冒険者宛ての招待状
グラトニー発見から速くも一ヶ月が経ち、梅雨のうんざりとした湿度がアスガルを包み込む。
陰鬱な空気を吹っ飛ばすべく冒険者は今日もギルドで酒を呷り、冒険譚に花を咲かせる。
そんな中、レノは干しイカにため息を吐く。
どうしたのかと、ラザニアを食べる手を止めたユキナは聞く。
「どうしたの?」
「いや、グラトニーが魚どころか魔物も食い荒らしただろ? 今は海の魚の干物は食べられるが、こいつもそろそろ在庫切れになるんだとさ」
先日発見されたグラトニーの影響は間違いなくアスガルの漁業に経済的打撃を与えていた。
まだ川魚が採れるとはいえ、近隣の村や他領から買付に来る行商人から得られる収益を考えれば損失は逃れられない。
今のアスガル海域には魚どころか魔物も居ない。原因は明白だ、全てグラトニーに食われてしまったからだ。
少なくとも稚魚が成長し、産卵と繁殖を繰り返すまではしばらく海の幸を食べるのは難しいだろう。
「……食べ納め」
「当たり前に食えた物がいざ食べられなくなると寂しいよな」
レノの言葉にユキナのアホ毛が萎れる。
シーフードパスタやシーフードを使ったラザニアにグラタンもしばらく食べられなくなる。それは彼女にとっても寂しいものが有った。
それでもユキナは食べる手を再開させ、ラザニアの濃厚なチーズとホワイトソースに舌鼓を打つ。その度にアホ毛が嬉しそうに左右に揺れ動く。
「……そういや、アンタはよくラザニアにホワイトソースを注文するが、トマト嫌いなのか?」
レノの疑問にユキナは食べる手を止める。
脳裏に蘇る記憶。
テュラリア公爵家に引き取られて間もない頃、遥か遠くの土地から訪れた旅の商人から義父のヒューバートがトマトを購入した事が有った。
何でもその旅の商人の故郷では煮込んだトマト料理が絶品との評判を聴いたからだ。
そしてレシピを教えられたヒューバートは、使用人に頼んでトマトスープを調理させた。
結果、出て来たのはピューター食器に盛られたトマトスープ。
それをユキナは兄と義父と義母と一緒に食べ、そして倒れた。
四人に襲い掛かる鉛中毒。それ以降ユキナはトマト嫌いになったのだ。
「……毒は好んで食べない」
「あー、古い文献にトマト料理にピューター食器を使うとトマトの酸味で鉛が露出されるとかで、鉛中毒を引き起こすらしいな」
そもそもレノの言うトマトに関する記録を記した文献は、比較的最近になって発見された物だ。
当時のユキナ達が知る術は無く、あの時もっと早く遺跡から文献が見付かればと兄と一緒に後悔したのも記憶に新しい。
「ん、後から知ったけど。それとは別に青臭と酸味が……」
好き嫌いはダメだと理解しながら、どうしてもトマト相手には食指が動かない。
「ま、好き嫌いは誰にだって有るよな」
「レノは嫌い物あるの?」
「エスカルゴとか虫料理は無理だ」
げんなりと肩を落とすレノに、ユキナは同意を示した。
「……分かる」
会話を交えながら食事を終えた二人は、早速クエストを選ぶべくボードに足を運ぶのだが、
「あっ! お二人に招待状が届いてますよ」
そう言って赤毛の受付嬢がレノに二人分の招待状を手渡した。
周りに眼を向ければ、ギルド職員一人一人が冒険者に招待状を配り歩いている事が分かる。
招待状の封蝋に描かれた家紋。それはユキナに見覚えの有るものだった。
「……アスガル伯爵の家紋」
「この船の家紋がか?」
「ん。アスガル伯爵は船旅でこの大陸を発見した冒険者だから」
「なるほど」
ユキナの説明に納得したレノは封を切った。
封の中から羊皮紙を取り出し、それを読み上げた。
『幽霊騒動の折、解決に多大な貢献を為さった冒険者諸君。此度の褒美に関してまず、遅れた事を謝罪させて欲しい。
謝罪と貴殿、貴女らを労うため我が屋敷のパーティーに是非とも招待したい。
日時は一週間後の夕方、是非ともドレスコードでの来場を』
レノはユキナに眼を向け、
「なあ! 褒美のためにパーティーに招待するのは分かるが、ドレスコードってなんだ!?」
「ん。パーティーの正装」
「……普通金の無い冒険者に求めるか?」
そういえば、とユキナは小首を傾げた。
テュラリア公爵家が冒険者を招いたパーティーでは、各々自由な服装で来場していた。
義父が格式と堅苦しいパーティーよりも近しい位置で和気藹々と交流する方を好んでいた影響も有る。
しかしパーティーを取り仕切るアスガル伯爵が服装を指定してるからには、招かれた側は応じなければならない。
騒つく声が耳にちらほらと聞こえ始める。
「なに? 謝礼パーティーに大枚叩いて参加すんのか?」
「舐めてんのか!? 俺達がそんな大金持ってるわけねえだろぉぉっ!」
「そうだぁ! そうだぁ! 普段酒と食事と娯楽と風俗で消える報酬だぞ!」
ドレスコードに戸惑う者、怒りを顕にする冒険者にユキナは、受付の奥から姿を現したルイに視線を向ける。
騒ぎ立てる彼らに呆れを隠さず彼女は声を張り上げた。
「みなさん、落ち着いてください! ドレスコードはアスガル伯爵の使用人が無料で仕立てる手筈になっていますので!」
ルイの一声に騒ぎ立てた冒険者の動きが一瞬で止まった。
そして彼らは満面の笑顔を浮かべ、
「「「なんだぁ! それを早く言えよ!」」」
声を出して高らかに笑い出した。
そんな彼らの様子にレノがユキナに耳打ちする。
「いいか? あれが手の平返しだ」
「ん。よく見る光景」
ユキナの一言に冒険者は気まずそうに視線を逸らすのだった。
かくして冒険者一同はアスガル伯爵主催のパーティーに招待されたのだ。




