■第19話 酸っぱいままが完成形
部活を終え、夕暮れの校舎を後にしたショウタとシオリ。
今日は前回のようにシオリを見失わないよう、ぴったりと後を引っ付いて
歩いていたショウタ。
その様子にほとほと困り果て、仕舞いには観念せざるを得なくなったシオリ。
また自転車でバスを追い掛けられては堪らない。
ショウタは自転車を押して、シオリがいつも乗車するバス停まで並んで歩く。
次のバス時間を指でなぞって確認し、左手首につけた腕時計に目を落とすと丁度
先程バスは行ってしまったばかりで、次に来るのは30分後だった。
『後ろ、乗んなって~・・・。』
ショウタが自転車の荷台に座ることを促すも、シオリはどこか困った顔で
口ごもり要領を得ない。
自転車にふたり乗りした経験は17年間で実は一度もなかったし
ましてや男子の自転車になど、どうしていいか分からなかった。
『なら、歩こうぜ。 30分もボケっとしてんの勿体ないじゃん?』
そう言うと、ショウタが自転車を押して勝手に歩き出した。
どんどん先に進んでゆくその大きな背中をモジモジと足踏みするように
ただ見つめ、シオリがやっと声を上げ呼び掛ける。
『ヤ、ヤスムラ君は自転車乗って帰りなよ・・・
・・・別に、私に付き合う必要ないでしょ・・・。』
すると、振り返りケラケラとショウタは笑った。
まるで愚問だとでも言うかのようにただやさしく笑い、『ほら、帰ろ!』 と
顎で帰路を促した。
自転車のタイヤがゆっくり歩道を進み、小さな砂利をパチンと弾く。
ショウタの汚れたスニーカーと、シオリのよく手入れされ磨かれたローファーの
靴底がアスファルトを踏みしめ擦る音を立て進む。
タイヤが回転するカラカラという音がそれにまじり、静かな夕空に響いている。
シオリはチラリ。横目でショウタを盗み見た。
今日も上機嫌な感じで、その顔は朗らかに笑っている。
垂れ目で、頬筋は常に上がっていて、口角もきゅっと上向きで。
何故この人はこんなにいつもいつも笑顔なのか、考えあぐねる。
そして、
『ねぇ・・・ あの、青りんご・・・ ありがとう・・・。』
言おう言おうと思ってずっと言えずにいた一言を、やっと言えた。
『酸っぱいの好きな人なら、アレ、すげー旨いでしょ~?』 ショウタは
嬉しそうに頬を緩める。
そして、思い出し笑いをするように言った。
『好きな果物 ”青りんご ”って言われて、
俺、チョー 笑いそうんなったんだよね~・・・
なんかさ、
”いちご ”とかー・・・ ”ぶどう ”とかー・・・
ホヅミさんのイメージじゃない気がしててさ・・・。』
『イメージ?』 シオリがショウタを見つめて訊く。
『ぅん。 イメージ・・・
だから、”青りんご ”って言われて、
まさにそれだー!!、って・・・
ほんとは甘くなるくせに、酸っぱいままが完成形みたいな顔してるトコ。』
そう言うと、クククと肩を震わせてショウタが笑った。
『なーんで人前で笑わないんだよ? ほんとはよく笑うんでしょ~?』
その言葉は決してからかう声色のそれではなく、なんだかあたたかくて
心に沁みる。
思わずひた隠しにする本心が顔を出し、不貞腐れるようにシオリが俯いて
目を逸らした。 そして、小さくぼそぼそ口を開く。
『だって・・・
なんか・・・ 勝手に ”笑わない ”とか ”大人しい ”とか
イメージ持たれちゃって、それが固まっちゃって・・・
・・・もう今更、どうしようもないじゃない・・・。』
そう呟くシオリはまるで拗ねた幼いこどものようで、そんな一面もどうしよう
もなく可愛らしくて、ショウタはどんどん緩んでいく頬筋をどうすることも
出来なかった。