アマテス女王の告示
ステアは女王の御璽を捧げ持ち、テルミとサルサを従えて女王の城に戻った。
オルギニウムの暴走崩壊により生じた光と熱が吹き抜けた奥宮の内部は全てが黒く焼け焦げていて、ブスブスと煙を上げていた。辺り一面に焦げた臭いが漂っている。サリー教のヴァイム神の元に向かうために奥宮の礼拝所に集まっていたサイカ元老院議長とサリー教の信者たちは、高熱に焼かれて跡形もなく消えていた。通路の壁や天井や床に貼り付いていたオニウツボカズラの残骸も、全てが焼き払われていた。
邪教サリー教は滅んだ。
女王の城の玉座の間も、奥宮から繋がっている通路を通って噴き出した、猛烈な衝撃波と光と熱の奔流のために黒く煤けていて、床に敷き詰められていた白光石の化粧板は一部が剥げて吹き飛ばされていた。玉座の反対側の壁は猛烈な衝撃波と光と熱の奔流をまともに受けて、直径十メルもある大きな穴が開き、そこから外光が差し込んでいた。しかし、玉座の間のひな壇の上に据えられている翡翠白光石の玉座だけは、衝撃波や高熱に耐えて、何ごともなかったかのように淡い翡翠色に輝いていた。
ステアたちは玉座の間を抜け中央階段を下りた。突然の爆発による城の損傷とゾルゲルの襲来への対応のため、城の廊下や階段は声高に何かを叫びながら右往左往する官吏や衛兵で溢れていた。
ステアはヒトの波をかき分けるようにして廊下を進むと、宰相の執務室の扉を開けた。
白光石の大きな会議机を挟んで六人の元老院議員と主要街長会議代表アルガは、まだゴルムの吐いた毒香の影響から覚め切らないのかボンヤリとした顔で座っていた。執務室の中には微かに痺れるような甘い香りが残っている。いっぱいに開けられた扉から新鮮な空気が執務室の中に流れ込むと、元老院議員たちやアルガはスッと息を吸って顔を上げた。正気に戻ったのだ。執務室の中はトキの流れから取り残されたようにシンとした静寂に包まれていて、それとは対照的に、部屋の外から官吏や衛兵の叫び声や廊下をバタバタと走り回る音が聞こえている。
ステアは宰相席の横に立つと、元老院議員たちの顔を見回してから言った。
「元老院議員のみなさん、アルガ街長、アマテス女王がアマノイワトからお出ましになられました。アマテス女王は女王の霊廟の『命の間』で血の儀式を執り行われておられます。アマテス女王からのお言葉をお伝えいたします。城の者を玉座の間に集めて、女王が現れるのを待つようにとの仰せです。それともうひとつ、ゴルム宰相が急病によりお亡くなりになられました。元老院議長のサイカ様はいらっしゃらない?・・・それでは元老院議員のどなたか、城の者への命令をお願いいたします」
元老院議員のひとりが、こめかみを指で揉みながらステアを見た。眉間にしわが寄っているのは、頭痛が酷いのだろう。
「アマテス女王がお出ましに? 何を言っているのだ・・・。それに、ゴルム宰相が急病で亡くなられただと。何をバカなことを・・・ゴルム宰相ならそこに座って・・・あれ? いらっしゃらない。確かに先程までそこに・・・頭が痛い・・・何があったんだ・・・。そういえばサイカ議長も姿が見えない・・・」
ゴルムの吐いた毒香により意識の混濁した元老院議員たちは、ゴルムの変化もサイカの退出も覚えていなかった。ステアにとっても、サイカがサリー教の信者であり、奥宮の礼拝所で他のサリー教の信者と共に焼け死んだことなど知る由もなかった。
「とにかく、元老院議員のどなたか、城の者へ『玉座の間に集まるように』命令をお願いいたします」
ステアの言葉に耳を貸す気配などまるでなく、元老院議員たちは互いに額を寄せ合ってヒソヒソと話をしている。アルガも突然のことに何が何だか分からないという表情でステアを見ている。元老院議員のひとりが顔を上げた。顔にはありありと迷惑だと書いてある。
「とにかく、ゴルム宰相に一度お諮りして、ご判断を仰がないと、我々だけでは何ともしようがない」
ステアは腹立たし気に声を荒げた。
「『ゴルム宰相は亡くなられました』と先程申し上げたではないですか」
「ゴルム宰相のご遺体はどこにあるのだ。ステアと申したか・・・ステアの言い分だけで、はいそうですかとは言えんな」
「ゴルム宰相のご遺体は先程の爆発で跡形もなく・・・」
「爆発? 何のことだ?」
元老院議員たちもアルガもキョトンとした顔をしている。ステアは拍子抜けしたような顔をして、執務室の一同を見回した。話が全くかみ合わない苛立ちが、腹の底からこみ上げてきた。
「は? あの凄まじい爆発をご存じない? オルギニウムの暴走崩壊による爆発で、城に大穴が開いたのです。ゴルム宰相はその爆発に巻き込まれて・・・」
元老院議員たちはオウと声を上げると、口々に喋り始めた。
「オルギニウムの爆発だと、またステアの仕業なのか」
「城に大穴が開いた? 誰が責任を取るんだ」
「爆発でゴルム宰相がお亡くなりになったとなれば大問題だ」
「ステア、君は罪に問われることになるぞ、覚悟しておけ」
ステアは負けじと声を張り上げた。
「ですから、詳しいお話はアマテス女王のお出ましの後にゆっくりとさせていただきます。まずは女王の仰せに従って、城の者を女王の間に集めてください」
「だから、女王など伝説なのだ、そんな千トングも生きている女王などいる訳がない」
ひとりの元老院議員が、苛立たし気に自らの権益の根拠を否定するような言葉を口にした。その言葉を聞いたステアは話にならないと首を振った。元老院議員たちの無責任ぶりに、腹立たしさを通り越して、呆れているのだ。
「これをご覧ください。アマテス女王からお預かりした『女王の御璽』です」
ステアは手に持っていた金色の布で織られた袋を会議机の上に置き、袋の口を広げて金色に輝く『女王の御璽』を見せた。元老院議員たちは、また口々に喋り始めた。
「これが女王の御璽だと」
「何と美しい・・・」
「伝説では、女王の御璽は七百トング前にアマテス女王がアマノイワトにお隠れになったときに失われたとされている。それは偽物じゃないのか」
「女王の御璽など見た者はいないのだ。女王と同じように伝説だ」
「それが本物かどうか、我々には判断できない」
全く聞く耳を持たない元老院議員たちを前にして、ステアは腹の底のたぎるような怒りを押し殺すと、平静を装って元老院議員たちを見回した。
「それでは玉座の間で、これが本物である証拠をお見せしましょう。この女王の御璽を玉座の肘掛けの上にある御璽の器に置けば、女王の印が現れるのです」
自信満々に言ったものの、ステアも内心は、アマテス女王の言った『女王の印』が本当に現れるのだろうかと心配していた。
ステアの横にアルガがスッと近づくと、耳元で囁いた。
「ステア、アマテス女王は本当にお出ましになられたのか。そのう・・・女王の勅命を頂くための方便ではないのだな?」
アルガは半信半疑という顔をしている。老練な政治家のアルガは、上奏書の裁可をもらうために、ステアがはったりをかましているのではないかと思っているのだ。ステアはキッパリと言った。
「アルガ街長、本当です。私はこの目でアマテス女王のお姿を拝見しました。そして、アマテス女王自ら、私にこの御璽を託されたのです」
「そうか、恐れ多いことだ」
アルガは表情を改めると、誰にともなく頭を下げた。
そうだ、アマテス女王がおっしゃられたことに間違いはないのだ。『女王の印』は必ず現れる。ステアは迷いを吹っ切った。
玉座の間に移動した元老院議員たちは、玉座の間の惨状と壁に開いた大穴を見て絶句した。いったい何が起こったのか、なぜ自分たちはこんな大惨事が起こったにもかかわらず、何も気づかずに執務室で座っていたのだろうか、元老院議員たちは頻りに首を捻っている。ゴルムの吐き出した毒香によって、意識を失っていたことに気付いていないのだ。
ステアは玉座の間の正面奥のひな壇の中央に据えられている玉座の前まで進むと、床に片膝を突いて頭を下げた。その後ろに六人の元老院議員とアルガがステアを取り囲むようにして立った。元老院議員たちはいずれも冷ややかな目をしてステアの背中を見ている。その横でアルガは神妙な面持ちで、初めて目にする玉座を見ていた。
玉座の間の外の廊下には、玉座の間に足を踏み入れることのできない下級官吏や衛兵が列をなして、これから何が始まるのかと興味津々の顔をして待っていた。その最前列には遮光眼鏡を掛けたままのテルミとサルサの顔が見える。その隣で、ドルジとトナンが何やらヒソヒソと話をしている。玉座の間はザワザワという喧騒に包まれていた。
「それでは、女王の御璽を置きます」
ステアは恭しく御璽を捧げ持つと、膝を突いたまま玉座ににじり寄り、左の肘掛けの上に設けられた四角い器の上にそっと御璽を置いた。
どこかでリンという鈴の音が響いた。
玉座が淡い翡翠色の光を放ち始め、肘掛けや背もたれに彫り込まれているシダレバラの花冠の精緻な文様が鮮やかに浮かび上がった。それに合わせるように、ひな壇の床に敷かれている白光石の化粧板が白く輝き出すと、宙に投射された光がほのかな像を結び始め、やがてその像はシダレバラの花冠の形となった。ひな壇の上に満開のシダレバラが花冠を開き、その花冠の中央で玉座が淡い翡翠色に輝いていた。女王はシダレバラの花冠の中央にご着座されるのだ。
冷ややかな目をしていた元老院議員たちは思わず身をのけ反らせて、初めて目にする光景に目を見張った。
「女王の力だ・・・」
「女王は本当にいらっしゃったのだ」
「何という美しさだ・・・」
元老院議員たちは口々に驚嘆の声を上げると、ひな壇の上でひざまずいた。アルガ街長は両目から歓喜の涙を流しながら、その場で平伏して床に額を擦り付けている。玉座の間の外の廊下から「オオウ・・」というざわめきが上がり、固唾を飲んで見守っていた官吏や衛兵が次々と平伏していく。テルミはポカンと口を開けたままその場にボンヤリと立ち尽くしていて、サルサに上着の裾を引っぱられてから、慌ててその場に平伏した。テルミがおでこを床にぶつけたゴンという音が響いた。ドルジは床に両膝を突いて、大きな身体をふたつに折り曲げるようにして頭を下げている。トナンは平伏したまま、上目遣いに玉座を眺めて、どういう仕組みなのかと首を捻っている。根っからの技術者なのだ。
ステアは玉座の横に片膝を突いたまま、元老院議員たちを振り返った。ステアの横顔は玉座の輝きを受けて淡い翡翠色に光っている。
「元老院議員のみなさん、お分かりいただけましたか。それでは、速やかに城の者へ『玉座の間に集まるように』命令をお願いいたします」
元老院議員たちは弾かれたように立ち上がると、各々の担当する執政区に向かって我先にと走り出した。
玉座の間は元老院議員の命令により集められた官吏や衛兵や城の住人たちで埋め尽くされていた。普段は玉座の間に足を踏み入れることの許されない下級官吏や衛兵たちは、緊張した面持ちながらも、興味津々という目で周囲を見回していた。
ひな壇の上の玉座の後方にある通路の脇には、ステアが床に片膝を突いて首を垂れた姿勢で拝跪していた。ひな壇の手前の最前列には六人の元老院議員が横一列に並び、その横にアルガ街長が立っている。その後ろには執政区の官吏が部署ごとに整然と列を作り、更にその後ろにはドルジ隊長を先頭にして衛兵部隊が並んでいる。玉座の間に入り切れない城の住人たちは廊下にひしめき合うようにして立っていた。大勢が口々に話す言葉が重なり合い、玉座の間はウワーンというリマヅラハゲムシの大合唱のような喧騒で満たされていた。
玉座の間の最後方に立って、手持ち無沙汰な顔で壁の穴から外の景色をぼんやりと見ていた衛兵が、突然狂ったように大声を上げた。
「あれは何だ?・・・ゾルゲルだ!・・・いや、違う・・・空飛ぶ兵士だ、伝説の巨人族の兵士が現れた!」
女王の城の上空を覆う黒い雲のように女王の兵士の大軍がどこからともなく現れると、女王の城をグルリと一周してから、ゾルゲルの大群が集結している赤い回遊島の方角に向かって飛び去った。女王の城の防衛のためだろう、百体ほどの女王の兵士が枝分かれするように大軍から離れると、女王の城の前庭に下り立ち、空を見上げたまま動かなくなった。
壁の穴から身を乗り出して女王の兵士の行方を追っていた衛兵たちは、興奮冷めやらぬまま口々に叫んだ。
「アマテス女王の力だ・・・。アマテス女王が我々を守ってくださるのだ」
「あれは伝説の女王の兵士だ。女王の兵士がゾルゲル討伐のために飛んでいくんだ」
玉座の間はたちまち女王の兵士の話でもちきりとなり、玉座の間の喧騒が耐えがたいほど大きくなった。
どこかでリンという鈴の音が響いた。
耳を聾するような喧騒の中にもかかわらず、その涼やかな音は玉座の間にいる全ての者の頭の中で響いた。
潮が引くように喧騒が静まり、玉座の間に張りつめた静寂が訪れた。
誰もが緊張と好奇心がないまぜになったような顔をして、身じろぎひとつせずに立っていた。息をするのも憚られるほどの静寂の中で、玉座の後ろの通路からサラサラという衣擦れの音が聞こえてきた。どこからともなくシダレバラの高貴な香りが漂ってきた。ひな壇の床に敷かれた白光石のタイルが白く輝き出して、ひな壇の上に満開のシダレバラが花冠を開いた。花冠の中央で玉座が翡翠色に輝いている。
ステアの声が響いた。
「アマテス女王のお出ましである。みなの者、頭を下げよ」
六人の元老院議員は立ったまま頭を下げ、それ以外の者は平伏して床に額をつけた。
アマテス女王はひな壇の上を滑るように歩くと、玉座に腰を下ろした。
アマテス女王の後ろからイオリがひな壇の上を進み、玉座の左側に立った。ギギルとシンは玉座の間に入らず、隧道通路の出口に立ったまま耳を澄ませている。
「みなの者、面を上げなさい」
アマテス女王の凛とした声が響いた。玉座の間の中に漂っていたシダレバラの高貴な香りが強くなった。
六人の元老院議員は恐る恐る顔を上げ、アマテス女王を見ると、口々に小さく「オオ」という驚嘆の声を上げた。アルガ街長の両目からは早くも歓喜の涙が溢れ出ている。官吏や衛兵たちは初めて見るアマテス女王の姿に声を失っていた。玉座の間の外の廊下に平伏している城の住人たちのほとんどは顔を上げることもできない。女王の姿を直接見ると目が潰れるという迷信を信じているのだろう。テルミとサルサは相変わらず遮光眼鏡を掛けたままだ。テルミの横でトナンは火球器の試作品の入った箱を抱えて目を伏せている。
玉座の間に集まったヒトたちは、アマテス女王の発する女王の力を感得して、目の前に座っているのが本物の女王であることを悟っていた。これまで女王の存在を伝説だと鼻で笑っていた元老院議員たちも、誰ひとり疑うことがなかった。ヒト族の本能が女王であることを教えるのだ。それはヒト族という種の統治機能の発露なのだろう。
アマテス女王は玉座に腰掛けたままスッと姿勢を正した。
「私はこの大陸の女王、アマテス。この大陸に住むヒト族を統べる者。代々の女王の血を受け継ぐ者。この城の主です」
アマテス女王の声に宿る言霊が、玉座の間に集まったヒトたちの魂を震わせた。
イオリは玉座の横で首を垂れた。
「私の横に控えているのはイオリ。新大陸の女王。新しい大陸に移り住むための翅を得たヒト族を統べる者。新しい女王の血の系譜を紡ぐ者です。私は先程、女王の霊廟において、イオリが新大陸を統べる女王であることを宣言しました。私はこの大陸の女王として、この大陸に住む全てのヒト族に向けて、イオリ新女王の即位を告示します」
アマテス女王はイオリを優しい目で見てから言葉を続けた。
「五百万トングの昔にヒト族が液化瓦斯の海を渡って、他の大陸からこの大陸に渡ってきたように、この大陸から新しい大陸へヒト族が旅立つトキがきたのです。ヒト族がふたつの集団に分かれて、ひとつの集団が旅立っていくのは、ヒト族という種の宿命です。私はこの大陸に残る民を統べる女王であり、イオリはこの種から分かれて旅立っていく民を統べる女王なのです。
新女王イオリは間もなく新大陸に向かって飛び立つでしょう。イオリと共に新大陸に飛び立つ民は誰なのか、それは自分の身体が知っています。背中に翅の生えた者、空を飛べる者が選ばれたものなのです。新女王イオリが即位したからには、既にこの大陸のどこかでヒト族の羽化が始まっているでしょう。羽化により翅を得た者は、衝動に突き動かされて、イオリと共に新大陸に向かって飛び立つのです。新女王イオリと翅を得て新大陸に旅立つヒト族に幸多からんことを」
アマテス女王はそう言うと、イオリに向かって礼をした。
そして顔を上げたアマテス女王は、これまでとは打って変わって厳しい顔をして言葉を続けた。
「この大陸にはゾルゲルの襲来という厄災が迫っています。この大陸のヒト族を守るため、私は女王の兵士に命を吹き込みました。女王の兵士は私の力が続く限りゾルゲルと戦い続けるでしょう。しかし、はるか昔に造られた女王の兵士は、幾度となく繰り返されてきたゾルゲルとの戦いにより数が減っています。ゾルゲルの大群を迎え撃つには十分ではないかもしれません。ヒト族は己の力でゾルゲルとの戦いに臨まなければなりません。女王親衛隊が中心となってゾルゲルとの戦いに備えなさい。大陸に住むヒト族はゾルゲルとの戦いに向けて総力を結集するのです。私はこの大陸の女王として、この大陸に住む全てのヒト族に向けて、主要街長会議からの上奏を聞き、その内容を裁可したことを告示します」
アマテス女王の告示を聞いて、アルガ街長は涙に濡れた顔をひな壇の上で拝跪しているステアに向けた。ステアは笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。
そしてアマテス女王は、今度は悲しそうな表情を浮かべて言葉を続けた。
「そして、ゾルゲルの襲来よりも更に大きな厄災・・・大陸の終焉が近づいています。度重なる大地震がその予兆なのです、大陸は根元から折れて液化瓦斯の海に沈むでしょう」
アマテス女王の言葉が響いたとき、玉座の間が凍り付いた。誰もが耳を疑い、それまで目を伏せていた者までアマテス女王の顔を凝視した。
「大陸が終焉を迎えれば、女王である私の力は失われるでしょう。女王の力とはこの大陸の力そのものなのです。千トングのトキを経て私の力は弱まっています。本来であれば女王候補者が現れて、血の再生が行われ、女王の力が復活するはずでした。しかし、この度現れたイオリはこの大陸の女王候補者ではなかった。この大陸の女王の力は再生されずに衰退していく、それはこの大陸の終焉を意味するのです。
新女王の誕生と旅立ち、それとこの大陸の終焉がトキを同じくして起こることは無関係ではないのでしょう。大陸の終焉はこの大陸に残されたヒト族の滅亡に繋がるものです。そう、いまこの大陸に住んでいる全ての民が新しい大陸に向かう訳ではない・・・選ばれた者、翅を得て空を飛ぶ者が新しい大陸で生き残る。そうすることで、新大陸でヒト族という種が存続するのです。
新女王イオリの使命は羽化したヒト族を導き、ヒト族という種を守ることなのです。羽化したヒト族と羽化しなかったヒト族が争ってはならない。私はこの大陸の女王として、この大陸に住む全てのヒト族に向けて、新女王と羽化したヒト族の旅立ちを妨げることのないよう、そして、残されたヒト族は大陸の終焉を迎えるにあたって騒乱することのないよう、戒厳令の発出を告示します」
最後に、アマテス女王は疲れたような表情で言葉を続けた。
「みなの者に伝えねばなりません、ゴルム宰相が亡くなりました。私が即位してから今までの千トングの間、この大陸の宰相として執政に携わってきた、その功労に感謝します。ゴルムの御霊が安らかならんことを・・・」
アマテス女王は祈るように首を垂れた。そして、顔を上げると毅然とした声で命じた。
「後任の臨時宰相には、主要街長会議代表のアルガを指名します。アルガ、私が発した三件の告示をデンショツバメにより大陸の各街長に速やかに通達しなさい。元老院議員、執政区の官吏はアルガ宰相の指示に従うこと。以上です」
突然アマテス女王から臨時宰相に指名されたアルガは飛び上がらんばかりに驚き、興奮のために真っ赤な顔をしていたが、すぐに職責の重さに気が付き、今度は緊張で青白い顔をしてアマテス女王に向かって深々と頭を下げた。アルガはアマテス女王に従って、この大陸と運命を共にすることを悟ったのだ。
アルガは玉座の前に拝跪し、アマテス女王から宰相の指輪を下賜されると、ひな壇の上から矢継ぎ早に指示を出した。
「アマテス女王とイオリ新女王には別室でお休みいただくよう手配してください。元老院議員と執政区の責任者はこれから執政会議を執り行うので、宰相の執務室に集まってください。女王の告示文の作成とデンショツバメの用意は会議と並行して文書担当官が行うこと。衛兵部隊はゾルゲルの襲撃に備えて緊急配置につくこと。それと火球器を・・・ええい、とにかく執務室に向かいましょう」
アルガはアマテス女王とイオリに向かって丁寧に一礼すると風のように走り去った。




