第1話
ついにこの時が来てしまった。
少年は逃げ出したくなる気持ちを抑え、現実を直視した。
目の前には純白の白いウェディングドレスを着た幼馴染が立っていた。
少女の顔は緊張で強張り、また照れくささからか仄かに赤くなっているように見えた。
「最後に君と……こうして結ばれることができて、嬉しく思う」
少年は恥ずかしさで死にそうになりながらも、何とかその言葉を口にした。
一方で少女は小さく首を左右に振った。
「最後ではありません。始まりです。これからは永遠に一緒……そうでしょう?」
いつもの生意気な態度とは異なる、お淑やかな口調で少女はそう言った。
少年はそんな少女の態度に違和感を覚えながらも、大きく頷いた。
「あぁ……そうだったね」
少年はそう言うと、少女の肩に手を置いた。
ゆっくりと引き寄せてから、ベールを軽く上げた。
少女の潤んだ瞳とふっくらとした唇が露わになる。
「愛してる」
「愛しています」
二人は互いに愛の告白をすると、ゆっくりと顔を近づけた。
そして唇と唇が……
「二人は幸せなキスをしてから自殺……え? なにこれ、キスシーンあるの!? 聞いてない!!」
台本を読み終えた愛梨は大きな声でそう叫んだ。
顔が真っ赤に染まっている。
動揺を隠せない様子の愛梨と異なり、一颯はポーカーフェイスを維持しつつも、しかし同様に内心では動揺していた。
「……俺も聞いてないんだけど」
一颯は台本を書いた人物……文化祭で行う演劇の脚本担当にそう尋ねた。
一颯たちの学校では毎年、十一月ごろに文化祭が行われる。
文化祭では一年生は演奏、二年生は演劇を各クラスが披露するのが伝統だ(なお、三年生は受験で忙しいので何もない)。
各々が衣装や舞台装置、キャストなどの役割を担う中で、一颯と愛梨は演劇の主役を演じることになった。
もちろん、一颯も愛梨も目立ちたがり屋というわけではないので、自ら立候補したわけではない。
周囲からの勧めだ。
半ば押し付けられる形で、そしてまたおだてられるような形で、二人とも引き受けたのだ。
……演劇の中とはいえ、幼馴染の恋人役を自分以外の人間がやるのは嫌という気持ちは、二人とも心の奥底で隠していた。
「別にいいでしょ? 恋人同士なんだし……」
「「恋人じゃない!!」」
クラスメイトの言葉に二人は揃って反発した。
するとクラスメイトは意外そうな表情を浮かべた。
「でも、二人が放課後、教室でキスしてたって……」
「「あ、あれは愛梨(一颯君が)!!」」
二人は顔を真っ赤にしながら、互いを責め合った。
これほど相応し配役がこのクラスに、否、学校にあるだろうか?
いや、ないだろう。
その場にいたクラスメイトたちは揃ってそう思った。
「そ、そもそも公衆の面前でキスっていうのは……ちょっと、その……いや、別に二人きりならいいというわけでもないけれど……」
愛梨は顔を赤らめ、モジモジしながらそう言った。
一颯も同意するように頷く。
「俺も嫌だぞ。愛梨とキスするなんて……」
「何それ? どういう意味!?」
「別にそんなに酷い意味じゃねぇよ……キレるなよ……」
「べ、別に怒ってなんて……」
一颯が呆れた表情でそう言うと、愛梨はハッとした表情で縮こまった。
「このシーン、必要なのか? 高校生がやるには少し過激な気がするんだが……」
高校生の演劇なのだから、もっと健全な内容にするべきではないか。
と、一颯は真っ当な意見を口にした。
すると脚本を書いたクラスメイトは大きく頷いた。
「あった方が盛り上がるじゃない。どうせなら、優勝したいでしょ?」
「いや、別に俺はそこまでして……」
「いいじゃない。キスするフリくらい」
「「……フリ?」」
クラスメイトの言葉に一颯と愛梨は揃って首を傾げた。
「そう、フリ。……え、本当にするつもりだったの?」
クラスメイトは口に手を当て、驚いた様子で目を見開いた。
一方、一颯と愛梨は揃って顔を赤らめた。
「ま、まさか……俺は最初から、フリだと思ってたさ!」
「わ、私だって……フリだと思ってたわ!」
一颯と愛梨は慌てた様子で、弁解するように言った。
クラスメイトは訝しげな視線を二人に向けたが、しかしすぐに笑顔を浮かべた。
「じゃあ、よろしくね。心中するカップル役」
「あ、あぁ……もちろん!」
「ま、任されたからにはね!」
一颯と愛梨はガクガクと首を縦に振った。
「最後に君と……こうして結ばれることができて、嬉しく思う」
「最後ではありません。始まりです。これからは永遠に一緒……そうでしょう?」
「あぁ……そうだったね」
「愛してる」
「愛しています」
「「……ふぅ」」
二人は交互に台詞を諳んじてから、小さくため息をついた。
恥ずかしい台詞を口にしたためか、仄かに頬が赤い。
「ま、まあ、台詞は何とか、覚えられたわね」
「そうだな。後は演技だけか……」
下手に恥ずかしがったり、棒読みの大根役者になる方が余計に恥ずかしいということは二人ともよく理解している。
しかし幼馴染相手に台本通りの台詞とはいえ、「愛している」などと口にするのはとてつもなく恥ずかしかった。
「しかし思うのだけれど……これ、ハッピーエンドじゃダメなのかしらね?」
愛梨はその場の空気を誤魔化すようにそう言った。
一颯は愛梨の言葉に首を傾げる。
「テーマが駆け落ちなんだから、最後は心中じゃないとダメなんじゃないか? それとも駆け落ちモノは嫌いか?」
一颯の言葉に愛梨は顎に手を当てながら答える。
「う、うーん……別に駆け落ちモノは嫌いじゃないというか、むしろ好きな方かもしれないけれど……」
「あれ? そうなのか? そもそも恋愛物は好きじゃないと思っていたけど」
一颯の問いに愛梨は頷いた。
「まあ、そうだけれど。王子様に攫われるという展開は私個人の性癖としてはアリかなという感じではあるのだけれど……」
「……へぇ」
「でも、私、ロミオとジュリエットよりは、シンデレラの方が好きなのよね。やっぱり、ハッピーエンドになって欲しいというか、攫われた先でしっかり幸せになって欲しいというか、なりたいというか……」
愛梨はそこまで言いかけてから、ハッとした表情を浮かべた。
そして慌てた様子で顔の前で手を振った。
「い、いや、今のはあくまで、物語の話だけれどね?」
「そりゃあ、そうだろ。現実に誘拐されたいなんて、変態もいいところじゃないか」
「へ、へん……そこまで、言わなくても……」
一颯の言葉に愛梨は何故か肩を落とし、小声で小さく呟いた。
一颯は思わず首を傾げた。
「何か言ったか?」
「い、いえ、別に……それよりも、キスシーンよ。……どうしましょうか」
あえて避けていた話題に踏み込まれ、一颯は顔を引き攣らせた。
そして頭を掻き、ため息をつく。
「どうしましょうも何も……やるしかないだろ? ……フリでいいんだし、いいんじゃないか? 適当で」
「……そのフリが問題よ。要するに、観客からはしているように見えないといけないのでしょう?」
「そうだな。……それが?」
「どうやってやるの?」
「そりゃあ……」
一颯は自分の背後に観客がいると想定しながら、愛梨の肩に手を置いた。
そして自分の方へと抱き寄せる。
「え、あ、ちょ、ちょっと……」
「こんな感じ……か?」
一颯は愛梨の額に自分の額を押し当てた。
実は内容についてはまだ悩んでいるところがあるので、書き換えるかもしれません。
第一巻4/15に発売予定です!
よろしくお願いします!!




