後編
「え! お母さんたらそんな事言ってたの? あっはっは!災難だったわね」
『全くな。あれで見えていないと言うのだから畏れ入る』
あれから二十回目の春。
幼女は娘になり女性となった。
それでも変わらずに話をすることができる。久しぶりの長い付き合いになった。
「ま、そのおかげで英語が大好きになったけどね。親子共々お世話になりました」
しっとりとお辞儀をする姿に、立派な女性になったとしみじみとする。
『確か、式は向こうで挙げるのだったな』
「うん。ドレス姿を見せられなくてごめんね~」
結婚式のドレス姿というものに興味はあったが、大学の祭りで着たというドレス姿を写真で見せられたので、ぼんやりと想像はできる。着物の方が似合うだろうと思ったのは内緒だ。
「これだけ英語を喋れるようになったのに、旦那になる人がまさかドイツ人とはね~」
幸せそうに笑う。
『どこの異国人だろうが、お前が相手と幸せならばいいではないか』
こちらも頬がゆるむ。
お前の笑顔は、何度も我を幸せにしてくれたぞ。
「ふふ、ありがと。ただ残念なのは、毎年の春に来られなくなることかなぁ」
少し翳った笑顔は、残念であり嬉しい事を教えてくれる。
我はこの木のみに宿る精だから、桜の木ならと何でもいい訳ではない。そして、枝を折られれば直ぐに弱る。
そう説明した時の落ち込みに比べれば、聞き分けが良くなった。
成長を目の当たりに出来た事を嬉しく思う。
『お前の子供か孫が訪れる事を楽しみにしているからな』
「子供か孫だけ?」
『なんだ、駄々っ子に戻るのか。そんな図体ではもう可愛くないぞ』
「あっはっは! 失礼ね!」
ひとしきり笑うと、幹にそっと寄り添ってきた。
「結局、あなたに触ることは出来なかったわね」
『精だからな。だが、お前がそうして幹に触れてくれることは嬉しく思うぞ』
「元気でね……」
『……お前もな』
「次に会うときは、あなたはお爺ちゃんかしら?」
『その時はお前のシワを数えてやろう』
しばし睨み合う。すぐ笑ってしまったが。
そして、その後ろ姿を見送った。
最後になるだろうこの時を、ずっと思い出しては懐かしむのだろう。
まあそれも、悪くはない。
だがしかし。そんな緩かな日々はしばらく来なかった。
「ここが我が家のとっておきの桜よ~!」
大勢を引き連れて、娘の母御が毎年必ず我の元でドンチャン騒ぎをするようになった。
……ふ。母御よ。
そなたが元気なのは喜ばしいことだが、日の出から日の出までの宴会はやめてくれ!
…………父御よ、背負って帰るのは甲斐性かもしれんが、もう少し酒量を控えるように言ってたもれ。
だが。
今年もまた、写真をありがとう。
幼子は大きくなるのが早い。
ふふ。
春。
ああ。
また、今年も綺麗に咲こうか。
たぶん、センチメンタル枠には入ってるはず……w
お読みいただき、ありがとうございます。