記憶と5
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龍は黙って歩き続けた。飛ぶことも、走ることもなく暗い街の中を1人で歩く。並び建つ家から明かりが漏れることも、人の気配がすることもない。
――それにしても、なんでこんなに暗い。
意識がなかったのは半日程度だと思っていた龍だったが、空を見上げても太陽が見えないので、半日ではなく1日経ったのではないかと思った。
それとも、街が燃えているため黒煙により空が黒いのか。考えても龍にはわからなかった。病院にいる時に聞けばよかったのだが、そんな考えもなかった。だから、今疑問に思ったのだ。
黙って歩き続けていると、見覚えのある道へと出ることができた。その道はアレースと歩いた場所だった。そこで、男3人に襲われたのだ。昨日のことのように覚えている出来事。あの時は怪我もなかったアレースだが、今は病院のベッドで眠っているのだ。知っている人がもしかすると目を覚ますことがなくなってしまうかもしれないのだ。龍は両親の葬儀にも出ることができなかった。しかし、大切な人を亡くす辛さはわかる。そんな思いはしたくもないし、誰にもさせたくはない。だから願う。アレースが目を覚ますようにと。
一度目を閉じて、ゆっくりと息を吐いた。そして、無意識に止めていた足を動かした。向かうのは自分達の家がある左方向だ。他に城へと行く方法がわからないので、家から向かうことにしたのだ。
飛べば問題なくたどり着けるのだが、体力は残しておきたい。それだけではなく、傷が開くかもしれないのだ。まだ戦ってもいないのに、傷口を開くわけにはいかなかった。
自宅の前を通り過ぎ、深夜に通った道を進む。周りは燃えてはいないが、所々に瓦礫が落ちていたり布がかかっているものがあった。それを覗いて見る勇気はなかったが、人であろうことは考えずともわかっていた。自分以外の人はどこにもいない。きっと、消化ができないことから全員避難したのだろう。白美の姿も見えないことからルイットへと避難したのだろう。
道を進んで行くと、炎が見え始めた。一定の場所から動かない炎は、悠鳥によって止められているようだ。しかし、深夜に見た時よりも炎の範囲が広がっており、多くの建物が燃えていた。崩れている建物が多いが、中には崩れずに燃えているものもある。
この道を進めば城へとたどり着くことができる。しかし、炎によって進めないのだ。どうすればいいのかと考えながら歩いていると、背後から足音が聞こえて振り返った。
1人や2人の足音ではなく、複数の足音だ。しかも、この足音は人間ではなく馬のようだ。警戒して刀に手を伸ばし、柄を握りしめた。
徐々に近づいてくる足音。そして、姿が見えた時龍は刀を抜いた。もしかしたら、味方かもしれないと考えていた。だが、見えた姿に味方ではないと感じたのだ。馬に乗った彼らは黒い髪をした者が多くいたのだから。それを見て、すぐにどこから来たのかは理解することができた。
――クロイズ王国が攻めてきたのか!
国内で争っているのをいいことに、攻めて来たのだろうと考えた龍は、握る太刀と小太刀に力を入れた。近づいてくる馬に向けて、できるかはわからないが斬撃でも放とうと考えた時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「龍! 無事だったのか!」
その声は、先頭の男からした。聞き覚えはあったが、黒髪の男に見覚えはない。男は刀を握り敵意をむき出しにしている龍の前で馬を止めると、警戒をすることなく馬から下りた。
見覚えがないと思っていた男。しかし、近くでその顔を見て、その人物が誰なのかがわかった。髪の色は違うが、見覚えがある人物だった。刀を握る手から僅かに力を抜く。
「ウェイバー……」
「ああ、そうだ。来るのが遅くなった」
そう言ったのは、ルイットで会ったウェイバーだった。しかしあの時、彼の髪の色は白だった。1日だけの効果と言っていたので、本当は黒なのだろう。
しかし、何故ウェイバーがここにいるのか。それに、後ろには多くの人間がいる。ウェイバーは一体何者なのかと龍が思った時、後ろにいた1人の男が龍を気にすることなくウェイバーに声をかけた。
「国王、これからどうしますか?」
「とりあえず、炎の近くにある建物に人が残されていないかを調べてくれ。もしいたら、ルイットへ避難だ。少人数はここに残って城への道を開く!」
ウェイバーの言葉に馬に乗っていた者達が一斉に動き出した。それぞれ分かれて、建物へと向かって行く。そして残った少人数は馬から下りて、後ろへと続く道で燃える炎をへと水魔法を放つ。目の前の光景を黙って見ていた龍は、耳に届いた言葉を小さく呟いた。
「国王……」
彼らのやり取りを見ていた龍は、両手からさらに力が抜けたが刀を落とすことはなかった。ウェイバーがクロイズ王国の人間だとは思っていたが、まさか国王だとは思ってもいなかったのだ。
国王とは国から出ることもなく、忙しい存在だと思っていた龍にとって、ウェイバーが国王だとは思うはずもなかったのだ。堂々と敵国に来る人間が、国王だとは誰も思わないだろう。
ヴェルリオ王国の国王がアレースだとも思っていなかったが、龍はヴェルリオ王国の国王だけではなく、クロイズ王国の国王とも知り合いだったことに驚いた。国王が一般市民と普通に話すとも思ってはいなかったのだ。だから、アレースやウェイバーが国王だとは考えてもいなかった。
「ああ、ちゃんと名乗っていなかったな。私はクロイズ王国の王、ウェイバー・オーシャン。改めてよろしく、龍」
右手を差し出すウェイバーに、刀を鞘に納めてから左手を差し出して龍は握手を交わした。手を離すと、ウェイバーは誰かを探すように周りを見渡した。龍がいるから、エリスやアレースがいるだろうと思ったのだろう。
周りを見渡すウェイバーに龍が声をかけた。そして、ここには自分しかいないことを話した。驚いているウェイバーにアレースはビトレイの攻撃によって怪我をしてしまい、意識が戻っていないことを話した。エリスも一緒にアレースの元にいることを話すと、ウェイバーは目を閉じて黙ってしまった。
一度大きく息を吐き出してから目を開くと、燃える炎の先にある城を見つめた。まるで、そこにいるであろうビトレイを睨みつけるかのように。
「それで、龍は1人で戦いに行くのか?」
「炎を止めるには、術者と交渉するか倒すかだ」
炎が消えていないということは、水魔法でも消せないのだろうとウェイバーはわかっていた。水魔法を使用しても消えない炎を消すには、ウェイバーもそれしか方法がないのだと理解したようだった。だが、水魔法を止めることはない。城への道を開かなければいけないのだ。
炎が避けてくれるアイテムも存在しているが、誰も持っていない。この炎を消すか、術者が招き入れなければ城へは行くことができないのだ。
暫く水魔法を炎へとかけ続けていたが、何も変わることはなかった。しかし、炎の向こうからこちらへ向かってくる人影に気がついた。それは1人ではなく、大勢だ。
この炎の中を歩いてくる存在は、味方になってくれるような人物ではないと龍はわかっていた。この先には城があるのだ。そこから来たのだと考えると、スカジやビトレイ、それに操られている近衛兵やメイドに執事達だろうと予想がつく。
刀の柄を強く握る龍を視界に入れたウェイバーは、炎の中を歩いている先頭の人物を睨みつけた。水魔法で炎を消そうとしていた者達も手を止めて、炎から距離をとると警戒する。
目の前の炎が歩いてくる人物達が通れるように道を開けると、歩いていた人物の姿をはっきりと見ることができた。先頭を歩いている人物、それはビトレイだった。首から下げているネックレスが炎を反射して光る。後ろには近衛兵達がいた。それぞれの手には剣が握られている。
「空が暗い原因はお前か?」
一目見て、ビトレイの後ろにいる近衛兵達は操られているとわかったのだろう。先頭にいたビトレイを睨みつけたまま問いかけるウェイバーに、少々驚いた様子のビトレイ。
しかし、すぐにその口元に笑みを浮かべた。浮かべた笑みを見て、ウェイバーは眉間に皺を寄せた。
「あらあら、久しぶりじゃないですか。まさか、この俺をお忘れですか? ウェイバー国王様」
どうやらビトレイはウェイバーのことを知っていたようだ。それもそうだろう。彼はクロイズ王国から来たのだから。しかし、ウェイバーはビトレイを知らないのか黙ったままだ。
国王といっても、国の人間を全員覚えてはいない。城にいる者達全員を覚えることも大変なのだ。だからウェイバーは知らないのだ。ウェイバーが国王になる以前から召喚士見習いとして、城にいたビトレイのことを。
新人は、余程能力が高くなければ目立つことがない。そのため、国王が覚えている人物が話をしなければ存在も知らないことが多いのだ。
召喚士見習いであり、途中で黙って城から抜け出したビトレイのことを知らないのは当たり前だ。一方的にしか知らない。それはビトレイもわかっていた。わかっていて言ったのだ。どうせ、前国王から話にも上がっていないだろうと。
「まあ、いいです。知らなくて当たり前ですしね」
「なら、先ほどの問いかけに答えてもらおうか」
「ああ、昼間なのに暗い空のこと? 俺が原因なはずないだろ。これはスカジが、あることをしようとしているから暗いんだよ」
空を見上げて言うビトレイ。龍は目を細めて城の屋上を見た。そこにスカジがいるのだろうが、姿が見えなかった。目の前のビトレイたちをどうにかして、今は何故か炎が消えている城への道を通り抜けたいと考えた。
何をしようとしているのかはわからないが、炎と同じように止めなくてはいけないと思ったのだ。何故か、嫌な予感がしていた。止めなくては、街の火災とは別の何かが起こると思ったのだ。
城を見ている龍に気がついたビトレイは笑みを浮かべたまま両手を広げた。それにより龍の視線は城からビトレイへと逸れる。それを待っていたかのように、ビトレイは口を開いた。
「城へは行かせませんよ! 貴方がたの相手は我々なんです! さあ皆さん、彼らを殺してしまいなさい!!」
ビトレイの言葉に、黙っていた近衛兵達が剣を持ち向かってくる。水色の丸い宝石がついているネックレスがビトレイの首から下がっているのが見えた。それは、前回はしていなかったのではなかったか。そう思う龍だったが、前回はじっくり見たわけでもないので本当にしていなかったのかはわからなかった。それぞれが近衛兵達の攻撃を避けるとウェイバーが叫んだ。
「殺すなよ! 相手は操られているだけだ。怪我をさせたとしても、気を失わせて戦えないようにしろ!」
そう言われ、刀を持つ者は峰で攻撃をする。それ以外の者は、素手だったり、魔法を使って攻撃する。決して殺さないようにと。
周りの様子を見ていた龍にビトレイが向かってくる。城の屋上での続きとでもいうかのように、楽しそうに微笑みながら向かってくるビトレイ。しかし、ビトレイの剣を受け止めようとした龍だったが、自分の前に誰かが現れたことにより刀を抜けずにその背中を見つめた。
剣のぶつかる音が響いた。そして、何かが落ちる音。ビトレイは二歩後退りをした。
龍の前にいた人物が、地面へと落ちた何かを拾った。ビトレイを警戒しながら振り返ったその人物はウェイバーだった。背中を向けているというのに、ビトレイは何故か向かってこない。
「これがあれば、たとえ炎に巻かれても大丈夫だろう」
それは、先ほど身につけていたビトレイのアイテムだった。水色の丸い宝石がついているネックレスは、炎から身を守ってくれる魔法アイテムのようで、ビトレイはゆっくりと近づいてくる炎から遠ざかる。
道を開けていた炎の効果がなくなってきたのか、道は閉ざされていく。近衛兵達が、同じようなアイテムを身につけているようには見えなかった。
どうやら、炎の範囲から無傷で出てくることができればいいと考えていたようだ。彼らを連れて来たのは、戦わせるため。無傷で城から戦場に出て、ビトレイだけが炎の中を安全に通り、城へ戻ることができればよかったのだろう。
ウェイバーに渡されたネックレスを受け取ると、チェーンが切られているためつけることができないのでポケットに入れる。ウェイバーの右手に握る刀で、ビトレイの剣を受け止めて、左に握るナイフでチェーンを切ったようだ。
「それを返せ!!!」
炎から離れながら、剣を握ったビトレイが龍へと向かってくる。しかし、それはウェイバーの刀で受け止められてしまう。
「お前の相手は私だ。さあ、龍。君はここで立ち止まっていてはいけない。それがあれば、もう一度この炎の道も進むことができる。君はこれをどうにかするつもりなんだろう」
「ああ。ここは任せた」
そう言うと龍は、炎に包まれてしまった城へと続く道へ向かって歩き出した。ポケットに入れたネックレスが、本当に炎から守ってくれるとは思えなかったが進むしかなかった。
戦うウェイバーと共に来た人達を一度見てから炎の中へと歩き出した。ウェイバーのことは見なかった。
「お前は私が倒す。アレースに怪我をさせたお前は許さない」
そう言った声が聞こえたからだ。たとえどんな怪我をしたとしても、ウェイバーならビトレイを倒すことができるだろうと思ったのだ。倒すことが、どのような意味だろうと。強いのかもわからないのに、そう思えた。
龍は炎の中へと進んだ。すると炎は、龍を避けるように周りから遠ざかる。1メートルほど遠ざかった炎は、どんなに龍が歩いても近づくことはない。どうやら、ビトレイが身につけていたネックレスの効果は本物だったようだ。
これのお陰で、城へは怪我をすることなくたどり着くことができた。しかし、城の前へ着くと立ち止まった。入口が閉じられているのだ。燃える扉を開くことができないと判断すると、龍は翼を広げた。
これだけで傷が開くとは思えなかったが、注意しながら地面を蹴ると、翼を羽ばたかせて屋上へと飛んだ。城は扉だけが燃えており、他はどこも燃えていなかった。屋上へとゆっくりと足をつけると、そこにはやはりスカジがいた。屋上の中心に立ち、右手を空へと掲げている。1人でやって来た龍に気がつくと、スカジは笑みを浮かべた。
「思っていたよりもお早いお戻りですね。さすが魔物。体が丈夫ですね。……魔物というより、『黒龍』だからですかね。『ドラゴン』の鱗は硬いんですよ。本当、驚く程……」
口元は笑みを浮かべているが、笑ってはいなかった。右手を空へと掲げたままのスカジは、龍を睨みつけているようにも見える。
「私は『黒龍』にずっと呼びかけていた。それなのに答えはくれず、貴方を選んだ」
その言葉に、龍は『黒龍』の老人が言っていたことを思い出した。邪な心を持つ者。それはスカジだったのだ。だから、何度呼びかけられても答えることはなかったのだ。
それなら、スカジは今何をしているのか。顔は龍へと向けてはいるが、右手は空に掲げたまま下ろすことはない。屋上へやって来た龍に攻撃を仕掛けようとする様子もない。
「あの男達3人を操って、貴方を殺そうとしたのにそれすらできなかった。貴方がいなくなれば、私は『黒龍』になれたかもしれないのに」
3人の男を操り、攻撃をしてきた理由が漸くわかった。あれは、アレースを狙っていたのではなく、龍を狙っていたのだ。
何故、龍がいなくなればスカジが『黒龍』になれるのか。龍にはわからなかった。もし、『黒龍』である龍が戦いで死んだ場合は誰が次の『黒龍』を決めるのか。スカジには『黒龍』になる方法でもあったのだろうか。
「私は、『黒龍』になることは諦めました。黒は不吉。不吉な存在が国を乗っ取った時の皆さんの恐怖に慄く顔を見たかったのですが、この際『黒龍』でなくてもいいと考えたのです。何故なら、今は寿命により弱ってしまったあれがいるではないですか!」
そう言って空を見上げたスカジは、左手も空へと掲げた。すると、スカジの真上の暗雲が渦巻いた。そして、そこから現れたのは1匹の白い『ドラゴン』。それは獣型の龍と同じ姿をしていた。
「あいつが、『白龍』」
『黒龍』の対となる存在の『白龍』。その姿を初めて見た龍は目を見開いた。だが、何故そこから『白龍』が現れたのかと疑問に思った。しかし、すぐに答えにたどり着くことができた。
スカジは『黒龍』に呼びかけていた。しかし、答えることはなかった。龍を殺すこともできなかったことにより、『黒龍』を諦めたスカジは、弱っている『白龍』に呼びかけたのだろう。
寿命によって弱っている『白龍』には、スカジの呼びかけに答えずとも、呼び寄せられてしまったのだろう。抵抗することもせず、『白龍』はスカジの頭上へとその姿を完全に現してしまっていた。きっと、抵抗できるだけの体力も残っていなかったのだろう。
「さあ、今度は黒ではなく、白を不吉な存在にしましょうか! ふはははっ! ふはははははは!!」
笑う。スカジの笑い声は城から離れて戦うウェイバー達にも聞こえるほどだった。その笑い声は、歓喜に満ちていた。
そして、暗い街に1匹の白い魔物。暗い空に、白。その姿は病院からも、ルイットからも見ることができた。ルイットからは小さく見えるが、多くの人達が恐怖から身を寄せ合っていた。黒麒と白美と走ってやって来たユキは、何も言うことなくやって来た『白龍』を見つめた。
病院にいるエリスと悠鳥も、それを見ても何も言わなかった。そして、メモリアも。誰も何も言わず、ただ『白龍』を見つめる。誰の目から見てもわかるほど弱っている『白龍』が、自分の意思でそこへ姿を現したわけではないと気がついていたのだ。
だから、誰も何も言わない。これからこの国がどうなるのかもわからないが、エリス達は龍がどうにかしてくれると思い、疑わなかった。たとえ、相討ちになったとしても龍は『白龍』を止めるのだろう。『白龍』の対は『黒龍』なのだ。対である存在の苦しみは、きっと龍に伝わっているのだろう。
スカジを止めて、そして『白龍』を救い出すのだろうと、口に出さずエリスは窓の外を見つめながら思った。たとえ、どんな結果になろうとも。心の中では、龍の無事を願い続けていた。




