■第21話 窓から覗いた白く細い手
その日の昼休み明け、シオリのクラスは音楽の授業があり2-Cから
音楽室へ移動していた。
授業のときは、まず最初に起立したまま校歌を合唱する事からスタート
するのが音楽教師のいつものやり方だった。
昼食の直後で気怠く眠い面々は、誰ひとり真剣に歌う者などいない。
その生徒たちの態度に若干の不快感を感じた音楽教師は、
『はい、最初から。』と一同が真面目に声を揃えるまで何度でもピアノを
叩き前奏をはじめる。
そのヒステリックな空気に、苦い顔を向けていた2-Cの一同。
それはシオリも例外ではなくうんざりした顔を向け、ふと窓の外に目を向けた。
すると、グラウンドでは男子が体育の授業で野球をやっているようだ。
なんとなくぼんやりと塁に配置されるそのジャージ姿のナインを見ていると、
その中の一塁手がぴょこぴょこ跳ねながら、ちぎれんばかりに手を振っている。
(・・・なに??)
思わずそれに目を凝らすと、それはショウタだった。
音楽室の窓にシオリの姿を見付けて、試合中だというのに嬉しそうに手を
振り続けている。
(よく見付けられるわね・・・。)
呆れたような感心したような顔を向け、シオリは口許を緩めて小さく笑った。
その時、『いい加減、真面目に歌ったらどうですか?!』 遂にヒステリックに
音楽教師ががなり立てた。
一瞬ビクっと驚いて体が跳ねるも更に反抗するように気怠い空気を醸し出す一同。
まだまだこの起立した状態での合唱が終わらない気配を感じたシオリは、
再び窓の外へ目を向ける。
すると、まだショウタが手を振っているではないか。
(まったく・・・ 集中しなさいよね・・・。)
俯いて、少し困った顔で小さく溜息をついたシオリ。
すると、少しだけ手を挙げ窓の外の一塁手に一瞬手を振った。
白く細い指先が、照れくさそうにかすかに揺れる。
途端に恥ずかしくなって、すぐ手は下ろして後ろ手に組んだ。
頬がジリジリ熱くなる・・・
(別に・・・ 挨拶、みたいなもんだし・・・。)
なぜか必死に心の中で、自分に言い訳を繰り返す。
心臓がどきん どきんと打ち付け、胸の奥がせわしなく高鳴る。
すると次の瞬間、グラウンドから突然なにやら騒がしい声が響いてきた。
音楽室の面々も一斉に窓の外へ目を向ける。
そこには、グラウンドのファーストベースにうずくまる姿があった。
腕を押さえ苦しそうに顔を歪めている。
シオリから手を振り返され舞い上がったショウタが、一塁にクリーンヒットで
飛んできた打球を左腕に直撃させ、痛みに悶えていたのだ。
(なにやってんのよ、まったく・・・。)
窓ガラスに貼り付いてしかめ面をしたシオリが、心配そうにその姿を
見つめていた。