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一章・序節 決まって見る夢

 『裏切りを見せておくれ。そうすれば、君だけは助けてあげよう』


 また同じ夢だ。眼を覚ませば何もかも忘れてしまう、忘れてはならない陰惨な過去。


 血塗れになったクラスメイトを、友人を、想い人に背を向けて、俺は蜂蜜のようなその甘い誘惑に乗ってしまったのだろうか。


 照明が全て落ちたトンネルを抜けて、一寸先が滝のようになる土砂降りの中を、必死に走る。


 自分の輪郭が酷く曖昧で、視界がグワングワン揺れて焦点が上手く定まらない。まるで身体が別物に成り代わろうとしているようだ。


 頭は熱で茹だって、身体中は洒落にならない痛みに絶えず悲鳴を上げている。


 そのくせ血の気の失せた青白い手に張り付く固い感触だけは妙にリアリティがあった。


 黒く、金属質で、想像よりも重いが、見た目はおもちゃのよう。


 それでもこいつは指一本分の力で、簡単に人を殺す事が出来る凶器だ。

 戦争なんてとっくの昔に終わっていて、この国はナイフ一本持ち歩けばそれだけで重罪だ。


 警官でもない学生の身分の俺には一生知ることの無い、武器の重みが何だってこんなに手に残っているのだろうか。


 こんなものは一刻も早く捨てるべきだ。誰かに見られでもすれば大事だ。

 そんな思考が過るたびに、夢の俺は振り返っては、迷いを振り切る様に手のそれを固く握り直す。


 ――御免、みんな。ゴメン、××。でもこうするしかないんだ。


 誰かの名前だけがノイズが掛かって聞こえない。

 大事な人な気がするが、思い出そうとすると頭が溶け出しそうに熱くなる。


 ガンガンと脳の奥で警鐘が鳴らされるような感覚さえある。

 忘れてはいけない人、忘れてはならない大切な名前。何があっても思い出せという警鐘。


 けれどこの夢は手掛りの尻尾さえ掴む間もなく、いつも直ぐに終わりを迎えようとする。

 制限速度の標識を通り過ぎた辺りで、嵐の帳を引き裂くように怒号が降ってきて、俺の脚が止まる。


 振り返るとそこには制服姿の『誰か』が立っていた。

 その顔はよく見えず、けれど人食いの獣の様な眼光と、憤怒を立ち昇らせている事だけは分かる。碌な喧嘩さえしたことの無い俺でさえ、肌が炙られるような殺気を感じられるほどに。


 矛先は、俺だ。

 夢はいつもそいつが何かを叫ぼうと口を開く直前に終わりを迎える。

 あの憤怒に猛る誰かの声を聞くより先に眼が覚めてしまうのだ。

 だけど、今日だけは少々結末が違った。


「補講中に居眠りなんていい御身分、ね!」


 俺事、砂済建人はこの日は脳転に落ちる拳骨の衝撃に夢の幕を降ろした。


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