↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先生の蒸気奇譚  作者: さくらもち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/8

#1. アカリと懐中時計 前編

初投稿です。

よろしくお願いします!

 「……ホント田舎」

 

 思わず声に出た、ため息交じりの独り言。

 手にしたスマートフォンの画面は「圏外」のマークを出したままで、どれだけ歩いてもアンテナが立つ気配がない。

 

 いろいろあって、父の地元のこの街に引っ越してきて三日。

 学校の手続きやら荷解きばかりで、まともに街を歩くのは今日が初めてだった。

 

 家の中が圏外なのは百歩譲るとして、外に出て街の中心部に行けば電波くらい拾えると思ったのに。

 

 『父さんの生まれたところは、電気がないけど面白いところだぞぉ』

 

 引っ越し前に父親が言っていた能天気な声を思い出し、ジワジワとイライラが込み上げてくる。

 

 「電気がないって、電波もないってこと!?」

 

 よくよく見ると、この街には電線も電柱も、信号機すら見当たらない。

 代わりにあるのは、建物の壁をのたうち回る無数のくすんだパイプと、巨大な煙突。

 それらがモクモクと吐き出している灰色の煙のせいで、空気は少し酸っぱいような、焦げた油の臭いがした。

 

 そういえば新しい学校の制服も、なんだか古めかしくて博物館で見るドレスみたいだった。

 都会からの転校生が珍しいのか、クラスメイトは遠巻きに見てくるだけで、近寄っても来なかったし。

 

 ……別にいーけどね。

 

 石畳の上を歩くとコツコツと響くローファーの音がやけに大きく感じる。

 

 とんでもないとこ来ちゃったなぁ…。

 

 都会では鬱陶しく感じていた人の声も、車の騒音も、今は猛烈に恋しい。

 頼みのスマホは、地図も検索アプリも連絡手段も使えない、ただの板切れだ。

 

「ほんとにおんなじ日本なの?」

 

 雑踏の代わりに聞こえてくるのは、遠くで一定のリズムを刻む金属音と、どこかで吐き出される低い蒸気の音。

 文明開化とか技術革新とか、教科書で見た言葉が急に遠い昔の話に思えてくる。


 時計代わりにしていたスマホも、そろそろ電池がヤバくなってきた。

 見かねた父が「これを使え」とボロい懐中時計をくれたけれど、そもそも止まっている。

 これじゃあ結局、今が何時なのかわかんない。……別に用事もやることもないけれど。

 

 厚い雲の向こうで微かに見える光が、かろうじて日中であることを教えてくれている。

 お腹減る前に帰りたいなぁ。

 というか、この街にカワイイ腕時計とか売ってるお店、あるのかなぁ。


 


 ——————

 

 

 

 「ここ、お店でいいんだよね?」

 

 父親に聞いてやってきた、何屋なのかわからないお店。

 その薄暗い店内に並ぶ腕時計や懐中時計の値札を見て、私は文字通りびっくりした。

 

 「たっか!?なんでこんなにするの!?」

 

とてもじゃないけど女子高生のお小遣いで買える金額じゃない。原宿のセレクトショップだってこんなにしない。

 それほど高価な宝石がついているわけでもないのに、むしろ古めかしく堅苦しい。

 ……ダメだ。おとなしく、あのボロい懐中時計を直して使うしかない。


 けれど、雑貨屋のぶっきらぼうなおばちゃんには「うちじゃ修理は無理」とあっさり断られた。

 代わりに「ここの工房で聞いてみな。」と一枚のメモを渡される。

 

 トタンの壁の工場と、レンガ作りの建物の隙間。

 そこに、街並みから完全に浮いている、ひどく小ぢんまりとした家があった。

 でも見るからに入りにくいというか、入っちゃいけないオーラをビンビンに放っている。

 建物の横に掲げられた小さい看板には、殴り書きのような汚い文字で、こう書かれていた。

 

 『蒸気技師工房』

 

「たぶん、ここだよね…」

 

 おそるおそる木製の扉を押して開けてみる。

 キィ、と乾いた悲鳴のような音を立てて開いた瞬間、私は思わず足を止めてしまった。

 

「すみませぇぇん…入って大丈夫ですかぁ…。」

 

 中は薄暗く、どこかホコリっぽい。

 大きな棚やガラスのケースが迷路のように並んでいるが、店員らしき人の姿は見当たらなかった。

 棚に並んでいるのは見たこともない複雑な歯車や、グネグネした配管がむき出しの機械。そして、キラキラと妖しく光る不思議な鉱石。

 赤、緑、青、琥珀色。

 どれもが、まるで呼吸をしているみたいに、かすかに内側から光を帯びていた。

 

 ———キレイ。

 

 中でも目を引くのは、カウンターの向こうにポツンと置かれた一つの大きな『人形』だった。

 

 着物に袴を合わせ、足元には茶色い編み上げブーツ、大正ロマン、というやつだろうか。

 長い銀色の髪に、透き通るような白い肌。

 微動だにしないその姿は、美しい西洋人形のように完成されていて、現実のものとは思えなかった。

 前髪の隙間から見える金色の瞳は、棚に飾られたどの宝石よりも深く、輝いている。


その時。


「石、温まってる?」


 人形だと思った「それ」が、突然ギョロりと目を動かして喋った。

 

 「ひゃっ!」

 

 ふいに情けない悲鳴が口から漏れた。

 

「ご、ごめんなさい!人だと思わなくて…!」

 

 「……ふぅ。」

 

 人形のような『少女』は、小さく背伸びをすると「いらっしゃい」とだけ気だるげに言った。

 見間違いようもなく、私より少し年下に見える人間の女の子。

 けれど、そのお人形めいた容姿のまま、テキパキ人間の動きをしているのが、どこか奇妙だ。

 カウンターの上には、細かな機械の部品や、見たこともない工具が散らばっている。

 

「あの──雑貨屋の人に教えてもらって、時計の修理に来たんだけど……お店の人は、いる…?」

 

 カウンターの中に座っているけれど、どう見てもただのお留守番の子どもにしか見えない。

 少女は金色の瞳を小さく細めると、短い指先をこちらに向けた。

 

「いいよ、出して。」

「え?」

 

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 

 まさか、この子が直すの?

 え、大丈夫…?

 

 不安に駆られながらも、私は制服のポケットから父親のボロい懐中時計を取り出して、おそるおそるカウンターの上に置いた。

 少女はそれを小さな手で受け取ると、躊躇いもなくパチリと蓋を開け、中身を覗き込み始めたのだった。

 


 

——————

 



 カチッ、カチッ、カチッ…。


どこかで鳴っている時計の音が、静まり返った部屋にやけに大きく響いている。

カウンターの向こうで時計と向き合う少女の顔を、私はまじまじと盗み見た。

 本当に、びっくりするくらいキレイな顔をしている。ほんの数秒前まで、『精巧な人形』だと思っていたものが、今は確か私の目の前で、静かに呼吸を繰り返している。

 

「人…なんだよね…?」

 

 ふいに出た言葉は、自分でもひどく間の抜けた疑問だった。けれど、それ以外の言葉がどうしても見つからなかったのだ。

 

「人だよ。——たぶん。」

 

たぶん、って何。

 

 「あーあ……」

 

 思わずため息が漏れる。

 なんで私は親のお留守番を任された子どもみたいな子に時計を預けてるんだろう。

 しかし少女は、私の不信感など少しも気にした様子もなく、懐中時計をいじっている。

 小さな工具を指先で器用に回しながら、時々なにかを確かめるように歯車へ目を近づける。

 

 店員には見えない。

 けれど、遊んでいるようにも見えなかった。

 

 「そのー…無理なら別に直んなくてもいいからね?また新しいの買えばいいし。」

 

 なんで私が気を使っているんだろう…。

 気まずさに耐えかねて口を開いた私に、少女は時計から目を離さないまま、淡々と言い放った。

 

 「ダメ。壊れたら直して使う。それがこの街のポリシー。」

 

 少しだけ声が尖る。

 

 「それに、新品はあなた、手が出せないと思う。」

 「はぁ?どういうこと?女子高生だって多少の貯金くらいはあるっての。」

 「懐中時計でも、この街のは一生物。たぶん、最低でも百万くらい。」

 「ひゃ…っ!?」

 

 さっきの店の値札を思い出して、背筋が凍った。え、あれってボッタクリじゃなくて、本当にそれが普通ってこと?

 じゃあどこ行っても無理じゃん。

 

 「でも、大丈夫。この子はまだ生きてる。」

 

 少女はピンセットで、砂粒みたいな小さな歯車をつまみ上げた。

 「少しサビが多いし石もくすんでいる。だけど、ムーブメントと石本体は無事。いくつかベアリングを変えてあげれば直る。」

 「え、わかるの?」

 「だいたいは。」

 

 カチッ。カチッ。

 

「三番車の軸が減ってる。」

「え?」

「あとゼンマイも弱い。」

「見て分かるの?」

「見れば。」

 

 カチャカチャ

 

 素っ気ない返答の後、小さな金属の音が部屋に響く。

 その偉そうな態度に戸惑いながらも、大人しく待つしかない状況に気まずくなってきた。

 

 「でも、部品足りない。」

 

 棚を開けて何かを確認した少女がボソリと言う。

 ってことは直らない?それならと助かりそうな気持ちを持った束の間、少女はとんでも無いことを言い出す。

 

 「市場に買いに行こう。あなた、着いてきて。」

 

 「———は?」

 

 「荷物持ち。」

 

 「はああああああああ????」

 

 理解が追いつかない私をよそに、少女はそそくさと玄関ポールに掛けてあった外套を羽織る。

 

 「さぁ、行こう。」

 「ちょっと待ってってばーー!!」

 

閲覧ありがとうございます!

後編は夕方更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。