リリア
ぶつぶつと小声で聖句を唱えている間に、優秀な侍女たちとリーゼロッテによって、旅の準備は、瞬く間に済んでしまった。
魔法の収納庫があるからでもあるが。
メイド達に至っては、邪魔にならない腕輪や指輪などの装身具にアイテムボックスを仕込んでいるから、身体ひとつでいつでも移動可能なのだ。
私も、持ってはいるの。
足の親指に付けているトゥリング。
装身具などを奪われても、見つかり辛いという理由で、緊急時に必要なもの一式が入っている。
でも歩きつらいし、ちょっと苦手なのでピンキーリングとして小指に嵌めることにした。
セレスがいるから必要ないと思うけれどね。
全員が皇女宮に集まったところで、セレスがやって来た。
「揃ったね。それじゃぁ馬車に乗り込んで。
転移門を開くよ」
今回は先乗りしている(潜入しているともいう)梟が、簡易転移門を展開することになっている。
こちら側の転移門はセレスが開いた。
勿論転移は、国境の近くの川沿いにある街だ。
ここはまだアストラル皇国領。
ここから堂々とセレスティア王国へ。
既に先ぶれは出ているので、王国騎士団が先導して船まで案内してくれた。
「女王陛下へのご挨拶は不要とのことで、すぐに乗船下さい。
中でリリア王女がお待ちです」
「ありがとう、そちらは、女王陛下への贈り物です」
馬車が2つ分の荷物。
かなり豪勢だと思うけれども、これぐらいが普通らしい。
何しろ豪華客船を往復占有させて頂くのだから。
デッキにあがると、リリアが待ちかねたように飛んできた。
「こんなに早く会えるとは思わなかったわ。ナナ」
「私も嬉しいわ。リリ。このまま、アストラル学院まで一緒なのね」
後ろで、コホンと小さな咳払いが聞こえた。
私は慌てて居住まいを直した。
「この度、女王陛下の御座船に同乗させて頂き感謝申し上げます。
リリア・フォン・ルーンフェル王女殿下」
丁寧に礼をするとセレスタイトが進み出た
「ご厚情に感謝申し上げる。リリア姫」
「ご丁寧なあいさつ痛み入ります。
ゆるりとお過ごしください。ナナミ皇女殿下。セレスタイト公子」
そしてリーゼロッテを見て言った。
「あなたが、ナナのお目付け役かしら?
随分若いのね」
「私は、リーゼロッテ・フォン・エーテル。エーテル公爵家の第一公女でございます。
ナナミ皇女殿下の側近でございます」
「まぁ、あなたがあの完璧令嬢。
さすがね。
でも言っておきます。
この船の中では無礼講を許しているの。そのつもりでね」
「畏まりました。殿下。
私共は、ナナミ殿下の御座所を整えに参ります」
「そう。行っていいわよ」
侍女やメイド達がリーゼロッテの指示で、船内に入っていくと、セレス船の見学に行ってしまった。
「あいかわらずねぇ。セレスは。
少しもじっとしていないわ」
リリはそう言うけれど、セレスは船の安全を自分で確かめているのだと思う。
あれで、かなり慎重なのだ。そうは見せないけれど。
「リリ。あまりロッテにきつく当たらないで。
私の側近として苦労してくれているの」
「自分が完璧だから、どうしても他人にも完璧を要求するのよ。
ああいう手合いは。
ナナも話半分に聞いておくといいわ」
「ありがとう。心配してくれて。
でも、きちんと正式な作法を知っていて、それをあえて崩すのと、全く知らないで無作法をするのは違うでしょう?
私は何も知らないから、ロッテの指導はありがたいのよ」
「あなたって、真面目なのねぇ。
あなたがいいのなら、私は何も言わないわ」
「それより、もう中に入らない?
まだ日差しがつよいわ。海が見たいなら涼しくなってからにしなさいよ」
「ええ、そうするわ」
そうしてリリとお喋りをしていると、時間はすぐにたってしまう。
セレスが迎えにきた。
「僕にも、婚約者と過ごす時間を分けて下さい。リリア姫」
セレスが珍しく真面目に頼んだから、リリもすぐに私をセレスに明け渡した。
船のデッキに持たれて、ゆっくりと沈む夕日を見ていると、セレスがぽつりと言った。
「なぁ、ナナ。俺は勝手なことをしているよな」
「どうしたの。セレス急に」
「だってさ。ナナ。お前はあの国に入ってまだ僅かだ。
宮廷にも慣れていないのに、今度は皇女として法王を訪問する。
いくら俺だって、それが無茶なことくらいはわかるぜ。
あのまま山でのんびり暮らしていれば、こんな苦労はしなかったろうに」
「それは違うわ。
私はあなたの番だから、いずれ山に籠もるのでしょう?
それまでの短い時間、人間として苦労しないと、きっと私傲慢になってしまうわよ。
人間である限りは、人の世を知らないと……」
「ナナ。おい、お前。
もう、龍として生きることも視野に入っているのか?
どうなっているんだよ、お前の思考回路は?」
「あら、私は龍ではないわ。龍の番よ。
けれども長命で、山で過ごす龍の伴侶なのでしょう?
貴方はいずれプロイセン王国の守護龍になる。
だったら、私は人としてのありようを学ばなければ。
龍が人間の女を伴侶とするのは、その為かもしれないもの。
龍の孤独を癒すだけの存在になりたくはないわ」
「はぁー。まいったな。
俺は、罪悪感を持っていた。
いろんな事を勝手に決めたから。
ナナを不幸にしていないか?
そう思っていたのに、お前ときたら」
「だって、どうにもならない事で悩んでどうしろと?
私が龍の番だっていうのは、もう決まったこと。
だったら、そのうえでどう生きるか?
それを模索するのは、自然な事よ」
「俺、いまひとつわかったことがある。
お前は、最高にいい女だ。
そして俺はお前に惚れている」
「何よ。今更」
「今更だけれどさ。ずっとナナを愛しているけれどさ。
俺、たった今思ったのだ。
俺はこいつに惚れたってさ」
私は返事をしないで、黙って海をみつめていた。
夕日が頬に当たって、少し赤い。
そう、顔が赤いのは、夕日に染まったせいだから。
夕食は貴族籍がある者は、全員が一緒に食べた。
だからリーゼロッテも、ナナも一緒だ。
ナナは侍女になるときに、伯爵家の養女に入っている。
当然のようにセレスの部下の貴族や、リリの部下たちも加わるから、結構な人数になった。
食事の前にリリアが、改めて船内での無礼講を宣言したから、食卓は賑やかだった。
なにしろ、私やリリアの付き人達だ。
全員が若いし、相手が決まっていない者も多かったから、どうしても異性に目がいってしまうのだ。
ロッテは公女だから嫁ぎ先は限られる。
「ロッテに婚約者はいないの?」
「それが、なかなか難しくて。
お父様は、誰でも好きな相手に嫁げとは、おっしゃるのですけれど」
「理解があるお父様で良かったじゃない。
私の場合王配になるから、もっと難しいわよ」
「リリアさまは、女王陛下になるのですものね」
「リリアには一緒に育った猶子はいないの?
セレスティア王国では、優秀な女の子がいると、幼いうちに婿候補を一緒に育てると聞いたことがありますが」
「いるわよ。
ほら、あそこでむっつりしているのが、猶子のエル。
エルフェンリートよ。
公爵家の第2子で、私が5歳、エルが7歳の時から一緒に育っているわよ」
「なんだか大人しそうな方ですね」
「大人しいですって?
外面がいいだけよ。今まで、どれだけひどい目にあわされたか」
リリがぶるぶる震えている。
かなり怒っているみたいだけれど、一体何をしたらリリがこんなに怒るのだろう。
私がエルをチラリとみると、聞こえていない筈なのに、ふふんと鼻で笑った。
それを見た瞬間、私は確信した。
此奴は触っちゃダメな奴だ。
触れるな!危険と書いてある。
その証拠に、本当におとなしい人なら、周りが何かしらちょっかいを掛ける筈なのだ。
だけど周囲から隔絶したかの様に、平然と静かに食事をしている。
これって覇気だ。
静かすぎて見えにくいけれども、皇太子が持っているのと同じ。
まぁ、皇太子は覇気が表に出ているけれど。
多分怖いのはこっちだろうな。
お兄さまがこいつでなくて助かった。
私がそんな事を考えていると、セレスが席を離れて、こちらにやって来た。
「ナナ。そろそろ移動しないか?
珈琲でも飲みに行こう。
どうせ部屋に戻れば、課題が山済みだろう。
少し眠気を払ったほうが、安全だぜ」
「思い出させてくれてありがとう。
珈琲は大好きよ。頂くわ。
チョコも。」
「了解」
私がセレスにエスコートされるとき、チラリと見たら、エルがリリに何か言っていた。
真っ赤になったリリが、それでも頷いてエスコートを受け入れていたから、きっとあの二人は結婚するのだろう。
良いことだ。
エルがいたらセレスティア王国は安泰だろう。
リリの親は、よく見ている。
あれはリリが先に惚れたに違いない。
他人の恋模様はよく見えるのに、私とセレスの中は、なかなか進まない。
セレスは、好きだの愛しているだの言うくせに、決して手をださないのだ。
別に出して欲しいわけじゃないけど。
私、そんなに魅力がないかなぁ。
確かに色気は無いけどさ。




