表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/90

第2話

「え、あ、ちょ、ちょっと……」

「こんな感じ……か?」


 ――キスされる!!――


 一颯に抱き寄せられ、顔を近づけられた愛梨は咄嗟に目を瞑った。

 ギュッと体を固くし、反射的に唇を受け入れる準備をする。


 ……しかしいつまで経っても、“ソレ”は来なかった。


「……い、一颯君?」


 愛梨は恐る恐る目を開けた。

 そして目の前に現れた幼馴染の端整な顔立ちを前にして、思わず目を逸らした。


「え、えっと……こ、これは?」

「だから練習。してるフリだよ。……後ろからはそう見えるんじゃないかなと」


 一颯の言葉に愛梨は目を大きく見開いた。

 ようやく、自分がとんでもない勘違いをしていたことに気付いたのだ。


「ば、馬鹿!!」


 愛梨は顔を真っ赤にして、一颯を両手で強く押した。

 愛梨の非力な力では一颯を突き飛ばすことは叶わなかったが、しかしよろめかすことはできた。


 愛梨に拒絶された一颯は困惑した表情で数歩下がった。


「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは……」

「も、もっと説明しなさいよ! か、勘違いしちゃったじゃない!!」

 

 愛梨は恥ずかしそうに自分の唇を押さえながらそう言った。

 すると今度は一颯の顔が赤くなった。


「ば、馬鹿はお前だろ! 最初からキスのフリの話をしてるんだから……その話に決まってるだろ!」

「そ、その説明が足りないって言ってるの!」

「だからと言って……俺がお前に突然、キスするわけないだろ!」


 キスのフリだということは一颯は最初から言っていた。

 そしてただの幼馴染でしかない一颯が突然、愛梨にキスするわけないというその主張はもっともらしかった。


 勘違いしてしまった非は自分の方が大きい。

 そう思いながらも、非を認められない愛梨は叫ぶように言った。


「そ、それは……わ、分からないじゃない!!」

「何でだよ」

「だ、だって……前に言ったじゃない! そういう気分になったら……」


 ――キスしていいか?って


 愛梨は以前に一颯が言った言葉を繰り返した。

 愛梨の言葉に一颯は硬直した。

 そんな一颯の様子に愛梨もハッとする。


「そ、その……私は、ほら、美少女だし? いくら一颯君が紳士でも……魅力にやられちゃって、抗えなくなることもあるかなって」


「そ、そんなこと、あるわけ……ないだろ」


 一颯は目を逸らしながらそう言った。

 やましい気持ちがあるなら、目を逸らすな。

 愛梨はそう思ったが、それを口には出せなかった。


 取り返しがつかなくなる気がしたからだ。


「……」

「……」


 しばらくの沈黙。 

 気まずい空気を打ち破るように最初に口を開いたのは愛梨だった。


「そもそも……本当にフリができてるかどうかなんて、見てもらわないと分からないじゃない」

「そ、それもそうか。となると、誰に見てもらう? 母さ……」

「絶対に嫌!」


 愛梨は強い口調で否定した。

 フリとはいえ、幼馴染の母親の目の前で、キスしているように見える姿を見せるのは嫌だった。

 女として……というよりは人として当たり前の感覚だ。


「俺も嫌だから、安心しろ」

「それは良かったわ」


 一颯の言葉に愛梨は当然だと言わんばかりに頷いた。

 それから携帯を取り出す。


「別に人に見てもらわなくても、撮影すれば確認できるわ。自分で確認した方が手っ取り早いでしょう?」

「ふむ、それもそうだ。……えっと、するのか?」

「そ、そういう流れじゃなかったのかしら!?」


 余計なことを言ってしまったのかと、困惑した愛梨は一颯にそう尋ねた。

 幸いにも一颯は首を左右に振った。


「い、いや……そういう流れだ。……フリだからな、フリ」

「ええ、そうね。恥ずかしくなる必要性は全くないわ」

 

 愛梨と一颯は言い聞かせるようにそう言うと、携帯のカメラ機能をオンにして、観客の視線の高さになるように設置した。


 そしてあらためて向き直る。


「身長的に俺がカメラに背を向ける方がいいはずだ」

「そうね。私もそう思うわ」


 愛梨は一颯の顔を見上げた。

 すると一颯は愛梨の背中に手を回した。

 愛梨はそっと背伸びをする。


 こつん、と互いの額を合わせた。

 鼻先と鼻先が触れ合う。

「ふ、ふぅ……」

「……はぁ」


 二人の口から漏れた吐息が、二人の唇を擽った。

 

 吐息を通じてキスしているようだ。

 と、二人は揃って同じ妄想をした。

 

 そして二人は揃って顔を耳まで赤く染めた。


「も、もう……いいんじゃないかしら?」

「そ、そうだな」


 愛梨の言葉に一颯は背中に回していた手を離した。

 スルリと愛梨は一颯の“拘束”から抜け出す。


 そして激しく鼓動する胸を押さえたくなる衝動を押さえつつ――ドキドキしてしまったことを悟られるわけにはいかない――、大きく深呼吸をした。


「さ、さて……成功したか、確認しようかしら」

「あ、あぁ……」


 愛梨は設置していた携帯を手に取り、録画していた動画を再生した。

 一颯もまた画面を覗き込む。


「こ、これは……」

「せ、成功……ではあるわね」


 そこには“キスをする自分たち”が映っていた。

 狙い通り……

 というには出来過ぎていた。


「……」

「……」


 その映像はあまりにもリアリティがあった。

 当然だろう。

 何しろ、画面の中でキスをしているのは自分たちなのだ。


 それは会話もしたことがない美男美女が絡み合っている映像よりも、何十倍も生々しい物だった。


 ――こ、これを、公衆の面前で!!


 無理だ、とは言えなかった。

 すでに引き受けてしまったのもあるが、何よりもキスをしている“フリ”で意識してしまったことを、幼馴染に悟られるのは愛梨のプライドが許せなかった。


「ほ、本番は何とかなりそうね!」

「完璧だな」


 愛梨が本心を誤魔化すように一颯に対して強気な笑みを浮かべると、一颯もまた同様に笑みを浮かべ、頷き返した。


「……」

「……」


 そしてまた沈黙。


「今日はここまでにしないか?」

「そ、そうね」


 一颯の提案により、その日の練習は解散となった。


口絵

キスされた瞬間の愛梨ちゃん

挿絵(By みてみん)


今回もきっとこんな顔をしています。


愛梨ちゃん可愛い!

と思った方はブックマーク登録、評価(☆☆☆☆☆→★★★★★)をよろしくお願いいたします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版第一巻、4/15GA文庫様より発売予定です
i716976
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ