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オルロフ城下の港を見下ろす小高い丘、白亜の建物のバルコニーで私はフルロヴァ氏を待っていた。
彼と出会ってからおよそ10年の月日が流れた。色々とあったが充実していたのは間違いないし、発展した街を見下ろせば、間違ってはいなかったと確信できる。
まだまだ途上とはいえ人工交配による品種改良が進む作物・家畜は、収穫量の多い品種、冷害に強い品種、より多くの卵を産む鳥などなどが広がりはじめ、投網と釣りが中心だった漁の方も地引網や定置網によって漁獲高を増やしている。食糧事情は着実に改善され、平民でも幼い子供を労働力としなくても良いだけの余裕が生まれてきた。
水車動力による工業製品の量産化と、グルメブームに端を発した島間流通の拡大も、経済活性化を後押しし続けている。
結果として、あらゆる階層の子供たちが義務教育を受けられるようになった。前世で言えば小学校レベルだが、識字率は劇的に向上し、藁と古紙から作られた安っぽい紙に印刷される新聞は、発行部数を増やし続けている。
到底民主的などとは言えない内容ながら、平民の生存権や財産権が明記された憲法も発布された。
私は手にしたおもちゃの『かざぐるま』にフッと息を吹きかける。クルクルと回転するそれを見つめていると、今日の会談でこの国の文明が更に数歩進むだろうことを確信する。
「今日はどのような用件かね」
挨拶も無しに、いきなり背後から声がかかった。
「これ、前世の祖父から教わったおもちゃなんですよ」
胸に痛みを覚えない訳ではない。
ただ、伝えるのであれば、変人ではあるが理性と安定した人格を持ち、現在のような社会が実現するまで尽力し、待ってくれた彼しかないだろう。
私は『かざぐるま』に息を吹きかけて見せた後、傍らに用意した季節外れのストーブの上で、勢いよく蒸気を噴き上げるやかんにそれをかざした。
「ふふっ、相変わらず説明が楽で助かります」
目を見開いた彼が、既に蒸気機関の基礎原理を理解しているのは確実だ。
「この力を使いこなせば、遥か海の彼方、外国にまで覇をとなえることも出来るでしょう」
「で、あろうな……しかし、その地の民が犠牲になるのを望まないがゆえのこの10年という訳かね」
「ええ」
「自身の直接的な利益でもないことに、これだけ回り道するとは。やはり君は、実に興味深い考え方をする」
「小心者なだけですよ」
「そういうことにしておこうか」
定期更新が出来てないので、色々すっ飛ばして完結させました。
最後までお付き合いいただいた方、ありがとうございました。