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■第47話 鉢分けの意味


 

 

試合はおおかたの予想通り勝ち、チームの面々は上機嫌だった。

 

 

昼どきの為このままみんなで近所のファミレスに流れることになり、

ショウタはシオリにも声を掛ける。 

しかし、『私はいいよ。』 と首を横に振ったシオリ。

そこまで自分がいては皆に気を遣わせるのではないかと過剰に気を遣っていた。

 

 

すると、急に駆けて行くショウタ。 まとめ役であるツカサの所まで行くと

なにやら話している。 そして、また慌てて駆けてシオリの前へ戻って来た。

 

 

 

 『俺も。 行くのやめた!』

 

 

 

そう言って朗らかに笑う、頬に泥が付いた善人顔。


『え?!』 困った顔をして、シオリが眉根を寄せた。

 

 

『私に気を遣わなくていいから・・・。』 いくらそう言ってもショウタは

頑として聞き入れない。 なんだか申し訳なくてシオリは尚も困った顔で

訴えるような目を向けた。

 

 

すると、

 

 

 

 『この後・・・ なんか用事ある? もう帰んなきゃダメ・・・?』

 

 

 

遠慮がちに不安そうに小さく、ショウタが呟く。 シオリをそっと覗き込む

ように背中を丸め意味も無く首の後ろをポリポリと掻いて。 


”その言葉 ”の意味が分かり、シオリは前髪を引っ張り照れくさくて緩んでいく

顔を少し隠すと、小さく2回首を横に振った。

 

 

 

 『なら! ・・・そんならさ、ふたりで・・・ 昼飯行かない・・・?』

 

 

 

ショウタは照れくさそうに、今度は腰の辺りを痒くもないのにボリボリ

掻いている。


いつもは黒髪に隠れているシオリの耳が、赤く染まってゆくのがハッキリ

分かる。 そして、小さくコクリ。頷いて、『・・・行く。』 ぽつり呟いた。

 

 

 

 

はじめて、ふたりきりでランチに行く。 これはれっきとしたデートな訳で。

 

 

 

 『な、なんか食いたいモンある??

 

  どうしよう・・・ どこがいいかなぁ・・・ 


  ナンカ調べときゃ良かったぁ・・・。』 

 

 

 

眉根をひそめて必死にショウタははじめてのランチ先のことを気にしているが、

シオリはそのユニフォーム姿の方が気になっていた。


ブツブツ呟きながら進むその泥だらけの背中を、無言でぎゅっと掴んで

留まらせると、まっすぐ見つめる。

 

 

『ん??』 振り返ったショウタに、『・・・着替えなくていいの?』 

シオリが訊いた。

 

 

 

 『あ・・・ そっか、俺、ユニフォームだったか・・・。』

 

 

 

シオリに言われて、初めて気が付いたショウタ。


デートに舞い上がるだけ舞い上がりそれ以外の事はもうなにも見えていなかった。

泥だらけで更に汗だくのその体で、シオリとの初ランチに行くのはさすがに

シオリに失礼だ。

 

 

 

『着替えたら?待ってるから・・・。』 シオリにそう言われて頷き、

ふたりはショウタの実家 八百安に来ていた。


『すぐ!ソッコーでシャワー入って着替えてくっから!!』 大慌てで自宅へ

駆け込む後ろ姿に『別にそんな急がなくても・・・。』 声を掛けたけれど、

シオリの言葉はきっと届いていない。

大きな音を立て玄関の敷居に突っかかりながら、泥だらけの不器用な背中は

家の中に消えた。

 

 

店先に出て来たショウタ母に、シオリが笑顔で挨拶をする。

相変わらず恰幅がよくて豪快なその姿。 

シオリはショウタ母がなんだか大好きだった。

 

 

店脇のスタンドラックに今日も咲き誇る花々を見ていたシオリ。


膝に手をあて、少し屈むようにして小さなそれに目線を合わせる。

すると心地良い爽やかな香りに包まれ、嬉しそうに更に大きく吸い込んだ。


シオリはショウタから教わった橙色のミムラスが、やはり一番好きだった。

指先でチョンと花びらに触れると橙色は小さく揺れる。思わず目を細め微笑む。

 

 

『なに?シオリちゃん、ミムラスが好きなの?』 

ショウタ母に話し掛けられた。

 

 

 

 『ぁ、はい。 この間、ヤスムラ君が名前教えてくれて・・・。』

 

 

 

そう言って尚もミムラスに見入っている可愛らしいお団子ヘアーの背中。

すると、ショウタの母は豪快に腰に手を当てて大笑いした。

 

 

『ああ・・・ だからか・・・。』 やけにやさしい顔をシオリに向ける。

 

 

『ん?』 ”だからか ”の意味が分からず小首を傾げショウタ母を見つめ返すも

『ううん、なんでもない。』と尚も頬を緩めて仰け反って豪快にゲラゲラ笑った。 

 

 

 

 

それは先日のこと。


ショウタが店脇に置いているミムラスを鉢分けして欲しいと言い出した。

理由を訊いても『部屋に置きたいだけだ。』とそれ以上決して口を開かない息子。

 

 

小さめの植木鉢に持って行ったそれは、ショウタの部屋の日当たりの良い窓辺に

置かれなにやらやたらと過保護に世話をしている様子だった。

 

 

シオリがミムラスを見つめる横顔を見て、やっと鉢分けの意味が分かったのだ。

 

 

 

『あー・・・ スッキリしたわ!』 ショウタ母が大きめに呟いたひとり言に、

シオリは更に意味が分からず首を傾げた。

 

 

 


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