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80歳のおばあちゃんは龍の溺愛に気がつかない  作者: こもれびの空


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法王の呼び出し

 さて、いったいどんな用があって、妹となって2日目の相手に、こんな手の込んだ呼び出しを掛けたのだろうか?


「落ち人が、もう一人見つかったそうだ」


 私は黙って続きを待った。


「全然動揺しないのだな。

 相手は、お前のせいだと言っているらしい。

 つまりセレスタイトの転移に巻きこまれたと」


「それでセレスタイトが訴えられでもしたのですか?」


「悪かったよ。謝ったじゃないか。

 馬鹿げた呼び出しをかけたのは、君を試すためさ。

 ある程度の胆力が必要な相手なのでね」


「落ちた先は、ルーンフェル王国。事もあろうに法王が祈りを捧げているときに現れたから大騒ぎになったらしい」


「それで相手が、自分は日本人で青い龍が飛んできたときに、この世界に落ちたと主張したわけですね。

 不審者として拘束されたから」



「そういう事だな。

 ミゼラブル教団としても、はいそうですかと釈放も出来ないが、嘘をついている様子もない。そこでこちらに要請がきた。

 お前を呼んで事実を確かめたいらしい」


「それで、本人が望めば日本に帰ることは、可能なのですか?」


「多分不可能だろう。

 時空はいくつも重なり合っている。

 万一同じ世界に戻ったとしても、時代が大きくずれてしまうだろう。

 そもそも戻れるとも思えないが」


「しかし、セレスタイトは私を連れて自分の世界に戻りましたよ」


「それは、考え方が逆だ。

 セレスは番の気配を察知して、本能的にそちらに飛んだ。

 ただし、帰り路がわかるよう神龍がセレスに魔力の糸を繋いでからだ。

 帰りは神龍がセレスを手繰り寄せただけで、セレスが起点を見つけた訳ではない」


「で、私にルーンフェル王国まで行って、その落ち人に会えというのですね。

 彼のいう事が本当だった場合、彼はどうなるのでしょうか?」


「とりあえず法王が後見人となって、貴族扱いでアストラル学院に入学させるつもりのようだ。

 こちらの世界の理を理解してから、進路は自由に決めてよいと法王は言っている。

 お前を呼ぶのは、色々と煩く言う周囲を黙らせたいだけで、法王も彼が事実を言っていると思っているそうだ」


「落ち人は黒髪、黒目。

 そんな人はアストラル皇家か、落ち人だけ。

 どうして、そんなに面倒なことになっているのですか」


「それがな。その落ち人は茶色の髪に茶色の瞳だったらしい。

 どう思う?」


「どうと言われても、会ってみないことには何とも。

 ただ、最近の子供は真っ黒ではなくて茶髪で瞳も薄いこともあります。

 染めている場合もありますし」


「染めていれば、すぐにわかる。生まれついて茶色の髪だと本人も主張している」


「では行ってきます。巻き込まれて困っているなら助けないと。

 セレスのしでかしたことですしね」


「ほら見ろ!ローラン。最初から丁寧に頼めば済んだことなのに、お前ときたら」


 シーフがぼやくとローラン皇太子は渋い顔をした。


「そうは言っても相手は、あのミゼラブル法王だぞ。

 何がどう転ぶか、分かったものではない。

 それにセレスタイトが、素直に留守番をするとも思えない。

 こいつにどの程度セレスが制御できるのか、胆力のほどを見極めないと危なくて任せられないだろうが」


「お兄さま、セレスはそんなに危なっかしいですか?」


「だって幼児と同じだぜ。人間界に来たばかりだ。

 悪さしないように仕事漬けにしているが……」


「そんな事をしていたら、そのうち暴発しますよ。

 シーフ様もご健在なのですし、半分はシーフ様に割り振って下さい」


「そうなるか?」


「青龍は黒龍とは違いますよ。

 うんざりして飛び出す方が面倒でしょうに」


「だが公爵家の公務は全部シーフがやっているのだぜ」


「それでも執政官は調整事項が多いでしょう

 セレス向きではありません。

 漆黒の梟の長あたりが丁度良いのですよ。

 それに諜報活動なら、どこかにふらついていても名目が立ちますしね」


「なぁ、ローラン。今の言葉は、俺への嫌味だろうか?」


「自覚があるのならそうじゃないですか?

 いい年をして拗ねないでくださいよ」


 お兄さまは、シーフ公には、けっこう厳しい。

 確か、ずっと皇帝陛下を支え続けた忠臣の筈なのに。


「皇帝陛下の懐刀を、そんなに邪見に扱っても良いのですか?」


「シーフは俺の守役だ。物心ついた時から一緒だからな。

 第二の父上みたいなものさ。身内だから甘えられるのだ」


「おー怖い話だ。殿下の人たらしは、益々年季が入ってきましたな」


「俺は本気だが?」


「はいはい、わかっていますよ」


「それで、今から向かうのですか?」


「セレスティア王国までは、転移を使う。

 そこから船で、ルーンフェル王国の港へ。

 港には迎えの馬車が待っている筈だ。


 船はセレスティア王国が貸してくれるそうだ。

 リリア姫が、アストラル学院入学前にミゼラブル大聖堂で祝福を受けるそうでな。

 同乗させて貰うことになった。


 帰りはリリア姫も一緒だ。

 お前たち仲が良いのだろう?」


「ありがとうございます。お兄さま。

 嬉しいですわ」


「お前なぁ。単純だって言われないか?」


「別に私は困りませんし」


「そうだよなぁ。胃が痛くなるのは側近だろうさ」


「そこまででは、ありませんよ」


「少しは自分を知った方がいいと思うぞ。

 多分おまえ、セレスより惨いからな」


「お兄さま。可愛い妹にお前呼ばわりは無いと思いますよ」


「そうか?ナナ」


「うーん。お前でいいです。

 なんか寒気がする。」


「お前は!」


「セレスがすぐに来るはずだ。

 仕事だって溜まっているのだから、さっさと済ませて帰ってこい。

 道草するなよ」


「はーい」


「凄く良いお返事ですねぇ」


 シーフ公が呆れているけれど、私は素直な良い子なのだ。


 部屋を出ると、メイドたちの気配がした。


「アルファ、ベータ。セレスとルーンフェル王国に行くことになったわ。

 1人は準備に向かって頂戴。

 私は執務室に向かうから、護衛はひとりで十分よ」


「御意」


 私は、そのまま執務室に向かう。

 待っていた秘書官たちに、問題は解決したことと、すぐにルーンフェル王国で法王に謁見することになったと伝えた。


「アストラル学院の入学式までには、帰国するわ。

 側近のリーゼロッテ達にその旨を伝えて下さい。

 あなた達で処理できる案件は、すべてお任せするわ」


「畏まりました。

 随分急なのですね」


「ええ、あちらで落ち人騒ぎがあったらしいのだけれど、どうやらセレスが関係しているみたいでね。

 法王猊下からお召があったの。

 仕事を押し付けて申し訳ないわね」


「いいえ、お任せ下さい。

 業務を停滞させたりはしませんわ」


「リリス。私の決済印を預けても構わないかしら?

 代理で印を押すことも出来るのでしょう?」


「はい。書類の重要度によって代理印が認められています。

 代理で決済した場合は、横に代理者が自分の印を押すことで責任を明確にしています」



「それは便利ね。

 重要な書類は皇后宮に。

 帰ったら、お母様にお伺いしますから」


 仕事の目途がたったので、私は急いで皇女宮に戻る。

 アンがしっかりと支度をしてくれていた。


「アン。ありがとう。

 同行者は誰になるの?」


「礼儀作法を急いで詰め込まないといけませんので、今エーテル公爵令嬢に急使を送りました。まもなく到着なさいます」


「良かったわ。船で勉強出来るわね。

 侍女とメイドは?」


「メイドは全員。護衛ですから。

 侍女は私だけ。

 船や王宮、神殿には専用の侍女がいるので、お供はあまり歓迎されませんから」


「そうなのね。アン、苦労を掛けて申し訳ないわ」


「いいえ、メイド達が信頼できるので、私も夜は休みますし、それほどではありませんよ」


 そこにエーテル公爵令嬢が到着したとの連絡が入った。


「すぐにこちらへ」


「ナナミさま。

 急なことですね。

 法王猊下への謁見作法は、船でお教えします。

 あとは神殿でのマナーと晩餐会の作法ですね。

 ミゼラブル教団の教義についても、基礎的な事は知っておかれた方が良いでしょう。


 ルーンフェル王との謁見もございますね。

 そちらの作法と、セレスティア女王へのお礼言上も必要です。


 礼品や贈答品につきましては、皇太子殿下がお手配下さったので、ご心配は無用ですわ」


 リディアは、まだ何一つ教えていない教え子が、いきなりぶっつけ本番になると知って、既に、教育方針を練り込んだみたいだった。

 ありがたいけれども、詰め込まれるのは私だ。


 船旅に浮かれていた私の心は、急速に冷え込んだ。


「ありがとう、リディア。

 あまり時間がないけれど、出来る限り頑張って覚えるわね」


「いいえ、殿下。

 完璧に覚えて頂きます。

 殿下は、アストラル皇国の皇女です。

 国の面子を潰したりできませんからね。


 とりあえず、ミゼラブル聖書 幼児向けをお持ちしました。

 一番大切なことが、全て書かれているので、その中の聖句だけは、必ず今日のうちに覚えて下さい。

 ルーンフェル王国では、幼児でも知っているものばかりですので」


 そう言って渡された本は、確かに薄かったけれども、聖句は朝の祈祷から始まって、食事の時、初対面の寿ぎ、感謝する時、お詫びする時、等々。

 夜寝る前の就寝の祈りまで含めると15もある。


 これを全部今日中に暗唱できるようになれと?

 リディアはスパルタの鬼教官だった。


 親の仇でも見るように、教本を睨んでいたら、リディアに叱られた。


「ぼんやりなさっている暇はありませんよ。

 すぐに最初の聖句から、初めてください」


 私は、しおしおと暗唱を始めるのだった。

 

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