56 : vs 龍 - その先 【完結】
僕の手にはブルー・ホーンを倒した時にドロップした短刀が握られていた。
青く澄んだ深い海の色。
その中に、神々しい白線が浮かび上がっていた。
どうすればいいのかはわかる。
何度もやってきたことだ。
そして、これが最後だということも。
次は、もう生き返れない。
僕は、その刃を優しく首に這わせた。
短刀の色がそのまま自分の体へと移っていく。
全身に力がみなぎるのが分かった。
声は聞こえない。
それでも、頭の中ではカウントが始まった。
五。
四。
三。
二。
一。
目をかすめたのは卑しくも堂々と笑う龍だった。
その腕はゆっくりとグラモロスへと伸びている。
僕の体は思うよりも早く動いていた。
瞬間にあふれ出す蒸気が、時間を止めて世界を流れるように僕の体を龍の元へと運ぶ。
そして、その腕をミスリルの剣で弾き飛ばした。
切り落とせると思ったけれど、龍の方も咄嗟にガードしたらしかった。
「バンっ」とネリが抱き着いてくる。
僕の体をまとう青がそのままネリへと伝搬していった。
龍が頭上に浮かべていた黒い靄へと僕は手を向けて水光線を放つ。
一発では破壊できず、球状に囲う形で何本もの水光線を集中的に浴びせる。
太陽の光を受けて、空間にラメが入ったようになった。
ネリは追撃とばかりに一瞬で龍の眼前へと移動した。
龍化は殴った方が強い。
それでも、ネリは剣を振るう。
ベルトルトさんに教えてもらった剣を。
龍はまたもガードしたけれど、鱗の一部が砕け散る。
僕はグラモロスとニリアにも振れた。
「生きててよかった」
「心配、したんですから」
二人とも、安堵と心配に目が潤んでいた。
「ごめん。でもまずは、龍を倒そう」
僕は誤魔化すように言った。
でも、二人も頷いてくれる。
話し合いなんていくらでもできる。
でも、龍が生きているなら、そうはいかない。
グラモロスはネリと同じように龍の場所へと飛び去る。
そして、ニリアはその場で氷柱を生成し始めた。
何本も、何本も。
一本一本が、最初に作った槌の魔法と同じくらいの魔力が込められている。
僕は四つの球を作った。
ブルー・ホーンがしていたみたいに、突撃と水光線を合わせる。
僕も龍の方へと行こうとしたとき、ニリアが僕を読んだ、気がした。
振り返ると、ニリアは驚いたように顔を上げてから、そして悲し気に笑った。
この纏っている青は僕たちの感情や考えをおぼろげに伝えているようだった。
それは、連携をしやすくするための神の計らいだったのかもしれない。
けれど、同時に互いの心の内を知ってしまうものだった。
ニリアは僕がネリに向ける気持ちを、そして僕はニリアが僕に向ける気持ちを。
僕は気づかないフリをして、龍の元へと飛んだ。
龍は、ネリとグラモロスの猛撃を受けて、鱗がところどころ剥げていた。
僕はその場所目掛けて水光線を放つ。
練った魔力は水光線を連射可能にする。
ネリとグラモロスの動きを援護するように、そして、確実にニリアの攻撃が通るにように考えながらも、僕は自分でも殴りに行く。
一瞬のうちに逆転した形成に龍は追いつけていなかった。
さっきまでの余裕は、もう感じられない。
僕との接続を切るのに力でも使ったのか、最初ほどの威圧感もない。
薄暗くなった空に色とりどりの光が散らばる。
合図だった。
距離を取って、遠距離攻撃。
ネリとグラモロスも水光線の魔法は無理でも、マーマンが使っていた魔法なら使える。
僕は成功確率を高めるために、最終攻撃のための魔力以外を全部蜘蛛糸の魔法へと練り上げる。
近接攻撃がやんだとき、僅かに隙ができると困るから。
粘度も強度も、そして重量も、持続時間を犠牲にして。
可能な限り高めて、教え通り最速で放つ。
蜘蛛糸の魔法が龍を押さえつけるのと同時、氷と水の銃弾が龍へと吹き荒れた。
全員が魔力を前回まで出し切ること十数秒。
聞こえるのは僕たちの息遣いだけだった。
ニリアが込めた氷は氷点下を通り過ぎ、僕たちのあてた水もろともあたり一面を凍らせた。
奇しくも頂上の中心に龍がいたため、その窪みの半分くらいの深さは透明な氷で埋め尽くされていた。
僕たちは一斉に地面に倒れた。
体のいたるところが筋肉痛で頭もずきずきとする。
人ならざる力を短い時間でも行使したつけだった。
しばらく、動けそうにない。
そう思っていると、とたんに体が軽くなった。
魔獣を倒したときに感じる、身体能力上昇の恩恵。
けれど、ここまで疲労が取れるとなると、ボーナスなのだろうか。
氷に埋まった龍を見ながら、僕たちは集まって腰を下ろした。
見ると、ニリアもネリも目の色は元の色に戻っていた。
ニリアは灰色に、ネリは茶色に。
ニリアとネリはお揃いのチョーカーを外した。
二人とも、逆鱗も消えている。
ネリが龍鱗を出そうとしたけれど、まったく出ない。
これで終わったのだ。
龍を倒せた。
「バンっ」
「ネリっ」
僕はネリを見た。
ネリも僕を見ている。
「バン、今度こそ死んじゃったかと思った」
ネリは僕を力強く抱きしめた。
「僕だって、もう会えないかと思った」
僕も抱きしめ返す。
「なぁ、バン。悪いんだけど、ニリアも構ってやってくれないか」
空気の読まないグラモロス。
いや、読んだうえでだろうか。
ネリはニリアへと腕を広げていた。
僕がニリアの気持ちを知ったように、ネリも確信を持ったみたいだった。
ニリアがもじもじしているのを見たネリが、そのままニリアへと抱き着きに行く。
同じ龍の呪いを持った同士。
感じていた不安も同じだったはずだ。
僕とグラモロスは大切な人を失う恐怖だったけれど、二人は自分を失う恐怖なのだ。
僕とグラモロスには想像もつかない。
「さすがに皇女と商家だと、家が釣り合わんからな」
グラモロスは苦い顔をして、下の龍を見た。
「せめて、コイツを公表できれば、だけれども、俺も与えられていた力は消えたみてぇだしな」
グラモロスは僕へと手を伸ばしてきた。
たまにやる遊びだ。
互いに相手の手を握り合い力を籠めるだけの。
僕は毎回痛い思いをさせられていた。
でも、今は僕とグラモロスの力はほとんど変わらなかった。
「変に担がれても危険だもんね」
龍を倒したことで僕たちはさらに強くなった。
それこそ、ゴールドランクでも上位に昇れるくらいには。
もしかしたら、このまま冒険者を続けていれば、十年後かにはプラチナになれているかもしれない。
けれど、グラモロスもニリアも、山を下りたらお別れだった。
三年、皇族が抜け出せただけでも十分にゴルドラン皇帝は頑張った方だろう。
もしくは第一皇子も。
割り振れるはずの公務を割り振らずに来たわけだし、他の貴族からの突き上げもかわしてきたことになる。
そんな話をしていると、手を繋いだ、というよりはネリが一方的に握っているだけだけれど、二人が僕たちの方へ体を向けた。
「兄様、勝手なことを言わないでください」
さすがに妹の恋路に口を出したことを、妹本人につつかれれば兄の立場はない。
謝ろうとしたグラモロスに、ニリアは笑った。
「兄様、そういえば言ってましたよね。私が皇帝になる方がいいと」
「お前、まさか」
「一夫多妻というのもいいかもしれません。ねぇ、ネリお姉さま」
「うん。バンの子供は多い方がいい」
あけすけなネリの言葉に僕の顔は熱くなる。
「まぁ、俺もバンなら別にいいけどよぉ」
と何か言いたげな視線をニリアに向けるグラモロス。
そしらぬ顔で通すニリア。
そして、ネリはもう片方の手で僕の手を握ってきた。
何も言わず、握った手を目線の高さまで持ってきた。
交わった視線は、夜の暗さでも煌めいて見えた。
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これで、バンの物語は終わりです。
本当にありがとうございました。
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