☆フール孤児院への手紙☆
──数刻前──
私たちは今、継泡島にやってきていた。
任務の内容は継泡島に住まう敵、『貝煌竜』を倒すためだ。
本当は別の任務を任されていたのだが、話している内に渡航費のほうが任務報酬よりも高いことが発覚し、メイン任務をすり替えてもらったのだ。
もともとの任務対象であった『泡貝』もついでに倒すつもりではあるが、任務地を聞き忘れていたから行かないかもしれない。
「ん〜、やっぱ暗い森は怖……くなんかないよね。ここに住んじゃおうかな!!」
マニは私の裾を掴みながらそろそろと歩きながら声を張り上げている。
マリとマルはヨルメたちを見守るために、留守番をしてもらっている。
「私は海のほうが好き。海が馴染むような気がして」
ファーニンは私の耳元でそう言った。
「マニちゃん、怖いなら大丈夫だよ。ウチ、よく森のなかで修行していたから慣れてるの!」
ざわざわと木々の葉が揺れて擦れる音に身の毛もよだつ思いだ。
「あれ、そろそろかも」
ヴェレーノがそう呟くと同時に私の魔力感知が巨大な魔力のカタマリを見つけた。
「あたしも見つけたよ。……うん、間違いなく竜個体だ」
ザキルがそう言ったことで私たちのすぐ側に竜がいることが分かった。
私は『黒鬼』を握る。感覚を研ぎ澄ませて、竜との間合いを確認する。
おおよそだが、それでもいい。
私は竜に向かって走り、高く飛び、そして避けられた。
ふむ、良く避けたな。私が思っているよりも俊敏なのかもしれない。
(今の当たらないの? 竜は動いてなかったのに)
セレイアがそう聞いてきた。ビックリしたわ、いきなり話しかけてくるから。
(何を言ってるの?)
私がそう白を切ると、
(ふふ、意固地になるオリちゃんも尊いわ)
ダメだ、このまま構っていると私が劣勢になる。しかたなく、セレイアの煽りを無視して、竜の目を見つめる。
一つの咆哮の後、魔法の棘を連射してきた。それらを片刃剣で弾き切り、息を整える。
呼吸の必要性はほぼないといえども、昔の癖は抜けないものだ。
あれ、いつからだったっけ。私の身体が空気に関心を失ったのは。
思い出せない。少しずつ、記憶の正確性が失われていくのを痛感している。
「姉ちゃん」
マニが私の肩に手を置く。
私はハッとして片刃剣を握る力を強める。
「ふふ、驚かなくても」
マニは絹のような指で口元を隠すように笑った。
「ウチにお任せしてよ!」
飛び出そうとしたへーレの肩を掴む。
そして、もう使わない武器を取り出した。かつての師匠の得物を渡す。
その名も、『星夜ノ雑片』だ。
刃渡りは短くとも、今まで使っていた普通の剣よりは圧倒的に強いはずだ。
「ファーニンにもあげるよ」
そう言って、私は『機械仕掛けの爆発剣』を手渡す。これはいつかの戦争で敵兵から奪──譲ってもらったものだ。
「これは……」
へーレは嬉しそうにくるくる回りながら武器を眺めているのに対してファーニンは武器を興味深そうに見ている。
「一人じゃきついよ!!」
そのヴェレーノの絶叫で竜が近くにいることを思い出した。
私は咳払いをしてから、駆け寄る。
「遅い!」
ご立腹の割に揺れる尻尾を見て私は少しニヤける。だが、遊んでいたのも事実だから申し訳なさそうに謝っておく。
「と、とにかく、あいつを倒しちゃおうよ!」
私はそう言ってすぐに竜に走って近づく。
咆哮とともに地面から現れた岩の棘をジャンプで避けて、翼に一撃をお見舞いする。
竜を視界から外さないように空中で身体を制御してから着地する。
へーレも靭やかに肉体を使ってダメージを与えてくれている。私はへーレが被弾しないように攻撃を誘いながら少しずつ傷口を作っていく。
「月錦 詠澪愧」
氷茉がスキルを使う。途端に空気が張り詰め、一瞬竜の動きが鈍った。
その隙にファーニンが竜の顔の前まで跳んで出て、剣の柄のスイッチを押し込む。するとあまりの威力で竜の頭が吹き飛ぶ。
反動で身体が空に投げ出されたファーニンを私が抱き留める。氷茉は少し動いたように見えたが、私の動きに反応して助けには来なかった。
2人で助けに行ってたら頭をぶつけちゃうかもしれなかったし、良い判断だ。
「ご、ごめんね!? 怪我しなかった? 思ったよりも威力が高いみたい……」
ファーニンは肩を押さえながら私にそう聞いてきた。多分、思ったよりも強い反動で肩を痛めてしまったのだろう。
「私は大丈夫。あなたこそ身体を痛めなかった?」
そう聞くと、ファーニンは頬を緩めて、
「よかった。私のせいでケガをさせてしまったら申し訳なさすぎるからね。……私はヘーキ。ふふ、怪我のしようがないもの。あ、あなたのおかげってことね」
困り眉が可愛らしい。助けた甲斐があったというものだ。
「じゃあ帰ろうか」
そうして帰路についた。
コンコン。
薄い木の板でできた建物のドアをノックする。
竜との激闘を終え、帰路についたはずだったのだが、地図が間違っていたみたいだ。まったく、困っちゃうよ。
少し待ったが反応が無い。
「入っちゃおうよ。俺、眠くて死んじゃいそ」
ヴェレーノは大きな欠伸をしながらそう言った。周りを見たとき、しばらく手入れをされていなかったみたいで、伸び放題の雑草とクモの巣を確認している。
錆びついたドアノブを恐る恐るひねると、蝶番が悲鳴を上げながら内側を覗かせた。
鍵はかかっていないみたいだ。私が壊してないのなら、だが。
あまりの気味の悪さに右手に炎を喚ぶ。
私の炎が辺りの明かりを吸い込む過程で少しだけ明るくなった気がする。
「ルーヴァはお休み中なの……?」
マニは周りを絶えず警戒しながらそうボヤいた。
(ルーヴァおいで)
ルーヴァは私の呼びかけに応えて現れた。
そして、すぐにランタンに灯りをつけてくれた。
「主様。お気をつけてください、あなたを狙う人が居ますから」
「うん。それを利用しようと思って。渡航費用が浮くかもしれないし、或いは敵城視察にも使える」
私は二本指を立てて、アピールすると少し空気が和んだ。
それにしても、ワープを磨いておかないと。少し魔力が乱れただけで正確な位置にワープできないなんて欠陥も欠陥だ。
彼は私のもとに歩いて来た。私はお礼を言ってから彼を私のなかに戻す。
「オリヴィア、お主……天使をそのような雑事に使うとは。面白いやつだな、あいも変わらず」
「そうだね、今度紹介するよ。私の愉快な六人衆をね」
氷茉は口角を上げ優しい顔をした。
「そうだな。楽しみにしよう」
そんな会話から少し時間を空けて、メモを見つけた。便箋には薄い字で『読み次第すぐに焼却するように』と書かれている。
右端の下の方には焦がした跡があり、一度は火に近づいたようだ。
古びた紙はしなしなで、波打っている。それに、部分部分読めない。
『フール孤児院へ
DATE:■■■■
ブランコは届いたか? こちらとしては最近新しく無花果が咲いたそうだ。
一度は散ってしまった故に新たな種を引き取った。虹追でな。
そっちはどこまで調査できたんだ?
痛みでは子どもを大人しくさせられるものなのか? 死なせるなよ?
運び込むの大変なんだから。 〆』
読み終わった瞬間、私の口は渇ききっていた。フール孤児院は普通の孤児院ではなかった?
私は無造作にその手紙をポケットの奥深くに突っ込んだ。
「だれ……!?」
その声で、肩が震える。私は警戒して武器を取り出す。
すると出てきたのはシャウムだった。なぜ居るんだ、こんなところに。
「……なぁんだ君たちか。君たちもこの家の調査に?」
シャウムは飄々としていて、不気味ささえ感じる。
「泡ちゃんまで居るー! うわぁ、随分豪華だね!! 何か見つけた?」
少し動けば触れることができるくらいの距離まで近づきマニにそう聞いている。
「いや、なにも?」
マニは少し戸惑いながらもそう答えた。
「ふ〜ん、まあ何か見つけたら僕に教えてね。……あれ、オリちゃん、そのヘアピン可愛いね」
いつかの祭りでもらったヘアピンを突付きながらそう言った。
「誰からの贈り物?」
「……いや、これは景品だよ。お祭りの」
彼は少し驚いたような顔をして、
「とっても似合ってるよ!! 勘違いしちゃったな。もしかしたら祭りの店主さんもオリちゃんの美貌に虜になったのかも!」
彼は頭を掻く。
「うん、君たちがいるなら任せちゃおうかな。また逢う日まで! その時もまたその可愛さのままでありますように!」
私の手をがっしり握ってそのまま去っていった。
「……私たちも帰る? こうなるとここで寝泊まりするのは難しそうだよ」
そう言うと、皆一応納得してくれたのだった。
明け方にあたる時間にようやくファーニンの家に着いた。落ち着いて私はポケットからクシャクシャの手紙を取り出す。
「……なにこれ」
その声に私は"やってしまった"と激しい後悔に飲み込まれそうになった。
「さっきの家で拾って……、あとでギルドに提出しようと思ったんだ」
私はそう伝えたが、疑われてしまっただろうか。
「そう……そのときは私も連れて行ってね」
思ったよりもあっさり引き下がってくれた。
私は彼女に、おやすみとだけ伝えておいた。私の心は孤独を嫌がるというのに、私の言動はどうしても灰色を喚ぶ。
いつもうるさい胸中が、やけに静かだった。
物音で目を覚ました。眠い目を擦りながらダイニングルームに向かうと大きな荷物を持ったファーニンが居た。
「何してるの……」
私に気が付いた彼女は少し躊躇い、そして私の腕をつかんだ。あまりの出来事に私は声も出せずに家から連れ出された。
「どこ行くの」
私がそう聞いても返事はなかった。
だが、家からある程度離れたとき初めて彼女は突然に口を開いた。
「フール孤児院に行く。ほんとは一人で行くつもりだったけどオリちゃんにバレたから連れて行くの」
彼女はフール孤児院で育ったはずだ。いつかのならず者の言っていた"姉ちゃん"というのはファーニンのことだろう。
「なんで」
彼女は少し考えて、でも口を噤んだ。
多分、話したくないのだろう。私にもあるし、これ以上は触れないほうがいいかもしれない。
「──終わったら、抱きしめてくれる? あの日みたいにさ」
あの日みたいに、か。いつのことかすぐにわかった。
「私の泣き顔を見た以上、あなたは簡単に手放せないもの」
「ふふ、もしかしたらお互い、『姉』からはほど遠いのかも。ねぇ、氷茉あなたはどう思う?」
物陰に話しかけると、氷茉は服についた土を払いながら現れた。
「バレてたのか。さすがの感知能力だ。……これが求める言葉なのかは分からぬが、お主らは十分に『姉』たり得ると思うぞ」
「うん、いい答えだよ。私は世界一可愛い妹の『姉』という自負があるからね」
ファーニンが持っているランタンを氷茉は取り、氷茉は先頭になる。
車道に近づき、氷茉が合図すると1台の車が止まった。それに氷茉が乗り込み、
「乗らんのか? 安心するとよい。彼は秋月家のフール用のドライバーだ。今日ファーニンが孤児院に向かうのは織り込み済みだったのでな」
「うわぁ、一回乗ってみたかったんだよね! 馬車とは違うんでしょ?」
私が氷茉に聞いてみると、
「うむ、貴族がある程度のご身分の方と接するときに用いられるのが馬車であるが……、お世辞にも乗り心地がよいとは言えぬな。一方この自動車は素晴らしいぞ。速度も、安定感も桁違いだ」
氷茉が隣の座席を叩く。ファーニンがその席に座り、私もその隣に座る。
「うわぁ、ふかふかぁ!!」
私の体重を軽やかに支えてくれるシート。
「こんばんは。本日担当させていただく、蒼金です。本日はよろしくお願いします。行き先はフール孤児院でよろしいでしょうか」
「あぁ。頼んだ」
「では、出発時、揺れますのでご注意ください」
その言葉に反して凄く滑らかな走り出しだった。
氷茉は黙るのが苦手なのか、
「妹さんはどうだ? 流凛ちゃんだったか」
明るいライトを灯し、車は暗闇を疾走する。
「……お陰様で随分元気ですよ」
「抓人はもう脱却できたのか? あんな悪習に妹を出すなよ」
「もちろんでございます」
私は抓人とやらが気になったが触れないでおこう。氷茉が悪習だと断定する以上良くないことに違いない。
氷茉は昔話と、流凛の話をドライバーをし続けた。そうしていつの間にかフール孤児院近くについていたのだった。
星夜ノ雑片
武器種:小剣
控えめに散らばった紅の宝石が目立たずに埋め込まれた小さな武器。
持ち主を発見しづらくする効果を持つらしい。夜の落とし物の欠片で作られたこの武器は熱を帯びている。
それは持ち主の時空を超えた感情から起こるのかもしれない。まるでサソリのようでもある。
きっとその熱は傲慢さえも殺してしまうだろう。
そんなサソリのもとで私は星のために慈悲深き女王に栄光を捧ぐ。もっと深い影として。
機械仕掛けの爆発剣
武器種:直剣
機構国の古い技術で爆発する剣。
柄の先についたボタンを押すことで刃から爆風が吹き出される。そうすることで敵に大きなダメージを与えるが、もう一度使うには魔力を詰め直さなければならず、連続では使えない。
星の爆発を伴う方法とは全く違い、人が作り出す衝撃だ。
魔物で満ちたこの世界において自らを守る手段はそう多くない。
知ることも忘れることもない。私はそれが怖くてたまらない。
あたし、ブランコ──ソラ吊り バランセル
お化けのお友達欲しいんだぁ──天井梯子 雲人




