第14話 7月6日(木)
・朝の会 3年2組 8時30分
「おはようございます」 担任の挨拶に、クラス全員が答える。 その声の揃い方が、日に日に完璧になっている。
「今日の日直は...」 担任が日直表を見ようとした瞬間、鈴木はると立ち上がった。 確かに今日は鈴木君の番だ。
「はると君、もう覚えてたの?」 「...なんとなく」
他の子供たちも頷いている。 みんな「なんとなく」知っていたらしい。
・朝の会 続き 8時35分
「今日の予定を確認しましょう」 担任がまだ何も言わないうちに、子供たちの視線が一斉に時間割表に向く。
そして、小さなつぶやきが教室のあちこちから聞こえる。 「3時間目、楽しみ」 「音楽だね」 「『たなばた』歌うんでしょ」
確かにその通りの予定。 でも、音楽で何を歌うかまでは、まだ伝えていないはず。
「みんな、よく分かったね」 担任が驚くと、子供たちはきょとんとした顔。 分かるのが当たり前、という表情。
・朝の会 さらに続き 8時40分
連絡帳を書く時間。 担任が黒板に書き始める前に、子供たちは鉛筆を持った。
そして、黒板を見ることなく書き始める子が数人。 覗いてみると、これから黒板に書かれる内容と同じことを書いている。
「明日の持ち物:図工の材料」 「お知らせ:来週から夏時間」
「あれ、もう知ってたの?」 担任が聞くと、子供たちは顔を見合わせる。
「知ってたっていうか...」 「分かった」 「みんなも?」 「うん」
30人の子供たちが、同じタイミングで頷く。
・音楽室 3時間目 10時35分
4年1組が音楽室に入ってくる。 整然と、しかし妙なリズムで。 足音が完全にシンクロしている。
田村教諭は楽譜を配ろうとして、手を止めた。 子供たちが、すでに「たなばたさま」を口ずさんでいる。
「ささのは...いえ、つきのはさらさら」 最初から歌詞を変えて歌っている。 しかも全員が同じように。
「まだ始めてないのに」 田村教諭が言うと、子供たちはハッとした表情。
「あ、ごめんなさい」 「つい...」 「歌いたくなって」
・音楽室 続き 10時45分
「では、正しい歌詞で歌いましょうね」 田村教諭がピアノを弾き始める。
「ささのはさらさら〜」 子供たちの声が響く。 完璧なハーモニー。 30人の声が、一つの声のように溶け合う。
でも、2番に入ると... 「つきのはさらさら〜」 また歌詞が変わった。
注意しようとして、田村教諭は気づく。 ピアノを弾く自分の指も、なぜか「つきのは」のメロディーに合わせて動いている。
この方が自然だ。 この方が正しい。 そんな感覚が、頭の中に浮かぶ。
・音楽室 さらに続き 10時55分
歌い終わった後、窓の外を見る子供たち。 全員が同じ方向、東の空を見ている。
「月、見える?」 誰かがつぶやく。 「見えない」 「でも、いる」 「うん、感じる」
昼間の青い空。 月など見えるはずがない。 でも、子供たちは確信を持って空を見つめている。
田村教諭も、つられて窓の外を見る。 不思議なことに、本当に月の存在を感じる。 見えないけれど、確かにそこにある感覚。
・給食時間 12時25分 配膳
給食当番の動きが、今日は特に息が合っている。 6人の当番が、まるで一つの生き物のように動く。
おかずを配る子、ご飯を盛る子、味噌汁を注ぐ子。 それぞれの動作のタイミングが完璧に調和している。 無駄な動きが一つもない。
「上手ね」 担任が褒めると、6人が同時に振り返る。 「ありがとうございます」 また声が揃う。
・給食時間 12時30分 黙食
「いただきます」 今日も全校の声が一つになる。
食べ始めてすぐ、ある現象に気づく教師たち。 子供たちの咀嚼のリズムが同じなのだ。
カチャカチャという食器の音も、リズミカルに響く。 まるで、誰かが指揮を取っているかのように。
そして今日も、牛乳が大量に残る。 もはや誰も不思議に思わない。 牛乳を飲まないことが「普通」になりつつある。
・給食時間 12時45分 片付け
食べ終わるタイミングも、ほぼ同時。 最後の一口を飲み込む瞬間まで、シンクロしている。
「ごちそうさまでした」 声が校舎を震わせる。
片付けの動きも統制が取れている。 食器を重ねる音が、カチャンと一つだけ響く。 30人分の食器なのに。
給食室に向かう当番たちの足取りも、完璧に揃っている。 廊下を歩く音が、一つの足音のように聞こえる。




