■第45話 夜更けまで紡ぎ合った文字
自宅に戻り兄ユズルに症状を説明して腫れて熱をもった足首を
看てもらうシオリ。
すっかり ”医者モード ”から切り替わっているユズルは、口に食後の
アイスキャンディーを咥えながらシオリの足首をそっと触り押してみる。
『あー・・・ まぁ、軽い捻挫だな。
とにかく湿布で冷やして、寝る時は足は高く上げて寝とけ。』
ユズルは自宅の薬箱を持って来ると、その中から包帯を取り出しシオリの
足首を少し強めに圧迫し固めながら言う。
『この足で歩いて帰って来たのか?
電話すれば迎えに行ってやったのに・・・。』
すると、『いや、うん・・・ あの・・・ 送ってもらったから・・・。』
どこかきまり悪そうに口ごもる妹の姿に、即座に ”送ってくれた相手 ”が
分かったユズル。
ニヤニヤと顔を緩ませ、『へぇ~・・・』 と敢えてそれ以上なにも
突っ込まなかった。
シオリが照れくさそうに口を尖らせ、ジロリとそのニヤけ顔を睨んだ。
母親が淹れてくれたお茶のマグカップを両手で包み、テーブルに肘をつけて
背中を丸めるシオリがぽつりと口を開く。
ユズルは風呂に行っていて、リビングには母とシオリのふたりだけだった。
『ねぇ、お母さん・・・。』
どこか思い詰めたようなその声色に、母は ”ん? ”と目だけで返事する。
テレビのサスペンスドラマに夢中な母。 丁度今、犯人が崖の上に立っていた。
『私・・・ 将来、病院継がなきゃダメなの・・・?
私の・・・ 将来の、相手の人って・・・ 医者じゃなきゃダメ・・・?』
ショウタの朗らかに笑う顔ばかり浮かんでしまい、以前従兄弟のコウに言われた
あの言葉が頭をチラついて仕方がなかった。
”シオリの相手は、医者じゃなきゃ認められないんだよ ”
”下手に期待させちゃ、青りんご君が可哀相だよ ”
すると、母親は少し驚きテレビからシオリへと目線を遣る。
そしてやわらかい表情で目を細め微笑んだ。
娘が誰のことを想ってそんな一言を言い出したのか、瞬時に分かっていた。
小さくクククと笑うと、
『・・・安心しなさい。
長男のユズルがいるんだものシオリはそんな事気にしなくていいのよ・・・
自分の好きに生きなさい。
好きな人と、生きればいいのよ・・・。』
シオリはまるで泣き出しそうに安心した顔を向けると、みるみるその目には
涙が込み上げる。
そんな娘の顔を見たら、母まであたたかい涙が込み上げた。
”こんな事 ”を母親に言って泣き顔を見られるのは恥ずかしくて仕方ない。
『ありがとう・・・ もう、寝るね。 おやすみ・・・。』 そう言って
シオリは慌てて2階の自室に戻って行った。
すっかり年頃のキレイな娘に成長したその背中を、やさしくあたたかく
母は見守っていた。
(ぁ、お礼メールでもしておこうかな・・・。)
自室に戻ったシオリが机の上のケータイを見つめ、もう一度ショウタからの
初めてのメールに目を落としていた。 たった2行の、見方によっては
素っ気ない文字。
しかし、その2行が本当は照れ屋なショウタという人間をよく表していた。
指先でそっとスライドして、文章を打っていく。
From:ホヅミ シオリ
T o:明るく元気なストーカー
S u b:Re:
本 文:今日はほんとにありがとう。
嬉しかった。
ホヅミ
”嬉しかった ”の一言を打ったり消したり暫く繰り返し、息をひとつ付いて
覚悟を決めこの文章で送信した。 送信した後で、急激に心臓がバクバク
高鳴り落ち着かない。
すると、すぐ返信が来た。
From:明るく元気なストーカー
T o:ホヅミ シオリ
S u b:Re:Re:
本 文:いいえ、どういたしましてw
足はどう?大丈夫?
ヤスムラ
From:ホヅミ シオリ
T o:明るく元気なストーカー
S u b:Re:Re:Re:
本 文:軽い捻挫だった。
湿布したから平気。
ねぇ、さっき履いてたジーパンて
例のリーバイス?w
ホヅミ
シオリがケータイを見つめ、クスクス笑いながら文字を打つ。
ベッドにうつ伏せになったり仰向けになったりしながら、その顔は愉しそうに微笑んで。
From:明るく元気なストーカー
T o:ホヅミ シオリ
S u b:Re:Re:Re:Re:
本 文:そうだよ!!w
スエットだけじゃないって分かったろ?w
ヤスムラ
ショウタもまた、ベッドに寝そべってメールを打っていた。
たまに声を出してケラケラ笑いながら。
何往復したか分からないそのメール。 電話で話した方がずっと早かったのだが
初めて交わしたメールに胸はときめき、ふたり、夜更けまで文字を紡ぎ合っていた。
この時のシオリは、ショウタの呑気な流行り熱にほだされ、なにもかも上手く
いくに違いないと、そう思っていた・・・