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女王の血の儀式

 アマテス女王は北の穴の前に立つと、小さく手を振った。

 どこからかリンという鈴の音が響いた。穴を塞いでいる翡翠白光石が、スッと質量を失い、淡い翡翠色の光の幕のようになった。

 北の穴は女王の城の後ろに聳え立つ円錐形の山の頂上に向かって延びていて、山頂を形作っている外輪山の中腹に繋がっていた。外輪山の中腹の穴から、抉れた山頂の底に建てられている四角錘状の巨大建造物に向かって白光石の道が延びていた。白光石を積み上げて造られたその巨大建造物は、周囲を緑色の深い湖に囲まれていて、巨大建造物は湖面に浮かんでいるように見えた。ここは歴代の女王が眠る女王の霊廟である。

 アマテス女王がシダレバラの花冠の文様が彫られた一枚の白光石の板の上に足を乗せると、その板は女王を乗せたままスッと宙に浮かび上がった。板の下面と床との間は掌が入るほどの隙間が空いている。アマテス女王が右手の人差し指を前に向けると、女王を乗せた白光石の板は歩くほどの速度で滑るように前に動いた。

「すごい、宙に浮いている!これが女王の力なの?」

 イオリが翡翠色の大きな瞳を輝かせて無邪気な声を上げた。アマテス女王は優しい笑顔をイオリに向けた。

「大陸に張り巡らされている白光石の道は、宙に浮かぶ白光石の板の軌道なのです。はるか昔、ヒトビトはこの道を使って自由に大陸を往来していたのです。その力はいつの間にか失われ、女王のみが持つ力となってしまいました。今では白光石の道すらも失われたのでしょうね」

「なるほど、白光石の道は巡礼者の道であり、本来は古代の街道だったってことか。宙に浮く白光石の板か、歩かなくて済むなら楽でいいや」

 シンに肩を借りてヨロヨロと歩いているギギルは、シンからふたつ目のカカの実をもらって痛みが和らいだのか、軽口を叩いている。恐らく心の中では、俺もそれに乗せてくれと思っているのだ。

 白光石を積み上げた四角錘の形状をした女王の霊廟は、周囲を取り巻く緑色の湖のノッペリとした水面から反射される外光で、眩いばかりに輝いていた。四角錘の各面は東西南北の四方向に正確に向いていて、白光石の化粧板が貼られた斜面は磨かれた鏡のように真っ平でツルツルしていた。東面の白光石の化粧板には、高さが十メルの半円形の翡翠白光石が埋め込まれていた。そこが霊廟への入口である。

 アマテス女王は、霊廟の東面の前まで進むと、霊廟に向かって一礼した後、両手を広げた。

 どこからかリンという鈴の音が響いた。アマテス女王の前の翡翠白光石が、スッと質量を失い、淡い翡翠色の光の幕のようになると、高さが十メルの半円形の隧道が現れた。

 アマテス女王は静々と隧道の中に入っていった。イオリがその後に続き、ギギルに肩を貸したまま、シンがキョロキョロと周囲をうかがいながら隧道に足を踏み入れた。イオリの顔は己の使命を見つめているかのように毅然としている。シンの顔は緊張のために引きつっている。ギギルの顔は、大量の出血により青白く、心なしか頬もこけているが、両目だけはギラギラとした光を失っていない。

 霊廟の中は広大な空間が広がっていて、シダレバラの高貴な香りに満ちていた。空間の中央に見上げるように大きな一輪のシダレバラが宙を向いて花冠を開いていた。そのシダレバラは翡翠白光石で精巧に造られていて、花冠に付いている無数の花びらの一枚一枚が、花びらの形を模した女王の棺だった。歴代の女王はシダレバラの花びらの棺に納められて、一輪のシダレバラとなって永遠の眠りについているのである。

 そのシダレバラの花冠の中央に、雄蕊を模したような円柱が輪を描くようにして立っていた。円柱に囲まれた円形の広場は直径が二十メルあり、床には翡翠白光石が一面に敷き詰められていた。広場の中央には二本の剣が交差するようにして床に突き立てられていた。

 アマテス女王は、歴代の女王の棺を潜るようにしてシダレバラの花冠の中心の広場に向かって歩いた。そして、円柱の輪の前まで進むと、立ち止まって振り返った。

「ここが『命の間』です。イオリとシンは私に続いて中に入りなさい。ギギルは中に入ることも、中で行われる儀式を見ることも許されません。儀式が終わるまで、命の間に背を向けて立っていなさい」

 アマテス女王の言葉が響くと、ギギルの身体は何者かに操られるように命の間に背を向けた。ギギルの身体は彫像のように固まり、身動きすることも言葉を発することもできなくなった。

 アマテス女王が命の間に入った。

 イオリは命の間に足を踏み入れようとしてふと止まった。イオリはギギルに歩み寄ると、ギギルの肩に両手を置き背中に額を押し当てた。

「ギギル、ありがとう」

 イオリは小さく呟いた。返す言葉を発することのできないギギルの背中が心なしか震えた。

 イオリはギギルの背中から顔を上げ、シンを見た。シンはイオリの翡翠色の大きな瞳を見ると、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

「イオリ、お前がやりたいようにやればいい。私はそれに従うよ」

 シンにはイオリが考えていることが分かっているのだ。シンの心は既に決まっていた。イオリはシンに向かって小さく頭を下げた。

「シン、ありがとう。・・・そうだ、シン、これを持っていて」

 イオリは上着の下に着けていたヨロイ布の肌着を脱ぐとシンに渡した。そしてイオリは顔を上げて前を向くと、しっかりとした足取りで命の間に入った。シンは心持頭を下げて、静々とイオリの後に従った。

 アマテス女王は命の間の中央に立っていた。

「女王候補者イオリは私の前まで進みなさい。巡礼者シンはその柱の前に立ちなさい」

 イオリは言われるままにアマテス女王の前に進んだ。シンは柱の前で、ギギルと同じように身体が固まって動けなくなった。

 アマテス女王は両手を少し広げて掌を上に向けると、目を閉じて歴代の女王に向かって一礼した後、厳かな声で言った。

「これより、女王の血の儀式を執り行う。古来より、大陸のヒト族を統べる女王の血はこの儀式を経て脈々と受け継がれてきた。女王の血を得た者は永遠の命を授かり、この大陸並びにヒト族を統べる力が与えられる。その血は、女王と女王候補者の戦いにより勝利した者が敗者の血をその身に受けることにより、新しい女王に女王の血が受け継がれ、あるいは、現女王の血が再生される」

 アマテス女王は儀式の開始を宣言すると、イオリを見た。少し頭を下げて儀式の宣言を聞いていたイオリが、頭を上げて翡翠色の大きな瞳でアマテスを見た。アマテス女王の翡翠色の瞳とイオリの翡翠色の瞳が絡み合った。霊廟に眠る無数の歴代女王の魂が命の間を取り囲み、血の儀式を見ている。

「さあ、イオリ、剣を取りなさい」

 アマテス女王は床に交差するように突き立てられている二本の剣のうちの一本を引き抜くと、残りの一本の剣をイオリに指差した。オオリクガメの甲羅の化石から削り出された剣は、剣身全体にシダレバラの花冠の文様が彫り込まれていた。歴代の女王あるいは女王候補者の血を浴びてきた半透明な剣は、薄く血の色に染まっていた。

 アマテス女王は三歩後ろに下がってイオリとの距離を取ると、右手に持った剣を身体の正面に突き出すようにしてゆったりと構えた。イオリも床から剣を引き抜くと同時に後方へ跳び、少し腰を落として身体の前で剣を傾けるように構えた。ギギルから教えられた守りの剣の構えである。

 どこからかリンという鈴の音が響いた。

 アマテス女王は全く上体を揺らすことなく、翡翠白光石の床の上を滑るように間合いを詰めると、上段から刃鳴りの音を乗せて剣を振り下ろした。イオリもアマテス女王に合わせるように前に出ると、身体を沈めながら剣を振り上げた。

 キイインという乾いた音がして、アマテス女王の剣が弾かれた。イオリは身体を捻りながらアマテス女王の脇をすり抜けた。アマテス女王はその場で身体をクルリと回転させると、弧を描くようにしてイオリの後を追った。イオリが足を止めてアマテス女王の方へ身体を向けようとしたトキには、既にアマテス女王はイオリの側面に迫っていた。

 再び上段から襲ってきたアマテス女王の剣に向かってイオリが咄嗟に振り上げた守りの剣が間に合った。再びキイインという乾いた音が響く。アマテス女王は右に左に舞うように足を運んで剣を振るった。イオリはアマテス女王の剣を受けるのが精一杯で、反撃の糸口すら見いだせない。

 彫像のように固まって指一本動かせないシンは柱の前に立ち尽くしたまま、瞳だけを動かして、イオリとアマテス女王の戦いを見ていた。

 ・・・ああ、イオリ。やはりお前は、ギギルから教えられた攻撃の剣を使おうとしない。イオリ、お前は自分の身を犠牲にして、女王の血を再生しようとしているんだね・・・ヒト族をゾルゲルから守るために。・・・イオリ、お前は強いムスメだ・・・

 身動きのできないシンの見開かれたままの目から涙が一筋こぼれた。

 シンの目の前でイオリとアマテス女王の戦いが続いている。

 アマテス女王が幾度目かの剣を上段から振り下ろしたとき、イオリが跳ね返した剣の勢いが勝ったのか、アマテス女王の上体がグラリと揺れた。戦いが始まって以来初めて見せたアマテス女王の隙に向かって、イオリの身体が無意識に動いた。ギギルに叩き込まれた剣術の基本動作だ。条件反射的にイオリは剣を突き出した。

「あっ!」イオリが思わず叫んだ。

 アマテス女王は胸に迫るイオリの剣を避けようともせず、微笑みを浮かべたまま両手を広げて、イオリの剣が心臓を貫くのを待っていた。

 イオリの剣はアマテス女王の心臓の真上でピタリと止まった。

「アマテス女王・・・どうして・・・」 

「どうしました、イオリ。その剣で私の心臓を貫きなさい。そして、剣の刃に付いた私の血でイオリの唇を湿せば、血の儀式は終わります。イオリ、あなたはこの大陸のヒト族を統べる新しい女王となるのです。私はイオリに女王の座を渡すトキを待っていたのです」

 アマテス女王は穏やかな声で言った。自らの死など恐れていないのだ。

「そんな・・・わざと負けるつもりで」

 アマテス女王は慈愛に満ちた目でイオリを見た。頬には笑みが浮かんでいる。

「フフフ、イオリもそのつもりだったのでしょう。守りの剣しか使っていないのはすぐに分かりましたよ。女王アマテスの時代は終わる・・・私にはそれが感じられるのです。現女王は新女王に女王の血を引き継ぐ責任がある、私は歴代の女王と同じく、その責任を果たす必要があります。

 それと、ゾルゲルの大群がすぐにやってきます。五百トング前の襲来のトキは、私はアマノイワトの中で何もすることができなかった。女王としてヒト族を守らねばならないのに・・・そのことを悔やんでいるのです。千トングのトキを経て、私の力は弱まっています。今の私の力ではゾルゲルに対抗できるかどうか分かりません。ヒト族を救うには、新女王の力が必要なのです」

「女王の力でゾルゲルと戦うことができるの?」

 アマテス女王はゆっくりと頷いた。

「女王の力・・・女王の血で『女王の兵士』を動かすのです、伝説の巨人族の兵士を」

「巨人族の兵士・・・それはアマノイワトの大広間の南の穴の中に並んでいた・・・それでヒト族は救われるの?」

「歴代の女王はそうやってヒト族をゾルゲルから守ってきたのです。さあ、イオリ、ゾルゲルの大群が迫っています。私の胸をその剣で貫きなさい。そして、新女王として女王の兵士を動かすのです。左手の小指に剣で傷をつけて、霊廟の外の湖に血を一滴落としなさい。そして女王の兵士が眠る南の穴に向かって戦えと念じればよい」

 アマテス女王は翡翠色の瞳でイオリをジッと見つめた。イオリはアマテス女王の視線に耐え切れず、目を伏せるとイヤイヤと首を横に振った。

「だめ、アマテス女王の心臓を貫くなんてこと、あたしにはできないよ。あたしは女王の力も、永遠の命も欲しくないの。本当なら、ギギルとシンと一緒にずっと旅をして暮らしたいの。そして、誰かと一緒になって、卵を産んで・・・。女王候補者だなんて、あたしが頼んでなった訳でもない。大陸のヒト族を統べるなんて、あたしには無理だよ」

 アマテス女王はイオリの肩を優しく抱くと、諭すように言った。

「イオリ、あなたは血に選ばれたのです。私と同じように。それは運命、誰にも逃れることはできません。あなたが選択できるのは、女王となるか、それとも女王候補者として死ぬか、いずれかなのです。イオリ、女王におなりなさい、そしてゾルゲルからヒト族を救うのです」

 イオリは俯いてアマテス女王の言葉を噛みしめていたが、キッと顔を上げ、アマテス女王の目を真っ直ぐに見るとキッパリと言った。

「アマテス女王、あたしにはあなたを刺し殺すなんてできないよ。あたしの運命? ヒト族をゾルゲルから救うために必要なら、女王候補者として死ぬよ。そうすればアマテス女王の血が再生されて、女王の力が復活するのでしょう? それでヒト族が助かるのなら、あたしはそれでいいんだ」

 アマテス女王の声が低くなった。

「イオリ、あなたが女王候補者として死ぬということは、あなたの巡礼者であるシンもここで死ぬということですよ。そして命の間の外で待っているギギルも・・・」

 イオリの翡翠色の大きな瞳が微かに潤んだ。

「シンは分かってくれるよ。『お前のやりたいようにやればいい』って言ってくれたんだ。ギギルには・・・怒られるかも知れないな・・・ごめんねギギル」

 命の間の外で背中を向けて立っているギギルの耳にイオリの声が届いた。

 ・・・イオリ、俺が怒る訳がないじゃないか。お前は俺のムスメだ、俺の命はお前を守るためにある、それで十分だ。お前が決めたことをやればいい。お前と一緒に逝けるのなら、俺は本望だ・・・

 それを言葉にできないギギルは、身体を震わせて立ち尽くしている。

 イオリは手に持った剣を床に置いた。その姿を見たアマテス女王は悲しそうな顔をして一度目をつぶり、再び目を開けたときには毅然とした女王の顔に戻っていた。

「イオリ・・・分かりましたよ。私は女王アマテス、この大陸とヒト族を統べる者。私には女王としてヒト族を守る責任がある。そのためには女王の血の再生を行わねばならない。血の儀式において、剣を床に置いた女王候補者イオリを敗者と宣言する」

 イオリは翡翠色の大きな瞳を閉じるとアマテス女王の前にひざまずき、首を垂れて胸の前で両手を合わせた。

 どこからかリンという鈴の音が響いた。

 柱の前に立ったまま動けないシンは、最後の瞬間を見届けようと目を見開いた。命の間の外で立っているギギルは、息遣いのひとつも聞き逃すまいと、じっと耳を傾けている。

 アマテス女王は剣を右手に持ってイオリの前に立つと、剣の切っ先をイオリの心臓に向けた。アマテス女王はイオリの頭を左手で優しく抱くと、右手に力を入れて一思いにイオリの心臓を貫こうとした。上着の襟首からイオリの白い肌がのぞき、アマテス女王の目はその奥に見えるイオリの背中に釘付けになった。

 アマテス女王は息を呑んだ。

「イオリ、あなたの背中に見えるのは・・・翅・・・翅の跡・・・。イオリ、あなたは羽化したのですね・・・何ということでしょう」

 アマテス女王の手から剣が滑り落ちた。剣は命の間の床に転がりカランと音を立てた。

 アマテス女王はイオリの身体を抱きしめた。イオリはアマテス女王の前で両膝を突いたまま、不思議そうな目でアマテス女王を見上げた。

「翅の跡?・・・うん、一度翅が生えたけど、ソトルっていう不死の戦士に切られちゃった。だから、あたしはもう飛ぶことはできないの」

 アマテス女王はイオリの両手を取って立ち上がらせると、真正面からイオリの目を見た。アマテス女王の顔には全てを悟った者の穏やかな表情が浮かんでいる。

「イオリ、よくお聞きなさい。巡礼者のシン、護衛のギギルも私の声が聞こえていますね。イオリ、あなたは私と女王の血の再生を懸けて戦う相手ではありません。あなたはこの大陸の女王になる者ではない。あなたは、新大陸を統べる者、新大陸の女王なのです。

 五百万トングの昔、ヒト族は別の大陸から液化瓦斯の海を越えてこの大陸にやってきました。そのヒト族の背中には翅が生えていたのです。ヒト族は宙を飛翔して新しい大陸にやってきた、ヒト族はそうやって新しい世界へ広がっていくのです。新しい世界に旅立つトキがくれば、ヒト族の背中には飛翔するための翅が生える・・・羽化するのです。新大陸を統べる女王が現れて羽化したということは、この大陸のヒト族には羽化が始まっている・・・旅立ちは近い。そして、私の血は受け継がれることなく終わるのです・・・この大陸の終焉が近づいている。ああ、全てを悟りました、ゾルゲルは私の力で倒さなければならない、そして私はこの大陸と共に滅びる運命だと」

 アマテス女王は姿勢を正し、高らかに宣言した。

「歴代の女王の御霊に申し上げます。『女王候補者イオリを敗者とする』という先程の宣言を撤回いたします。改めて、イオリが新大陸を統べる女王であることを宣言する。新大陸の女王イオリに幸多からんことを!」

 イオリはキョトンとした顔をしていたが、アマテス女王に促されて深々と一礼をした。

 どこかでリンという鈴の音が響いた。

 それに続いて命の間を取り巻くシダレバラの花びらを模した歴代女王の棺のあちらこちらからリンという音が続き、やがて命の間はリンリンという鈴の音で満たされた。歴代の女王が新大陸の女王イオリに祝福を与えているのだ。歴代女王の棺から小さな光の粒が舞い上がった。無数の光の粒は空中で渦を巻くようにしてひとつにまとまると、輝くシダレバラの花冠となってゆっくりとイオリの上に落ちてきた。光の花冠はイオリの額に触れると吸い込まれるようにスウッと消えた。

 新大陸を統べる、新しい女王の血がイオリに宿ったのだ。

 アマテス女王は両手を少し広げて掌を上に向けると、目を閉じて歴代の女王の御霊に向かって一礼した後、厳かな声で言った。

「これにて、女王の血の儀式を終わる」

 アマテスの声が響くと、シンとギギルの身体の呪縛が解けた。腰の抜けたシンは、思わずその場にヘナヘナと座り込んだ。ギギルは無言のまま、新大陸の女王という言葉を噛みしめていた。


 アマテス女王を先頭にして女王の霊廟を出たギギルたちは、霊廟を囲む湖の縁に立っていた。アマテス女王は腰に差した短剣を抜くと、左手の小指に小さな傷をつけた。小指の傷から女王の血が一滴滴り落ちると、のっぺりとした水面に同心円状の波紋が広がった。そして波紋の広がりとともに、緑色をした水の色がシダレバラの花びらのような淡い赤に変わった。

 アマテス女王は白光石の道の上に立つと、アマノイワトの大広間の南の穴の方角を向き、両手を上げた。

「私はアマテス女王、この大陸とヒト族を統べる者。女王の兵士に命ずる。この大陸をゾルゲルが襲おうとしている。女王の兵士はヒト族を守るために戦え・・・女王の力の続く限り」

 ズシンと腹に響くような振動が走った。白光石の道が繋がる外輪山の麓の湖面に半ば水没した水門がゆっくりと開き、湖の水が渦を巻いて水門の中に流れ込んだ。水門を抜けた水は外輪山の岩盤をくり抜いて造られた水路を流れ、アマノイワトの大広間の南の穴の奥にある兵士像の並ぶ空間に流れ落ちた。巨大な水瓶のような岩の窪みに流れ落ちた水は、そこから枝分かれして四方に延びる水路を通って、シリカバチの巣のように並んだ一辺十メルの正六角形をした間仕切りを伝い、間仕切りの中にびっしりと並んでいる巨人族の兵士の石像の左肩に開いた取水口から石像の心臓に流れ込んだ。

 女王の血が溶けた水で心臓が満たされると、兵士の石像は眠りから覚めたかのように顔を上げ、背中の翅を震わせると、一体、また一体と宙に舞い上がった。

 アマノイワトの参道を塞いでいる巨大な白光石がズズズと音を立てて真ん中から左右に分かれた。そこから夥しい数の女王の兵士が飛び出してきた。槍を持ち腰に剣を帯びて兜を被り胸当てを着けた女王の兵士は、女王の城の上空を黒い雲のように覆うと、大陸に迫りくるゾルゲルの大群を迎え撃つべく飛び去った。

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