔さ」
「昔?」
「小学生の頃、俺が引きこもった時、あったろ?」
「引きこもった……? あぁ……三日間、仮病使ったやつ?」
小学生の頃、一颯は登校拒否をしたことがある。
と言っても、別にいじめられてとか、そういう理由ではない。
ただ……単に楽しくなかったからだ。
とっくに理解している内容の授業を聞かされるのも、いまいち話の合わないクラスメイトと仲良くするのも、面倒くさかった。
また、当時の一颯はいろいろと習い事をやらされていた。
数少ない時間が、どうにも意味が感じられないことに浪費されるのが、嫌だった。
それだけの話だ。
「あの時、やりたくないならやらなきゃいいって……一緒にサボってくれただろ?」
「……」
「俺はあれが嬉しかったよ」
今にして思えば、当時の一颯は大変な“良い子”で、真面目ちゃんで、要領が悪かった。
守れと言われたルールは守らないといけないと思っていたし、クラスの人とはみんな仲良くしないといけないと思っていたのだ。
もちろん、苦もなくそれができる人間もいるだろうが……一颯はそういうことができる人間ではなかった。
やる意味が感じられないこと、効率が悪いことはやりたくないし、付き合う価値を感じられない人間とは、会話をするのも嫌だった。
今はそういう気持ちに正直に生きることで、“悪い子”になった。
いろいろと一颯の中で考えの変化があったのはもちろんだが、切っ掛けは愛梨の言葉だった。
さて、一颯としては恥ずかしい過去を掘り返すという意味で、いろいろと照れくさい告白だったのだが……
「……?」
愛梨は首を傾げた。
「そんなこと言ったっけ?」
「……だと思ってたよ」
一颯は肩を竦めた。
一颯にとって重要なことでも、愛梨にとって重要なこととは限らない。
幼馴染といえども、他人同士なのだから仕方がない。
「まあ、つまり大きな借りがあるということだ」
「へぇー……私はいつも、一颯君に助けてもらってばかりと思ってたんだけどなぁ……」
少し困惑した表情で愛梨は自分の頬を掻いた。
自分が覚えてもいないようなことで感謝されるのは、いろいろと気恥ずかしい様子だった。
それから二人はじっと、花火を見上げ続けていた。
花火が上がるたびに周囲から歓声が上がったりしたが……しかしそれは徐々に聞こえなくなっていった。
気が付くと、周囲はとても静かになっていた。
花火の音だけが聞こえる。
「……綺麗だね」
「そうだな」
気が付くと、愛梨は自分の頭を一颯の肩に乗せていた。
気が付くと、一颯は愛梨の肩を抱いていた。
互いに体と体を寄せ合い、熱を感じ合う。
「ねぇ」
「あのさ」
同時に声が上がる。
しばらくの沈黙。
それから互いに見つめ合う。
一颯が笑みを浮かべると、愛梨もはにかんだ。
互いに相手が何を言おうとしたのか、言わずとも分かった。
二人はゆっくりと、距離を近づけ……
そして……
唇と唇が触れた。
帰りの新幹線にて。
「お土産、買いたかったなぁー」
「買ったらバレるだろうが」
未練あり気な愛梨に対し、一颯は苦笑して言った。
一応、今回は親に黙って遊びに行ったのだ。
極力、物証は残したくなかったし……
(まあ、俺の財布もな……)
そこそこお金を使ったのだ。
冷静に考えてみると物に対して値段が高過ぎるようなものを買う気にはなれなかった。
どうせ、外に出てしまえば魔法は解けてしまうのだ。
「写真も見つからないようにしろよ」
「分かってるって」
さすがに制服で写っている写真は誤魔化しようがない。
今回のデートは二人だけの秘密だ。
「……あのさあ」
「何だ?」
「あの、ことなんだけど……」
愛梨は自分の唇を指で触れながら、そう言った。
一颯は体がカッと熱くなるのを感じた。
あの時の感触は、まだ唇に残っている。
愛梨の顔も僅かに赤らんでいた。
「雰囲気って……怖いね」
「そう、だな……」
あの時、特に一颯は何も考えていなかった。
何となく、したいなと思ったのだ。
そして愛梨も同じような気持ち……だと思った。
だからした。
その場の勢いだった。
「夢、見てたような気分だったもん」
「言い得て妙だな」
「うん、だからさ……」
「うん」
「あれは、夢だったということで……」
少し気まずそうに、気恥ずかしそうに、愛梨は言った。
一颯は頷く。
「その方がいいな」
一颯もまた、いまいち、自分の感情に整理がついていなかった。
ただ、その場に流されただけか。
性欲か。
それとも、もしかして……と。
「でもさ」
「うん」
「また、したくなったらしてもいいか?」
「えぇ?」
一颯の問いに愛梨は困惑の声を上げた。
それから俯き、もじもじとして、一颯の顔を見上げてから言った。
「ま、まあ……私の許可を取るなら」
「そうか。じゃあ……」
――キスしても、いいか?――
一颯は言った。
愛梨は大きく目を見開いた。
「え、えぇ!?」
「まだ、寝惚けてるみたいでさ」
一颯は軽く額に手を当て、冗談交じりの声でそう言った。
すると愛梨は小さく笑みを浮かべた。
「もう、仕方がないなぁ……」
クスっと笑う。
そして……
「私も、まだ寝惚けてるのかな?」
「じゃあ、お互いに目を醒まさないとな」
「そうだね。じゃあ……よろしく」
愛梨は軽く目を瞑った。
一颯は愛梨の肩を軽く掴み、そして……
キスをした。
なお、後日、愛梨のうっかりで写真が見つかり……
二人はこっぴどく怒られた。
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