☆脱獄☆
──オリヴィア視点──
淀んだ空気に参ったのかずっと頭が痛い。スキルで痛みを"分離"してみたらマシになった。
(……軽くなりましたか?)
サヴダシクが少し悩んだ後に私にそう聞いてきた。
(うん。私そんなヤワじゃないよ)
(ならば、良いのです)
(心配させちゃった? こんな主でごめんね)
私がそう伝えると、
(絶対一生ついていくと決めておりますので。あなた様が主でよかったと思っています)
サヴダシクがそう返してきた。私は急に恥ずかしさを感じて黙ると、
「姉ちゃん! 体調不良!?」
マニが私のおでこにマニの額を当てる。
マニの微温いおでこが私の心を鎮める。
「私は大丈夫。神様は風邪ひかないものでしょう?」
少し顔の角度を変えれば唇が触れてしまいそうな距離で私は冗談を言った。
マニは私の隣に座る。
「姉ちゃん……私、姉ちゃんを信じてるから」
私はとぼけようとしてやめる。
私は『いもうと』とやらを騙せるような技量はないようだ。
「うん、もう少しだけ信じて」
私はそろそろ来るはずのセレイアを待つ。程なくしてフィヤルナと共に戻ってきた。
「まず僕からねぇ。追跡対象はぁ、今後の作戦について指差し確認をしてたよぉ。そしてぇ、なんと秘密裏にフール側が敗戦協定交渉をしていたみたいだよぉ。なんでもぉ、『フール孤児院』が相当闇らしくてねぇ。そっちはセレイアが説明すると思うよぉ。で、僕はぁ、追跡対象がどうしてソル帝国軍にいるのかを調べてきたよぉ」
私は続けるように催促する。
「彼女は耐祇官って人に推薦されて入ったみたいだよぉ。あまりの戦闘スキルにあっという間に主戦力になっちゃってぇ。弓術を中心に立ち回ってるんだってぇ」
弓術? 戟使いじゃなかったか?
「はいはぁい! 次はワタシね! いろんな資料に目を通してみたけどね、特にフール孤児院に関する資料が肉厚だったよ! なんと、機構体に関する情報。フール孤児院はただの孤児院じゃない。機構体をより良くするための実験施設とも言うべき場所だったの。つまり、機構体を実験に使うのは費用が高すぎるから人を使えば良いってことね」
理解した。同時に拒絶した。
孤児を引き取る名目で被験者を集めていたということか。『実験者』が絡んでいるのか?
「それと──」
「廃盤になったはずの『試作機構体』から連絡が入った。あなたが言いたかったのはこれですわね?」
「正解よ。数年前、41号である橄欖から戦闘機能の解放許可申請が来たらしいの」
どこかで聞いたことがある気がする。
「……ってかなんでいるの?」
私はいつの間にか居た小泡に話しかける。
「そろそろでしょう?」
「待って、もうそんなに経つの?」
まだ二日間くらいの感覚だった。
「ようやくか。我としては1ヶ月くらいだったぞ」
氷茉が開けたのか穴があった。
よく私たちにすらバレずに穴を開けれたものだ。
「なんの話……?」
待ちきれなかったのかマニが口を挟んできた。私はようやく、言いたかったことを口にする。
「さあ脱獄だ!」
──へーレ視点──
公的な医療団が到着し、ボランティアで頑張っていたウチは怪我人の看病をする必要がなくなった。
あれ以来上空からの攻撃はなく、ウチたちはファーニンの家に戻る。
あの魔法は多属性魔力の混合物による時間差爆撃だった。ゆえに被害が甚大だが、多発はできないようだった。
国王は外出していたそうで無事だった。
そして数日後、敗戦を受理し、賠償金である金貨400万枚、前条約である『泡陽終戦条約』の破棄、保護国化するという屈辱的な内容であった。
しかし、捕虜の解放という内容もありオリちゃんの帰還も約束された。いつ帰ってくるのかと思っていると──。
「お邪魔しま~す」
「まだ肩痛いんだけどぉ!」
「我はすでに治ったぞ! お主の怠慢だな!!」
「はぁ!? 今治ったし!! だ・か・ら、私の怠慢なんかじゃないもん!!」
「分かった、分かったぞ。我はすぐにでも風呂に入りたい。ファーニン借りるぞ」
「良いよ。風呂掃除は……って、へーレもう帰ってたんだ」
鉄臭くて、体中から疲労のたまった魔力が漏れていたものの彼女らはとても楽しそうだった。
「オリ〜!!」
「まて! 僕が先だ!!」
いつの間にかオオカミの姿になっていたマリとマルはオリちゃんとじゃれ合う。
ウチは猫の姿になっているヴェレーノの背中を撫でながら、
「あんたら、まだ解放されていないはずじゃ……」
とウチが疑問を呈すると、
「待ちきれなくて脱獄しちゃった。えっと、てへぺろ?」
「うむ、その使い方で正しいぞ! ルナトの若者の流行だ!」
オリちゃんが可愛らしい仕草をして誤魔化そうとしたが、ウチは流されないぞ。
「リート、入ればいいじゃん」
ザキルがドアを開けて外で待機していた人に声をかける。ザキルの声はよく通るから距離関係なくはっきり聞こえる。
「お、おじゃまするぞ」
男性の声が聞こえる。何回か聞いた声の持ち主はオリちゃんの戦友、リートさんだろう。
少し緊張を感じる彼が見せた翼は薄汚れていて、有翼人の矜持を感じさせない。
やっぱり気になって、ウチは聞き直す。
「脱獄の過程を教えてくんない?」
そう言うとオリちゃんは泡蘭を座り直させ、背中をぽんぽんと叩いた。
そして、
「彼女が私を裏切ったの」
「ふふ、よく言いますわね、阿莉。あなたのお願い通りしたまでですわ。あたくしがあなたを裏切るわけもないでしょう? リスクとリターンが釣り合わないですもの」
泡蘭はおっとりと、でも確かにウチらが説明してほしいところを全部回収してくれた。
「じゃあこれからも頼むよ。私、小泡とだけは敵対したくないかな。"あの罠"は本当に引っかかったよ。もちろんあれくらいなら千切れるけど驚いたのはホントだからね」
「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ。尤も、二度とあなたと戦うことはありませんけど」
コスモスのように笑う泡蘭。オリちゃんもまた楽しそうだ。
すると、オリちゃんは咳払いをしてから、
「……じゃあ話すね。あえて捕まってから数日後、まあ正確には1週間後、私たちはソル帝国の情報を集めきり脱出を決意した。ホントはもう少し早く脱出するつもりだったんだけど、情報集めに苦戦してね……」
オリちゃんはそこで一旦区切り、氷茉ちゃんが持ってきた新しい緑茶を口に含む。
ウチも熱い緑茶に口をつける。
「縛られた手を解いて、檻を盗んだ鍵で開けてもらって、そして脱出劇が始まった」
彼女は座り直す。少しの動きのたびに揺れる髪が苦労の匂いを帯びている。
でも、その匂いは不快ではなく、むしろ彼女の存在を、唯一性を引き立てる。
「まず、私たちは刑務所みたいな部屋から出た。私たちの脱獄に気がつく人は居なかったみたいですんなり甲板まで行けたんだ」
「あたくしがソル帝国兵をそのルートから外してあげたのですわよ。同時に消えただけで怪しいのにそんな指示を出してたともなれば今頃あたくしは指名手配されているんでしょうね」
そういう泡蘭はケロッとしていてまるで恐怖を感じない。
「さすが小泡だね。頼りになるよ。……それで、私たちは空を飛んでいた飛行艇から飛び降りたんだ」
「はぁ!? 飛び降りた!?」
ウチは思わず大きな声を出してしま
った。
「本当は離陸する前に脱獄し切る予定だったんだけど、情報収集を優先しちゃって、忘れてたんだ。それでも小泡が出発時間を延ばしてくれていた。まあ結局間に合わなかったんだよね」
オリちゃんは"ついうっかり"と付け足す。
「海に向かって飛び降りた私は浮遊感からかいくらか頭痛もマシになって、転移門を開けた。そしてここにいるってわけ」
「ふふ、あのときは我でも焦ったぞ。暗いゆえに水面の位置を観測しづらいことに加え、お主はなぜか自信満々だったゆえにな」
氷茉ちゃんはお風呂で濡れた髪をバスタオルで拭きながらそう言った。
「おらは飛べっから問題なかったがな。先に降りた三人が海面スレスレまで落ちたときは焦ったわ!」
普通の椅子は大柄な彼の体格には合わないようだ。
「私のお願い通りマニとファーニンを拾ってくれてありがとね」
「はっはっは! 感謝されるほどでもねぇぞ。おらが適任だったってことだろ?」
「もちろん。ザキルは飛べるし、氷茉一人なら私が確実に守れるからね。私の信頼の証だよ」
確かにオリちゃんは何でも一人で背負い込もうとする。本当は今回もオリちゃん一人で全員を抱え込もうとしていたのだろう。
それが良いとか悪いとかじゃなくて、ウチはそれを共有したい。
「なるほどね。ウチ、オリちゃんたちがそんな大冒険をしてたなんて想像もしてなかったよ」
ウチがそう言うと、オリちゃんは微笑んで、
「大冒険、なんて大層なもんじゃないよ。なんなら明日からの活動のほうが大冒険かもよ」
オリちゃんは椅子から立ち上がりウチの耳元でそう言った。たぶんすべてが彼女の手のひらのうえで転がっている。
ウチも、ファーニンも、マニちゃんさえも。それが、いちばん楽なのかもしれないと思った。




